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帝者、戦場に立つ(後編)

 沈みかけの月から優しい光が大地を照らし、深い沈黙に冷たい風が吹き付ける。

 俺は、一歩、また一歩と奴らに近づいていった。聳え立つ強大な壁が迫り来るように、ゆっくりと、魔力の圧を最大限にかけて歩みを進めた。


「お前は俺たちと同じ道を行くと思ったんだがなあ」


 まだ距離はあった。俺は一言、そう呟く。

 ガディアは後ろを少し振り返って、少し安心したように言った。

 彼の背後には耐えきれず気を失った騎士たちが転がっている。


「僕が君に話したことは間違いじゃない。帝王とは言えど権力は弱く、貴族の暴挙には許容しきれないところも多い。だけどね、僕にも立場ってものがある」


 虚空を見つめてガディアは言った。

 俺と同じ道選べば、それは国民の三分の一に相当する貴族の顰蹙を買い、国民の動揺を仰ぎ、最悪の場合には双方による暴動が起こる。平和ではない平和的解決法とでもいうのか、ガディアの判断もまた、いち国王としては間違いではない判断なのだ。


 だが、それでもやらねばならない事はある。

 皆を救う道は後で切り開けば良いのだ。


 残月の下に歩みを止め、深呼吸をして叫ぶ。


「ーー俺のターンだ!!」


「ーーなっ!? グハァッ!!」


 叫ぶと共に爆発的な速さでガディアの懐に入り、左脚で天へと蹴り上げる。

 声にならない叫びが聞こえて、天高くに飛んでいくガディアの真下で、俺は地面に手を当て魔法陣を展開した。


「光に呑まれろ! 〈皇尖柱(クミヘリテイン)〉!!」


「クッ、馬鹿げた小僧め!」


「……っ!!」


 巨大な魔法陣が多色に輝くと、次の瞬間、全てを呑み込むが如く空の彼方へと光が柱となって伸びていく。


 膨大な魔力に敵わぬと悟ったか魔導精霊は魔導書へと引っ込み、空に飛び行くガディアを見捨ててしまった。ガディアの表情は曇り、ひしひしと焦りも見え始めている。


 こもる魔力は電撃を生み、空気に亀裂が生じて光線を青黒く染める。巨大な光線はガディアを呑み込むと、辺り一面に昼より明るい光を与えたのだった。


「どうだガディア? これが帝王だ! これが白闇だ! これが俺の力だ!!」


「…………るか…………負けて…………たまるかアアァァァァァ!!」


 莫大な魔力が爆発したかと思うと俺の柱は消し飛ばされ、中から魔力の鎧を纏ったガディアが現れる。


「ハッハッハ、そうでなくてはつまらない! 王ならば、帝王ならば意地を見せろ!! 意地を見せた上で散ればいい!!」


「ぬかせえぇぇ!!」


 いつの間に召喚したのか、大きな槍を構えたガディアがそれを俺に向かって投げた。音速を超えて衝撃波が大地を穿ちながら進み、一瞬にして俺の眼前に迫りくる。が、なんなく片手で抑えると、槍を投げ捨てガディアに言った。

 互いに向かい合い、相手の目を見据えながら言葉は放たれる。


「言ったであろう? お前のターンは終わったんだ」


「帝王リウ・ディルガノス。歴史にある通り途轍もない力だ。だけど……どんなに君が強くても、僕は君を倒す!!」


 再び魔導書を介して召喚した槍を振り回して言うガディア。


「ふはは、まだ足掻くか! いいだろう、受けて立とう。だが、お前では俺には勝てんぞ」


「僕は僕の全力を超えていくだけ。君を倒して今を守るだけだよ。僕らの明日は同じじゃない!!」


 お互いに三歩ずつ大きく下がり、間合いを取る。


 俺は今を変える為、ガディアは今を保つ為、互いの全力を持って相手の全力を打ち砕かんとしているのだ。

 

 月はもう少しで沈む。それまでになんとかガディアを引き込まねば、たとえ勝ったとしてもこの戦いの勝者は俺ではない。

 

「もう時間がない。次で終わりだっ!!」


「終わるのは、君だっ!!」


 両者ともに武器を持った腕を突き出し、膨大な魔力を込めた魔法陣を展開させる。

 魔力と魔力がぶつかり合い暴風が吹き荒れ地割れがくたばる騎士達を襲い、残月の光すらも届かぬものとする中、俺たちは更に魔力を高めていった。


 やがて全ての魔力がこもった時、二人は同時に魔法を発動させた。


「青き炎に燃え尽きよっ! 獄炎蒼魔弾(ノルティシア)っ!!」


「白き闇の炎に消えろ!! 煌闇魔炎弾(ディーノヘリア)っ!!」


 蒼炎の燃え盛る魔弾が、白き闇に燃え煌めく魔弾が、轟音を立ててぶつかり空間を焦がし世界を蝕む。

 力と力の衝突が衝撃波を生みながら二つの魔弾は拮抗していた。


「ハアアアアァァァァァァァァァ!!!!」


 声にも力を入れ、自らの深淵に潜む魔力をも引き出し、ガディアという男は全てを俺にぶつける。


 だがーー。


「ーー弱い」


 たった一言で終わった。


 今まで拮抗していたはずの魔弾は、急に攻勢が変化し、俺の放った魔弾がガディアのそれを呑み込み、ガディアごと、背後に倒れる騎士達ごと、遠くに見える山ごと全てを呑み込んでいった。


