帝者、戦場に立つ(中編)
天空に描かれた魔法陣が騎士達の動揺を誘う。冷たい風に混じる俺とガディアの魔力が空気を震わせ、更に空気をピリピリとさせた。
排除する対象にこちらの存在がバレている以上、コマンドを使う必要はもはやなにもない。真なる帝王を愚弄せし者共に裁きの鉄槌を下してやるつもりだ。
「雑魚は寝ているといい! 〈超解析〉!!」
天へと伸ばした剣の先から魔力の柱が魔法陣を貫き、中央に描かれているルーンが回転すると、大いなる解析の光が全ての敵を同時に解析する。
この世の物質は全て違わず魔素から生成される。原子や量子すらも構成出来る物質だ。生物には魔素の塊である中核魔素が、そして魔素の情報を書き換える魔力なる物質を持っている。
俺の情報や解析は、そういった魔素の情報に直接干渉できる能力なのだ。その脅威たるや、世界の理を簡単に書き換えられるに至る可能性を秘めている。
実際に出来る事は限られているが、知る者と知らない者、使える者と使えない者の差はかなりのものだ。
そして、この魔力や魔法などの理を知る者は数えるほどしか存在しない。魔法や生物の理屈を知らない現代人のガディアは俺の特性が持つ本当の恐ろしさを知らないのである。
ゆえに、無謀にも奴は俺に迫り来るのだ。無知で無力な騎士たちと共に。
「たかが解析の光で僕らを止められようとは君も思わないだろう? ま、君が魔法を放つのならこうして阻止するだけだけどね」
一瞬ガディアの腕が動いたと思うと、ズザッと刃が飛翔し大地に裂け目が生まれる。軽く首を曲げて回避するも、ほんの寸分の差で俺の頬にかすり血が流れた。
赤い血が頬を伝い、生温い、かつての戦場に嫌という程に溢れかえっていたあの匂いが鼻に入る。
その時だった。虚空に四角い、まるでインベントリか何かのような画面が浮かび上がり、声を発したのだ。
『武力的攻撃を感知しました。防御壁の自動展開に移ります。左頬に傷を確認。ただちに回復を開始します』
これは……懐かしい。
かれこれ三年前、漫画を読んで強くなるにはと考えた結果俺が生み出した自動魔法の一つ、自動制御だ。
やはり出来る事は数限られているが、自己防衛に関しては最強の技であろう。
みるみるうちに俺の頬の傷が治っていく。
「戦いの最中に隙を見せればどうなるか、君が知らないわけないよねぇ?」
ズザッズザッと数連撃、ガディアがその剣を振るうと魔力のこもった斬撃が空を切り裂き俺に襲い来る。が、防御壁が極小範囲に展開されてそれを防ぐ。
「なっ!?」
予備動作がない上に、魔導書も魔力の動きも感じられない防御壁に、さすがのガディアも驚いたようだ。
「まさかそこまで常軌を逸するとはね……。だけど……それが出来るのは君だけじゃないっ! 〈剣山撃〉!!」
ほう、なるほど。
俺が捉えきれない程の数と方向の攻撃を一度に仕掛けるか。
「良い考えだが、お前の力はその程度か?」
地面から湧き生える数多の剣が俺を串刺しにしようとしたその瞬間に、まるで時が止まったかの如く剣の動きが止まる。
「け、剣が動かない……だと? 僕の魔法が止められた? いや、ありえない……ありえないっ!!」
怒りと憎しみの篭った声が奮い出ると、剣にかかる魔力が増して、より一層威力が高まる。それに応じるように剣は辛うじて動きを取り戻すが、あとほんの少し、本当に数ミリの距離でまた動きを止めてしまうのだった。
「なぜだっ! どうして動かないっ!!」
魔力をさらに強めるも虚しく、今度は剣が動き出す事はなかった。防御壁が展開された訳でもなく、俺が物理的に食い止めたという事でもない。
これがあるべき姿なのだ。
真なる帝王の俺に、どうして剣が歯向かおうか。
帝王の大いなる魔力の前に、弱小なる魔力が威勢を保っていられる筈がなかろうに。
