帝者、指令を下す
太陽が雲に見え隠れする昼どき前、風も吹かない部屋の中では会議が続いていた。
「さっきも言った通り、そう遠くない時間に貴族たちがこの新帝都に攻めこんでくる」
感覚を研ぎ澄ませれば、帝都の方角からいくつもの魔力の移動を感じる。
「でも、それは気にするほどのことかい? 君がいれば大丈夫な気もするけど」
流石は身をもって体験しただけある。
「たしかに俺がいれば何も問題ない。それにこの新帝都には強力な結界を張ってある」
「そうなんですか?」
ちょこんと首をかしげるエリル。
「まあな。こうなることは予想していた」
これを予想していたというよりは、ガディアが攻めてくるのを予想していたためだ。
結界には魔法解除の魔法をかけてある。どんな魔法を使おうと打ち消され、いくら物理攻撃をしてもパンチで空間にひびをいれられるほどでなければびくともしない。言わば最強の盾である。
「この結界はあの貴族たち程度の力であれば破壊されることはまずない。だが、貴族たちが攻めてくるのを放っておくつもりもない」
「こちらからも攻めに行くのじゃな!?」
ネスティアが何故かガッツポーズをとりながら闘志を燃やす。
「今の貴族と平民との間には経験的な差がある。貴族が失敗を知らないことだ」
多少の個人差はあれど、その多くが貴族という高位な立場に甘えて失敗のない生活を送ってきたことだろう。平民の気持ちを知らずして、同じ地位で、同じ場所で、なんの差別もなしに生活できるはずがないのである。
「ふふふ、妾もついに実力を発揮する時が来たのじゃ!!」
やはりこいつはやる気だったか。
だがーー。
「皆で、といきたいところだが、今回は俺が一人で平民として攻めに行こう」
「なんでじゃっ!! 妾も行きたいのじゃ!!」
わなわなと駄々をこねるネスティア。まったく、心はあの時のように子供のままか。いや、あの時よりも幼い気さえする。
「はぁ……少しは話しを聞け」
こうも子供だらけだと、ため息も出るものだ。
「ネスティアは分かりますが、ほかに誰が子供だと言うのですかっ!」
俺の左隣りに座っていたエイミーが不服そうに叫ぶ。
「ん? 何のことだ? 俺にはさっぱり分からないが」
「誤魔化しても分かるのですっ!」
誤魔化してみせるが、やはりいちいち心を読まれるのはあまりいい気分ではないな。内心も隠すようにするか……。それか、いっそのこと魔導書を破壊するか……。
「君たちはさっきから何を言っているんだい?」
俺ら以外の者には分かるはずもなく、ガディア他数名は不思議そうにしている。
「何にしたってお前には関係ないぞ」
「……仲間はずれですか……」
お前だけではないがな。
「そんなことより、俺が貴族の相手をしている間にお前たちにもしてもらいたいことがある」
「大きく話しを逸らしましたね」
エイミーがふてながら言うが、無視だ無視。
俺は話を続ける。
「この段階で動いてもらうのはガディアと、ここにはいないが先日知り合ったレミとケルンという学院の女子生徒だ」
「レミ君とケルン君ですか。またなんで彼女たちと知り合ったんだい?」
さすがは学院長だ。生徒は全員把握しているか。
「あやつらと出会ったのも貴族が絡んだ話になる」
「……今更だけど、貴族貴族ってひと括りにされると、僕とエリルにネスティア君の立場がないんだけどな……」
グラスを持ちながらガディアは少し暗い表情になる。
「たしかにそうじゃな。妾たちも貴族じゃ」
「私はあまり気にしていませんけど……そうですね。貴族、と言えば貴族です」
エリルもネスティアも、そう言えばという感じで続く。
ふむ、あまり考えてなかったが言われてみれば悪いことをしていたような気もする。エリルに、初めて知ったがネスティアも貴族だ。
「悪かったな、二人とも。今後は少し場を考えるとしよう」
エリルとネスティアに頭を下げて言った。かつての俺ならこんな素直に他人に頭は下げなかったが、日本で過ごしていた時の習慣か礼儀が自然と身についている。
「そ、そんな、頭を上げて下さい! ほんとに気にしてませんから!」
「そうじゃな、少し意地悪が過ぎたのじゃ」
エリルは慌てて立ち上がり、ネスティアはクスクスと笑っている。それを見ていたガディアは、手に持ったグラスを口から離して首を傾けた。
「ん? …………あれ? ねえ、僕は?」
「お前はこちら側ではないだろう」
あのようなことがなければ……いや、そもそもこの帝国の体制はお前によるところが大きい。
「エイミー君並みの言葉だね……」
こうしてみれば、エイミーがなぜガディアにああも強く当たっていたのかがよく分かる。
俺は椅子から立ち上がると、自分のグラスを持ってその中身を一気に飲み干した。
「どうやら、そろそろ時間のようだ」
ようやく貴族たちが本格的に動き出したのである。
「どうしたんだ、マスター?」
右隣りのレイミーが聞く。
「いやなに、頭の悪い連中に失敗と敗北というものを教えに、な」
「おいおい、まだ僕らの仕事を聞いていないんだけど?」
真正面からガディアがジト目で俺を見る。
まだ伝えてなかったか……うっかりしていた。
「ガディアとネスティアは民の沈静化を頼みたい。ガディアが一番この中で顔が知れてるだろうからな。ネスティアは念のためにガディアについていてくれ」
「で、具体的にはどうするんだい?」
ガディアは再びグラスを持ち、クルクルと回しながら聞く。
「ふっ、そうだな。全ての民を一箇所に集めて、お前が演説でもするといい」
下らんかもしれないが、打てる手と言えばこれぐらいだろう。
いや、打つべき手と言えるか。
「演説だなんて……なにを馬鹿なことを……」
鼻で笑うガディアは、俺の目をまじまじと見ている。
「そうでもないぞ? 蒼静の帝王が破れ、帝国は貴族と平民に二分されたと曖昧に誤魔化しておけば、今のところはなんとかなるはずだ」
「蒼静の帝王が破れ、ね……」
痛いところをつかれたとばかりに、ガディアの声に覇気がなくなる。
「なにか間違ったことを言ったか?」
「ははは、感服だよ。仰せのままに、新帝王様」
わざとらしく言うガディアはぐるっと席を周り、俺の前にそれまたわざとらしく跪く。
「さて、俺は俺の仕事を全うするとしよう」
俺が席を立とうとした時だった。
「ちょっと待った!」
レイミーが俺の服をガシッと掴んで言った。
「マスター、そりゃないぜ! 私にはなにもないのかよ!!」
「そうなのです! わたしにも仕事がないのです!!」
エイミーもそれに続く。
俺は早く暴れ……貴族たちを抑えに行きたいのだが。
「お前たちは魔力線を通して俺に念話で状況を伝えてくれれば良い。先に言っておくが、これはかなり重要な役割だぞ? 皆になにかがあれば、即刻伝えるように頼む」
これが、今回の連絡手段というわけだ。
「分かりました」
「ちっ、しょうがないぜ」
言葉と違って嬉しそうな表情のレイミーに、いつも通りのほわほわした表情のエイミー。
「この後のことは夜にでも話そう。では、各自に任務に取りかかれ!!」
言い放たれた言葉は閉め切った室内に響き、天高く昇った太陽はちょうど正午を示すように天の頂点に輝いていた。
またまた戦いですね^_^
果たしてリュウヤがどう無双していくのか、話がどう進んでいくのか、ぜひ楽しんで下さい!
次回もお楽しみに!!




