帝者、作戦会議をする
城の二階の一部屋には、大きな円卓が一つ置かれている。開けられた窓の外からはいくつもの声が聞こえた。
「予想通りですね。国民……平民たちはみんな慌てふためいているのです」
エイミーがそう言い、窓に一番近い席のガディアが窓を閉めてまわる。
「そうじゃな。窓を閉めても聞こえてくるのじゃ」
ネスティアが言うように、窓を閉めたはずなのだが外からの騒がしい声は途絶えない。たった一夜にして貴族はみな消え去り、いつも帝国の中央に輝いていた城も変わっていたのだ。
嬉しさ半分、怖さ半分、それは騒ぎのひとつやふたつ、いや、平民総出の大騒ぎにもなるだろう。
「外の者どものことは放っておけ。俺たちがやらずとも鎮んでくれよう。今は今後のことについて皆に知ってもらはねばならない」
「今後の、というと、もう一つの国をどうするのか、とかですか?」
ガディアの左隣り、エリルが小さく手を挙げて聞く。
「そうだな、それも大きな問題の一つだ。順を追って一つずつ話していくとしよう」
考えてもみれば、世界を変えるなどと大層なことを言い出してからまだほんの少しの時しか経っていないのだ。
俺以外の者は作戦の概要をそこまで知らず、また俺の考えを知ることもない。
これが初めて作戦を皆に伝える機会だということだ。
「これから起こるであろうことから挙げていき、どう対処するかを話そう」
これから起こること。この事態に帝都側の貴族たちが起こすだろう行動と、こちら側、新帝都側の平民が起こすだろう行動だ。これだけのことが起こっている以上、なにも起こらないなんてことはないだろうし、起こることの予想は簡単につく。
俺はそのひとつひとつを話していった。
「最初に起こるのは、皆も直に見て聞いているこの騒ぎだ。憎き貴族が消えたとしても、この怪異に恐れを抱く者も多かろう。そして、これは貴族側でも必ず起こることだ」
「間違いないだろうね。貴族たちは日常からの逸脱に弱い。だれが、何の為に、どうやって、これらの追求から始まって、いずれはこの新しい帝都に辿り着くはずさ」
ガディアが言うように、貴族たちはここに攻めてくる。
それも今日、そう遠くない時間に。
だからこれらの問題にはなるべく早く対処せねばならないのだ。
「マスターはどう考えてるんだ? ひとつずつ対処法を言ったところで、私たちは結果を知らないんだ。せめて向かう先ぐらいは話しておいてもいいんじゃないか?」
意外とまともなことを言うではないか。まさかレイミーの口から出てくるとは思っていなかったぞ。
俺は椅子から立ち上がり、皆の注目を集めて言った。
「俺はこの国を二つに分けようと考えている」
「二つに分ける? ……どういうことですか?」
いまいちのみ込めていないエリルは首をかしげる。
「貴族の国と平民の国に分けるんだ」
「ですが、それでは求めている平和は訪れないのでは……」
「ああ、その通りだ。だから永久に二分するわけじゃない」
貴族と平民という身分の差の解消だけが平和ということではないからな。二つに分けたところで、互いの溝を埋めるだけの心の通いがなければ、やがて時が経てば歴史を繰り返すだけである。
今回は、身分差という概念そのものをなくすことが目的なのだ。
「まずお前たちには、平民に法というルールを与えてもらう。今のこの国には表面上のルールしかないからな。……そうだな、ガディア、この国の法を言ってみてくれ」
「法という法はない……というのが正しいかな。人は殺さないこと。人の物は盗らないこと。なんていう、あたりまえの中で人々は生きているのが現状だね」
「もちろん、誰かが誰かを殺したのなら、同等の罰を受けます。無法地帯というわけではないのが唯一の救いです」
ガディアとエリルが淡々とこの国の現状について説明してくれる。いざ考えてみると、なんて非常な国に生きているんだと感じざるを得ない。
二人とも少し暗い面持ちだ。
「目には目を刃には刃を。立派な制度だな。俺は嫌いじゃない。だが、その制度が適応されるのは全ての帝国民に等しいことか?」
その言葉にネスティアが机を叩いて立ち上がる。
