帝者、戦場に立つ(前編)
天高く輝く魔法陣が月明かりに混じる。混じり合う光は霧に重なり、青紫色の幻想的な輝きを放っていた。
「さあ人々よ、平民よ!! 我が郷へ入るが良い!!」
五千年前にも使える者が少なかった大魔法の一つである上位転移魔法、大転送が発動される。
新帝都の上空に輝く魔法陣は魔法で隠蔽され、帝都から見ることは出来ない。
だが、俺たちの前では多くの光が点いたり消えたりしている。
「すごい……次々と民家に転送されてくるのです……!」
「妾たちとは格が違うのじゃ……!」
俺は驚くエイミーたちの前で、余裕そうに腕を組んで立っていた。
すべて俺の中では当たり前なのだ。なにしろ俺は世界最強、史上最強の帝王だからな。かの織田信長公でさえ城を築くのに一夜かかった。俺の場合はたったの三分。あれが一夜城と言うのなら、さしずめこちらは三分城だ。
三分待ったら完成とか、インスタントラーメンと同じだぞ? こんなに素晴らしいことはない。
……インスタントラーメンと言えば、たしか収納の中にいくつかあったはずだ。……あとで食べるか……。
下らない事を考えながら、更に多くの平民たちを転送していく。
「それにしても、帝王とやらは何をしているんだ? 隠蔽しているとは言え、動き一つ見せないとは」
何か裏があるのではと深く考える俺に、横からネスティアが言った。
「妾がこの国を選んだ理由の一つがそれじゃ。蒼静の帝王ノルティスは、はっきり言ってトロい! 妾を平気で野放しに出来る奴じゃ。警戒するに越したことはないのじゃが、これに気づける者ではないじゃろう」
たしかにな……初代魔王の娘であるネスティアが、なぜに魔導学院に通っているのか、実に不思議であった。時間停止に魔力の大半を割いているとはいえ、いち騎士よりは遥かに強いはず。そんな彼女が目もつけられずに生活出来ているのだ。
「四色帝と言えど、大した事はなさそうだな」
馬鹿にしたように言う俺に、ネスティアが険しい顔をして言った。
「蒼静の帝王だからじゃ。残りの三帝はそんなものじゃないじゃろうな。少なくとも、そなたの存在には既に目をつけておるじゃろう」
「お前がそう言うって事は、なかなかの実力者なんだな」
「そうじゃぞ? いくら魔法の文明が衰退していっても、必ず天才はいるものじゃ」
まあその天才とやらが俺の敵ではない事は言うまでもないだろう。それに、今はこれといって気にする事はない。
と、そんな会話をしていると、ようやく全ての平民の転送が完了した。
天に輝く魔法陣も消え果て、世の暗黙を照らすのは半月の光のみとなる。
「賽は投げられた、ってところか」
「……ん? よく分からないけど、とりあえずひと段落ついたぜ!」
グーっと背伸びするレイミーの手がちょうど俺の顔の前にくる。
俺も少し背伸びをすると真っ黒な城が目に入り、煌びやかな光沢が懐かしい。
「ーー今日はもう寝よう。明日からは大仕事が続くからな。しっかりと休んでくれ」
「そうじゃな。休むとするかの」
釣られたネスティアも大きく伸びをする。
「だけどよ、いったいどこで寝るんだ?」
「特別大サービスだ。今日は城を使おう」
「おぉ!!」
俺の言葉にレイミーが目を輝かせる。もちろんエイミーもネスティアもだ。
きっとこうなるだろうと、もとより寝室を多めに作っておいたのだ。せっかく望みの城を築いたからな。少しは内装も見たいだろう。
「いいのか? もう入っていいのか?」
「ああ。早く行くといい。俺はもう寝る」
「分かったぜ!!」
言いながら走るレイミーを、エイミーとネスティアが追いかける。この光景が明日も続けばいいのだが、これが次に見られるのは何日後になることか……。
俺は先の心配をしつつ、明日に備えて城の自室として作った一部屋に転移するのだった。
ーー 翌朝 ーー
