帝者、災禍を見る
剣と剣が混じり合う音が響き、斧が地を穿つ轟音が繰り返して時は刻々と過ぎていた。正午を示していた太陽も、少し傾き始めている。
「なかなか骨のある奴がいて嬉しいぞ」
期待以上の強さを持つ二人に、少し俺も楽しみを覚え始めていた。ミーレが使うのはレイピアに近い片手直剣。凄まじい勢いで繰り出される突きの連撃には魔力の一つも込められていない。
関心はするものの、やはり一度として擦りもしなかった。
「俺の剣をすべて受けきる人間は、貴様で二人目だ」
戦いに楽しさを感じるのか、ミーレも俺と同じように笑みが浮かんでいた。
「くっ、攻撃が何もあたらぬ」
俺の背後では、巨大な斧に体重を預けたデリーゼが息を切らす。
「貴様のような貧弱な平民がどう帝王様を攫ったのかずっと疑問だったが、その理由がよく分かったぞ」
剣を構えたままのミーレの立ち振る舞いには全くの隙がない。だが、相手が俺では無い隙も生まれるというものだ。
「お前たちは強い。だがな、その強さはこの狭い世界での話だ。ただの一つでも異変が起きれば、お前たちの強さは無に還る」
剣を下ろし、蹴散らされ無残にも飛んでいく草原の草を眺めて言った。そんな俺を目掛けて、二人は再び動き出す。
真っ直ぐと進む剣先が煌めき、俺は眼を閉じる。
眼を閉じれば、世界の時は止まり、俺だけの空間が広がる。
そこにある全ての魔素を捉え、全ての力の動きを把握すれば、何者の動きすらも止まって感じるのだ。さっきまであんなにも素早く動いていたミーレも、力強く斧を振り回していたデリーゼも、外野となりうるさく騒いでいただけの残りの者共も、その全ての動きを感じない。
これが、俺の本気ーーいやーーーー普通だ。
ほんの少し脚に力を入れれば、もうその場に俺の姿はなく、止まっているだけのデリーゼやミーレには、その他の者にも、なにも成すすべはなかった。
三百に満たない騎士たちは、極一瞬の間に繰り広げられる剣撃に打たれ、それでいて時の進みは倒れるまでの時間さえも許しはしない。
瞬きをするよりも、音が空を進むよりも早く、俺の剣は踊っていた。この広くどこまでも広がる草原を、ただ一瞬、舞っていたのだった。
延々と踊っていられる気もし始めていたのだが、剣舞には終わりが訪れる。
いや、訪れようとしていたのだ。
だがしかし、そうなる前にそれは起こった。
ーーうえ…………危ない……!!
頭の中に声が響き、ちょうど前方上空からレーザーのような高圧の光が俺の魔力を弾け飛ばしながら凄まじい勢いで迫り来るのだ。
高速のレーザーは間違いなく俺に向けられていたが、寸前に気づけた俺はさっと避けていた。俺の至近距離にいたミーレとデリーゼは、気づく事も出来ずに光粒子に飲み込まれる。
「ーーくそっ、何者だ!!」
光線の飛んできた方向には誰もおらず、少なくとも俺の魔力圏内には誰もいないようだ。
大きな声にも誰も反応しない。
あの声がなければ、死ぬことはないにせよ俺にも擦りはしていた。あれは……いったい……?
辺りを見回せば、唯一ほかに残っていたのは、俺の魔力を的確に感知出来ていた三人のうちの残り一人の男だった。近距離にいた訳ではないため、レーザーの被害に遭うことはなかったのだろう。
「ふっふっふっ、今のを躱しますか」
ふと、虚空からそんな声が聞こえた。
「異空間から魔法を飛ばすとは、なかなかの腕だな」
声が聞こえさえすればこっちのものだ。声を魔素分析すれば、この世界の空間に並行した異空間の存在ぐらい難なく分かる。
「そこにいるのだろう? 出てくるといい。いや、出てこずとも、強制的に引きずり出すがな! 魔素破壊!!」
かざした右手が淡く青に光り、次の瞬間、少し離れた空中にヒビが入る。ヒビはどんどん広がっていき、やがて一つの球体を示すように無数のヒビが繋がると、バリンッとガラスを割ったような音を立てて空間が粉々に砕け散った。
しかし砕け散ったその空間には誰もおらず、魔力の一つも感じない。だが、俺はその魔力ではないものの動きをしっかりと捉えていた。
「もしも俺が魔力のみで世界を見ていたのなら、お前の存在に気付きもしなかっただろうな」
後ろを振り返ると、そこにはマスクのような布らしきもので口元を隠した男が立っていた。
「まさかここまでとは、私も思いませんでしたよ」
男は軽く拍手をしながら、笑っている。
「さすがですねぇ、リウ・ディルガノス。いいえ、貴方の本当の名は……ディル・ミレナリア、でしたか」
ーーーーっ!?
