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帝者、貴族を知る

 空も赤く染まりつつあり、少しずつ空気も冷たくなり始めている中、俺はくたばっていた貴族たちとフェルゼンの治療をしていた。


「まったく、ぞろぞろと倒れやがって」


 ブツブツ文句を言って一人一人に魔法を施していると、離れたところから男が駆けてくる。


 こいつは……さっきの貴族四人のうちの一人か。そういえばほったらかしにしてたな。

 顔は……もうバレてしまっているし、どうしようもない……。


 男は治癒している俺のすぐ横で立ち止まり、軽く礼をする。


「なんのようだ?」


 目もくれてやらずに、俺は治癒を続けていた。

 一斉にかけた方が早いのだが、なぜかそんな気になれなかったのだ。


「ただ、礼を言いに来ただけですよ」


 男は意外にも優しい声音でそう言うと、少しだけ笑ってみせる。

 

 顔は向けず意識だけを男の方へ向けると、彼の右上に映るモニターには〈魔族〉の文字。

 そうか。珍しい魔族もいたものだな。まるでネスティアのような、純粋な眼をしている。


 髪に見え隠れしている左眼には、青い文様が見える。真意の魔眼という、相手の嘘が分かる魔眼だ。ここのところ魔眼続きゆえに嫌な感じがするが、彼のような純粋な者が持つことは良いことだと俺は思う。どのみち魔眼が効くのは魔力抵抗力が低い場合に限られるし、俺にはまったくもって関係ないのだが。


 そうこうしているうちに、患者の手当てが終わる。俺は立ち上がって男の方を向くと青い瞳に眼を合わせた。


「ひとまとまりにするな……か」


 彼の眼を見ていると、自然とそんな言葉が口から漏れ出る。


「あなたなんですよね? この一連の出来事の原因は」 


 男は目線を俺の背後に合わせて言った。高い城がよく目立っている。


「貴族と平民を分ける。もしあなたがしたことなら、是非ともお礼を言わせていただきたいのです」


「お礼?」


 男の口から出てくる言葉を、俺は理解できなかった。


「僕は、ずっと疑問を抱いて生きてきました。僕たち貴族は生れながらにして国を守る義務がある。なのに、この国では貴族が率先して平和を乱していました」


 次第にその手は震えだし、情けなさからか少しの怒りが見てとれた。


「僕はそれが許せませんでした。同じ意思を持つ貴族は少なくありません。僕たちは同盟を組み、国を正そうと声をあげました。ですが、運が悪かった。僕たちは全員揃って下級貴族。誰も、高位の貴族には敵いませんでした」


 いつのまにか、俺は彼の語る話しを真剣に聞いていた。


「あなたが今助けていたその男も、僕の仲間です。いいえ、そればかりではありません。ここにいる三百数名の騎士たちの大半が僕と同じ意思を持っている、僕の仲間です」


 周りを見渡せば、そこら中に貴族は転がっている。そんな彼らを見ながら、彼はその頬に涙を伝わす。


「あなたは、きっと平民を助けるために事を行ったのでしょう。ですが、結果的に僕たちも救われたのです」


「この景色を作ったのは紛れもなく俺だが?」


 考えてみれば、考えなくてもそうなのだ。彼らは全て俺が気絶させた。ゲルダでもフェルゼンでもなく、俺がやったのだ。

 助けた、などと言われる覚えはどこにもない。


 そう思っていた俺の考えに反して、彼の口からは思わぬ言葉が飛び出した。


「そうではありませんよ。貴族に侵される平民を救い、また貴族に侵される貴族をあなたは救ったのです。この進軍は、言わば強制でした。上級貴族に言われるがまま、僕たちは行きたくもない戦場に行かされる。せっかく分かたれ、平和になりそうな平民たちを侵しに。ですが、それは阻止された。すべてあなたのおかげなのです」


 口調がだんだん優しく戻り、頬を伝う涙の量は少しずつ多くなっていた。


 この男の、いや、この青年の心にも大きな傷があるのだ。従いたくもない命令に従い、騎士としての、貴族としての誇りも奪われ、護るべき者を傷つけてきたのである。

 

 こいつが嘘をついていないことぐらい、眼を見れば分かる。また、その苦しみも痛いぐらいに分かる。


 少し落ち着いた彼は、今度はかなり深く頭を下げた。


「虫のいいことは承知の上でお願いします! 僕を、僕たち貴族に、どうか平民の平和を護らせて下さい!! 今まで散々な事をしてきたのです。貴族なんて肩書きはもういらない! 僕たちは僕たちの意思で動きたい! どうか、どうかお願いします!!」


 真剣に、心からの願いだった。

 そして、その願いを、俺は受け入れる。


「ーーお前の気持ちはよく分かった。いいだろう、俺はお前たちを信じることにしよう」


「本当ですかっ!!」


 バッと顔を上げた彼は、驚き半分嬉しさ半分といった顔をしていた。

 だが、喜ぶのはまだ早い。


「俺は、だ。平民たちがどう思うかは火を見るより明らかだろう? お前がそうしたいのならば止めはしない。今俺に言ったことを、お前の気持ちをそのまま平民たちにぶつけてみるといい」