「諦めるのだな。お前が認めずとも、お前の魔力は諦めた。俺を前にして闘う事を辞めたのだ」
言いながら指で空をなぞると、止まっていた剣が力なく地面に落ちる。剣先が風になびく芝生を切り刻み、冷たい風と共に静かにどこかへ飛んでいく。
「そんな……そんな馬鹿な話があるわけないだろう!!」
「なら、後ろを振り返ってみると良い」
言われた通りに振り返るガディアの前には、さっきと何も変わらない様子で騎士達が隊列を組んで並んでいる。
確かに何も変わらない。
いや、変わらな過ぎるのだ。
目を開け、武器を持ち、構えを取り、それでいてピクリとも動かない。
帝王と言うのであれば、この事態が如何なるものかは分かるだろう。
「どうだ? お前は確かに凄い。これだけの騎士がいて、唯一俺に歯向かえるのだから」
「……なんなんだ……なんなんだこれはっ……!!」
俺が最初に放った魔法が何か、ガディアは理解していなかった。
それ以前に俺を甘く見過ぎていたのが失敗だったのだ。
超解析は物理的ダメージを与える事こそ出来ないが、魔力が低い者に関してはかなりの負担がかかる。
俺の魔力を自らの中核魔素に直接感じるのだから。
その現実が受け入れられないのか、ガディアが大声で笑い出す。
「……フフ……フハハハハッ! 面白い……面白いよ君は! この僕に本気を出させようとはねぇっ!!」
両腕をバッと広げたガディアの背後に、おぞましい魔力を感じる。悪霊か何かか……精霊の類いである事は間違いない。実体が完成していないために俺の特性も反応しない。
「これが僕の魔導精霊さっ! ハアァァァッ!!」
叫び声と共に魔力が爆発的に飛躍し、ガディアの背後には純粋な魔力体の存在、悪魔のような外見の魔導精霊が顕現する。
「ーー貴様が我を呼び出すとは珍しい。まさか貴様が他の人間を相手に手間取っているのではないだろうな?」
二つのツノと闇の翼を持つ魔導精霊はガディアより数倍大きく、俺の方をチラッと見ると少しニヤついて言った。
「黙れニルジード。僕が君を呼んだ理由ぐらい、君なら分かっているはずだろう? 君も見ていたはずだ」
「フッ、図星か、情けない。……まあ良いだろう。少しばかり手をかそうではないか」
体長三メートルはあるだろう巨体が、のしのしと歩きガディアに手をかざす。するとガディアと精霊の間に光の柱が現れ、どんどん魔力を吸収していった。
ただただ立ち尽くすだけの俺を前に、奴らは会話を続ける。
「ああ……これだ、この感じだ! 貴様の魔力が身体中に染み渡るぞ! これならば問題あるまい。貴様の思いに応えようぞ!!」
ニルジードの身体が光を放ち、今度はガディアに魔法が送られる。ガディアは魔法陣を展開して、精霊の力に合わせて更に魔力を込めていった。
「リュウヤくん、これこそが僕の本気だよ。受け取ってくれたまえ!! 〈霊魔撃衝弾〉!!」
大きく膨れ上がった魔力の塊はニルジードの身体よりも遥かに巨大なものとなり、そこに存在するだけで地を焦がし空を震わせる。
ガディアの叫びと共に発射された黒っぽい紫に輝く魔弾は、さっきまでの奴の攻撃とは桁が違い、普通の人間であれば魂ですら破壊されかねない程の威力となっていた。
だがしかし、俺は普通の人間ではない。
猛スピードで迫る魔弾を前に、ただの一歩も動かずその場に立ち続ける。
そして、魔弾が寸前まで迫ったその瞬間であった。
ガシュッ、と音が響き魔弾の動きが完全に止まったのだ。
「たかがこの程度が本気とはな」
見下すような言葉を放つ俺の右手には、奴らの放った魔弾ががっちりと握られ、次の瞬間、バシュンッという音と共に魔弾が握り潰されたのだった。
いい感じに無双しますね。
更新期間はバラバラですが、なるべく頑張ります。
次回もお楽しみに!