電撃のような声にならない叫びが俺の中を駆け巡り、一瞬、全ての思考を停止させた。
なぜ……こいつがその名を……?
「……お前……いったい……!? なぜその名を知っている!! 答えろっ!!」
衝撃はやがて怒りへと変わり、叫びとなって口から放たれ、奴の喉元に剣を突きつけるとマスクの男は両手を挙げて少し後退した。
「いけませんねぇ、そんなことをしては。貴方のお友達が大変な目に遭いますよ?」
「なっ、まさかっ!!」
マスクをしていても分かる口元のニヤつきが、俺を本能的に振り向かせる。
男が指を鳴らすと、さっきの空間の割れる音よりも遥かに大きな音と衝撃で、帝都に張っていた結界が弾け飛ぶのだった。
「ーーっ!?」
帝都の内部から闇のオーラと強い魔力をいくつも感じる。
さすがに想定外だ。よもやこの時代にこれ程の魔導師が存在しようとは思いもしなかった。
そればかりではない。
奴の本当に恐ろしいのは、その力が未知数なことだ。最悪の場合、五千年前の魔導師をも上回る力の持ち主かもしれない。
「ふっふっふ、さすがの貴方でも驚きますか」
全てを見据えているかのように、男は笑う。その赤と青の瞳の見る先になにが映っているのか、俺にはまったく分からなかった。
そして結界が壊れて数秒が経過した。
『マスター!! マスターっ!! 街がーー街が魔獣の襲撃を受けているのです!! いったいなにが起きているのですかっ、マスター!!』
慌てふためくエイミーの声が俺の頭に直接響く。
『今は話している暇はない! すぐにそこへ向かう。それまでなんとか持ちこたえてくれ!!』
言うだけ言って念話の回路を切ると、もう一度男と眼を見合した。
底の見えない眼は俺を探るように見ている。
「さあ、どうしますか? このまま私と遊んでいてもいいでしょう。ですがーー手遅れになりますよ?」
そう言った、奴の一瞬だけ真剣な表情になったところを俺は見逃さなかった。
所詮こいつは俺の相手ではない。
だが、それは俺が一人で相手をすればの話だ。今はエイミーやレイミー、ネスティアにエリル、どうでもいいがガディアもいる。
ここまで魔法に長けている者が相手となると、皆を守りきる自信はあまりない。
いかに最強と言われども、俺は人間だ。
「なるほど……やはり貴方はその道を行きますか」
男は、剣をしまい仮面も外した俺を見て、だろうなとでも言うように頷く。
「いいでしょう。名前ぐらいは教えて差し上げます」
そう言いながら、男は黒い布切れのマスクをはずした。
「ーーなっ!?」
「驚きましたか?」
奴の素顔が晒され、隠れていた顔の下半分が明らかになる。
その左頬には、紫に薄く光る魔力の脈と、かつて俺が作った偽物の神、悪神ゲルダにつけた紋章があったのだ。
奴は両腕を左右に広げて高らかに言う。
「私の名は、ゲルダ・リン・ザースフェイド。この世界を滅ぼすべく復活した、悪神です」
奴は自らのことをゲルダと名乗り、不敵な笑みを浮かべながらまじまじと俺の顔を見つめていた。
ありえない事態、のはずなのだが、俺は驚きのあまり声も出せず、ただそこに立ち尽くしていた。
だが、ゲルダは俺に正気を取り戻させる。
「驚いている暇はありませんよ? これは貴方が選んだ世界の宿命なのですから。さあ、早く行きなさい。本当に手遅れになる前に」
そうだ、その通りだ。
ハッとして、俺は帝都の方を向き三歩だけ進んで脚を止め、そのまま前を見ながら言った。
「お前が何者なのか、目的はなんなのか、俺にはまったく分からない。興味もない。だがな、これだけは言っておこうーー」
軽く膝を曲げ、全身に力を込める。
風が止み、一瞬だけ音のない世界が生まれた。
「ーー我が明日の世に、お前はいらない!!」
それだけ告げ、俺は全力で地面を蹴る。
ひたすらに、ただひたすらに仲間の無事を祈って、皆のいる帝都に全速力で向かうのだった。
昨日に引き続き今日も更新です!
なんだか変な奴が現れましたね。
これからどうなるのかぜひ楽しんでください^_^
次回もお楽しみに!!