「あ、ありがとうございます! ほんとうに、ありがとうございます!!」


 お礼を言う彼の顔は、涙でびしょ濡れになり、それでいてとても嬉しそうな表情を浮かべていた。

 ガディアのやつが上手くやっていれば、平民たちがこいつを拒むことはないだろう。

 そして、きっとすべては上手くいく。


 俺はそう確信すると、スッと振り向いて言った。


「これが俺たちの内情だ。聞いているんだろう、フェルゼン」


「クハハ、バレたか」


 俺が呼びかけると、閉じていた眼を開けておもむろに立ち上がる。怪我はもう大丈夫らしい。

 だがーー。


「ん? バレたか? お前、自分の立場が分かっていないようだな? もう一発いっとくか?」


「ままま待て! あ、いや、待って……下……さい……」


 フェルゼンの声は少しずつ小さくなっていく。人間にここまで苔にされることが今まであっただろうか。悔しさと恐怖を顔に滲ませて、フェルゼンは臥せっていた。まあここら辺で許してやるか。


「冗談だ。普通に話せ」


「冗談が冗談に聞こえないのだがなあ……」


 ため息をつく巨狼は、魔力も弱々しく、皇魔狼だということを感じさせなかった。


「この件について、お前にも頼みがある。俺についてきてくれ」


「了解した。だが、このままではいささか不便だ。少し待たれよ」


 そう言うとフェルゼンは魔法を唱え、魔方陣とその光が巨体を包む。

 そして数秒が経ち、だんだんと光が薄くなっていくと、そこには驚くべきフェルゼンの姿があった。


「この方が目立たずにいられよう」


 人の形をしたそれの声は高く、薄く紫がかった銀色の髪は長い。

 

「…………お前、女……だったのか……」


 目を逸らしながら、俺は驚きを通り越して呆然としていた。

 そう、フェルゼンは女の子だったのだ。

 もう一つ言ってしまえば、服を着ていなかった。

 

 なにがどうなったらこうなるのか、まったくもって不思議なのだが、このまま黙っていても仕方ない。かと言って下手に触れるのも宜しくはない。


 そして俺がとった手段はこれだった。


「とりあえず、これでも着ていろ!!」


 指をパチンと鳴らせば、フェルゼンの身体にフリフリとした、それはそれは女の子らしい服が着せられる。


「ふむ。あまり気にしていなかったが、そうだな。感謝する」


 軽く目をつぶったのはお礼のつもりだろう。


「お前、その喋り方もなんとかしておけ。今から俺の仲間に会ってもらうからな」


「そうであるか……善処しよう」


 これは難あり……か。


「そう言えば、これを忘れていた」


 思い出したように言うと、フェルゼンに近づき、その頬に手を当てる。


「な、何をするんだ?」


 俺の顔がどんどん近づき、少し焦り出すフェルゼン。

 そしてーー。


「ーーっ!?」


 俺の唇が、フェルゼンの唇に重なる。ほんの一瞬の出来事に、言葉にならない声が小さく響いた。


「な、な、な、なっ!?」


「そんなに驚くことじゃない。これは契獣の儀式だ。お前も知っているだろう?」


「そ、それは……そう……だが…………」


 フェルゼンはさっきにも増して弱気になり、力なく地面に膝をついてしまう。左の太ももには、五芒星にも似た契紋が刻まれていた。


 さて、とりあえずは一件落着だ。

 あとは平民側の方をなんとかすれば、この作戦の九十九%は終わりになる。


 俺は後ろで固まっている青年の方に向き直ると、口を開いた。


「あとの者共はお前が治療してやれ。俺たちは城へ戻る。あとで迎えにくるゆえ、話すことでもちゃんと考えておけ」


「は、はいっ!!」


 まだ意識が揺らいでいるのか、目の前で起こった出来事に衝撃でも受けているのか、返事は大きいが心が乗っていない。まあ、仕方ないか。


「じゃあ、行くとしよう」


 太陽は完全に山に隠れ、赤かった空ももう暗い。

 肌に触れる空気が冷たい中、俺は自分とフェルゼンに飛行魔法をかける。


「…………初めて……だったのに……」


 高速で飛行する最中、すぐ後ろからそんな声が聞こえた気がした。

 魔力を込めた契約の口づけなど、キスのうちには入らぬだろうに。そうやってあまり気にせずに、俺はまだ薄く輝き始めたばかりの月の下を帝都の城に向かって飛んでゆくのだった。

なんかヒロイン候補? が増えたような気がしますね^_^

いい感じで二章が終わるといいんですが……。

僕自身、これでいいのかなぁなんて思ったり思わなかったり、そんな感じです。

それでは、次回もお楽しみに!!

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