「…………違うのじゃ!! 平民は貴族にいかなることをされようとも逆らえないのじゃ!」
「そうだろうな。それに加えてもうひとつ改善すべきところがある」
そう。今までのルールには致命的な欠陥があるのだ。これについてはいろいろな意見が交わされてきたのかもしれないが、どこかで統一し、一つのルールとして認識させるべきと俺は感じる。
「それは、だれかを殺す理由が考えられていないところだ。そうしなければ生きられない。そんな状況に陥ったときが、魔導師として戦いをしていれば起こり得るだろう」
「そうじゃのう。相手を殺さねば死ぬなど、この世の常じゃ。問答無用で殺すというのは筋違いかもしれないのう」
「そうかもしれませんが、それでも命は奪っていいものではありません!」
経験が多いゆえに同調するネスティアに対し、優しさの強いエリルは反対する。
こういう議論が幾たびも行われた結果が、あの地球の国々を作ってきたのだろうと、この言い争いを見て深く実感する。
だが、結果は見えていることだ。
エリルの考えも悪いわけではないが、早々に諦めてもらうしかない。
「エリル、もし俺が今ネスティアに殺されそうになるとする」
「妾はそんなことしないのじゃ!! 酷いのじゃ!!」
机に両手をついたまま、ネスティアは顔だけこちらに向けて叫んだ。
「物の例えだ。黙って聞いていろ」
まったく、これでは話が進まない……。このメンバーがいけないのか……?
俺は少し呼吸を整えると、エリルに視線を戻した。
「俺はこのまま抵抗せずに立っていれば、間違いなく死ぬ。いや、死んだとしよう。そのとき、お前はネスティアをどうする?」
「言うまでもありません。即刻ネスティアさんに同じ目に遭ってもらいます」
……なんだかエリル、怒ってないか? 少し顔が赤くなっているような……まあ嫌なことではあるがな。それにいつもはあんは怖い言葉は使わない奴だった気がするのだが……。
ま、そんなことでいちいち止める必要もないか。
優しさということで受け取っておこう。
俺はさらに続けた。
「ならば、俺が自らの命を守るためにネスティアを殺すとしよう。そうしたら、お前は俺にも死を求めるか? これが俺とネスティアでなく、まったくの赤の他人どうしだとしたら、お前はどうする?」
「そ、そのときは………………」
エリルは口ごもり、なにも言えなかった。
「そういうことだ。時に気持ちを考慮することも重要になる。そんな法を作ってもらいたいのだ」
これが俺の第一の考え、ちゃんとした法律を作る、だ。
平民に平民の国での平和な暮らし、だれの犠牲もない平和な暮らしをしてもらうことが、新しい未来に向けての第一歩となるのだ。
「この法というのが後に大きく関係してくる。どうか平和と平等に遵守した法を作ってくれ、エリル」
そう言ってみせると、エリルは驚いて顔を上げた。
「わ、私ですかっ!? でも、私にはそんな…………」
「大丈夫だ。お前はここにいる誰よりも優しい心を持っている。今のことを踏まえた上で、お前の思う平和なルールを作ってくれれば良い」
これを担当するのはエリルしかいない。
彼女の優しさを持ってすれば、法に縛られるなんて感情もなく、あたりまえのように平和な暮らしが出来るだろう。
「うぅ……本当に大丈夫でしょうか……? …………ううん、リュウヤさんがそう言うなら、私、頑張ります!」
「そんなたいそうなものでなくともいい。平和な世界に必要不可欠なルールだけいいんだ。出来る限りでいい。無理せず頑張ってくれ」
「はいっ!」
エリルの気持ちのいい返事が室内に響く。
これでようやく一つ目の作戦もとい目標が明確になり、同時に開始された。
だが、まだまだ作戦の全貌や俺の考えをはっきりと伝えてはいない。
スーッと深呼吸をして、俺は第二に必要なことについて話しを始める。日は高く昇り、窓から差し込む陽の光はもう少しで昼になる事を告げていた。
一週間ぶりの更新です。
ストックがあまりないのと、のんびりやった方が心が楽なのとで、少しゆっくりとした更新が続いています。
以前よりは周期が長くなりますが、どうか暖かい目で見ていただけると嬉しいです。
次回もお楽しみに!!