朝と言うには早すぎる時刻、俺はたった一人で国の門の前で時の流れを感じていた。
目をつぶって呟く。
「ーーエリル、お前は詰めが甘い」
耳をすまぜば遠くから聞こえてくる無数の足音。鎧が軋み、武器が擦れ、その行進に大地が揺れる。
ここに立って早一時間、睡眠時間よりも長い時をこの肌寒い風の吹く中に待ち続けた。
「そろそろか……」
僅か五百メートルしか離れていない国と国との間を、騎士たちがのたのたと走り迫り来る。先頭に立つ乗馬騎士は帝国の旗を翳して、俺から十メートル程離れた位置で止まった。
蒼静の帝王ノルティス、そう言ったか。
敵にバレているのを分かった上で演技を続け、三人をこの無意味極まりない争いに参加させる事だけは阻止したが、やはり気のいいものではない。
進行が完全に止まったところで、そいつは声を上げた。
「我が帝国の眼前に建国とは、随分と度胸のある行いをするものだ、小僧」
兜の中に響く声は少し低く、いいカモフラージュになっていた。
いい加減にしろーーと言えればどれだけ嬉しいか……この俺を騙しておいて、よくもまあそんな飄々としていられる。
兜の男ーー蒼の帝は俺を見下ろしながら続けた。
「うまく我らを欺いたつもりだろうが、残念だったな。貴様はここで死ぬ。我に反逆せし者は、一人と違わずこの世から消しーー」
「いつまでつまらない演技を続けるつもりだ? 蒼静の帝王ノルティスーーいや、ガディア・スレザント!!」
奴の言葉を遮って俺は叫ぶ。
「……はは、あはははははっ!!!! 気づいていたのか、リュウヤくん」
兜を外して現れた顔は、俺のよく知る顔。ブリアル魔導学院の学院長、ガディア・スレザントだった。
そうだ。どちらが本名かは分からないが、奴がこの蒼静の帝国の帝王ノルティスなのだ。
「まさかバレていたなんてね! まるで思いもしなかったよ。古き帝、リュウヤ・ディルガノス」
「皆を騙した落とし前をつけてもらうぞ!!」
右手に長剣を生み出し、ガディアに突きつける。
それを見たガディアも馬から降り、腰にさした剣を抜いて見せた。
「騙した……ねぇ。僕には何のことだかさっぱりだよ」
「お前がどう言おうと現実は変わらん。さあ、騎士でも何でもかかってくるといい! 俺の目指す世界への歩みは、お前ら程度には止められん!!」
「愚かな人間だよ、君は。例え君が本物の帝王、リウ・ディルガノスだったとしても、この数を相手に、よもや僕を相手に取ろうとはね!!」
叫び声が交差する中、ガディアは天へ向け剣を突き上げる。
続きに騎士達が各々の武器を構えて、金属が擦れる音が夜空に響く。
今ここに、小さな小さな戦争が幕を開けたのだ。
初めて会った時に違和感を覚えた。
俺がとなり町の騎士団ベルファーレと戦っていた時、俺はコマンドで魔法を唱えた。あの時はわざと魔法陣を展開させるやり方をしたが、大した魔力を発していなかったのだ。
だがガディアは俺が帝国に入って真っ先に俺の元へ来た。
それも魔力を抑えている俺の元へ、だ。
俺の魔力はネスティアですら探知できていなかったのに、ガディアにはそれが出来た。それは魔力の半分以上を使えない状態のネスティアよりも魔力感知に長けている証とも言える。
それら一連の事象から考えられたのが、奴が帝王である事だった。この時代で、今のネスティアより強い者。帝王でしかなかろう。
本格的に気づいたのはさっきの戯曲を聞いたときだが、本当にヒントはいろいろあったのだ。
ここでガディアを倒さなければならない事は残念だ。しかし、戦わなければいけないのも現実。
エリルが敵か味方か、今後の学院はどうするか、どうにかガディアをこちら側に引き入れられないか、更に先の心配が増えていく中、俺は照らしつける月光に重ねるように大魔法を唱えるのだった。
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