「……これが…………真なる帝王の……力……か……」


 強大な光の中から、ほんの掠れた声が耳に届く。


 俺の全力……には到底いたらずに終わってしまったが、それでもガディアは戦い抜いた。

 俺も戦い抜かねばならぬ時が来たようだ。


 やがて魔弾の猛威も止み、ガディアや騎士が地面に転がっている中を俺はガディアの方へ歩いていった。そして彼を眼下に見下ろし、今にも糸が切れそうな顔の真横に剣を突き立てる。


「ーー俺の勝利、だな」


 存外ガディアも少し笑っている。

 負けを認め魔力を解き、あらゆる抵抗をやめた。


 そして一言、こう言った。


「ああ、僕の完敗だよ」


 少し間を空けて、もう一言続ける。


「さあ、殺すなら殺してくれ」


 力なく目を閉じると、ガディアは何も言葉を発さずにその時を待った。

 だが、時間がいくら経とうとも、その瞬間は訪れない。


 俺はもとよりこいつを殺す気はないのだから。


 だから俺もただ一言、目を閉じたままのガディアに言った。


「俺は、俺の世界を変える」


「もう止めはしないさ。僕は戦いに負けた。好きにするといい」


「もちろんそうさせてもらおう。だが……#治癒__ヒスト__#」


「……っ!?」


 剣先から魔力が流れガディアの真下に魔法陣が展開されると、回復の光がその身を覆う。

 みるみるうちに傷が癒え、ガディアの表情も驚きに染まった。


「……君って人は……なんで…………」


「これは俺の勝手だ。俺はこの戦いに勝った。好きにさせてもらうぞ?」


 俺はおもむろにガディアの手を取ると、彼を立たせて周りを見渡す。

 

「俺は俺の世界を変える。その為にはお前が必要だ。この数知れぬほどの騎士達をまとめ上げるお前の力がな」


「協力すると言った覚えはないよ」


 俯き頑なに否定するガディアに対し、俺は最後の一押しとして言った。


「エリルが言っていた。平和な世界を父親と過ごしたいと」


 エリルが登校中に言っていた、彼女の切なる願いだ。


「お前の事が大好きだとも言っていたよ」


 その言葉を聞くと、ガディアはまた驚いた顔になって悔しさを滲ませた。


「ーーいいだろう、お前が死にたいのなら殺してやる。だがな、お前はお前の一存だけで自らの命運を決めていい立場ではないことを覚えておくといい。お前には残っているものが多い。エリルの為を思うのなら、妙な考えはやめろ」


 遠くの山のあたりから少しずつ光が見え、朝が来ることを伝えた。


「最後にもう一度聞こう。俺たちと共に行く気はないか? 人々のために、お前のために、エリルのために!」


 少しの間、ガディアは目を閉じる。

 大きく深呼吸すると、ゆっくりその瞼を開いて言った。


「僕は……君たちと共に行くよ。その先にある世界を見たい。その世界に生きたい! 僕のために、なにより、エリルのために!!」


 心の中を全てさらけ出し、ガディアは叫んだ。強い眼差しが俺の目を捉え、真剣な表情が硬い決心を俺に伝えた。


「そうか。いい選択をしたな」


「そうだね。でも、いつかは君を倒すさ。負けたままじゃ死んでも死に切れない」


 沈みゆく月を細く見つめてガディアは言う。


「ふっ、来るといいな。そんな日が」


「僕は強くなる。いづれまた、時が来たらその時は頼むよ!」


「もちろんだ!」


 互いに腕を当てる。本気でぶつかり合い相手のことを知り、また一つ人の心を変えたのだ。

 

 俺の目指す世界に、また一歩前進だ。


 

 日が見え始めた頃、俺は転がる騎士達を転移魔法で帝国に送り、また自らもガディアと共に城に転移する。朝の光が照らす草原には、少しの暖かさと、蒼き深い海のような静けさが残っていた。

少しずつストックが減ってきました……。

まあ毎日がんばって書くのですが、なかなか追いつきませんね。

それでも書きはするのですが。

とにかく!

次回もお楽しみに!

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