帝者、建築する
夜のそよ風が冷たく、虫のざわめくような声が心地よい草原のど真ん中に、俺とエイミーとレイミー、そしてネスティアの四人が並ぶ。
今夜中には作戦の第一段階を実行するのだ。
ちなみにエリルとガディアは帝国の方の状況を見てもらうために残らせた。
「いよいよだな。運がいい事に今日は帝国とこの地の間には霧がかかっている。余程のことがない限り見つかる事はない」
そう、俺たちがいるのは帝国から数百メートル離れた程度の場所。
ここが今回の作戦の拠点となるのである。
「ネスティア、例の物は持ってきたか?」
「もちろんじゃ! ガディアの協力があったから簡単に手に入ったぞ!」
彼女が指をパチンと鳴らすと、俺の目の前に一枚の紙切れが現れる。俺は紙切れを掴み、内容を確認すると共にそれをエイミーに渡した。
準備は完了だ。
あとはここに見栄えの良い城を築き、城以外の帝都を完全に再現するだけ。
城を築く事、そして帝都の再現こそが今回の作戦の核なのである。
俺は自分の収納に入っている、『中世世界の城』と言う本を取り出して開く。
この本は小さい頃に親父に買ってもらった本だ。
漢字だらけの本なのだが、幼き自分がよくもまあ読めたものだ。
「マスター、その本は何なのですか?」
「……何語だそりゃあ? まったく見た事がないぜ」
左右でジャンプをしながら本を覗き込むエイミーとレイミー。
お前達二人は見た事ぐらいはあるはずなんだが……。俺が白闇だの帝王だのと言う話しをしたから忘れているのかもしれないが、俺がこの世界に来る事になった大きな要因はお前達だ。
少しため息を吐いて言う。
「俺と転移して来たのをもう忘れたのか?」
「転移……あっ! そうだ! マスターは異世界人だった!」
ポンっと手を叩くレイミーは、ほんとうに転移してきたことを忘れていたらしい。
それにエイミーも続いた。
「そう言えば、あの部屋でこの……日本語? を見た記憶がありますね」
まったく、まだ三日四日しか経っていないというのに……ため息しか出んな。
「……この本には多くの城が載っている。好きなのを一つ選ぶといい」
開いて見してやると、三人とももの凄く食いついてくる。
そこには綺麗な城が何十何百という単位で載っていた。
一つ一つページをめくって眺める三人。立って読めばいいものを、芝生の上で三人で寝転んでしまう。
ここに時間を割くのは得策ではないが、仕方ない。今ひととき楽しい時間をプレゼントしよう。
「良い城が見つかったら言ってくれ。俺は少しガディアのところへ行く。五分程度で戻るが、焦らずとも良い」
なんて言って転移魔法を使うが、俺の言葉が耳に入っているのか……。
結局、誰もこっちを向かず一言も言わなかった。
空中に紋を描けば一瞬だけ周りの空間が歪み、気づいた時にはガディアの家の客間に到着していた。壁にかけられた絵画や本の並べられた棚、ふかふかとした朱色のカーペットが目に入る。もちろん靴は脱いでおいた。
目の前のソファにはちょっと驚いた顔のエリルが座っており、ガディアの姿は見当たらない。
「……お疲れ様です、リュウヤさん。相変わらず凄いですね……」
「そうか? 普通だと思うが……それよりガディアはどこに行ったんだ?」
辺りも見回してみるが、やはりどこにもガディアの姿は見えなかった。
「お父様は……その……お風呂で歌でも歌ってるんじゃないかと……」
エリルはそう言いながら恥ずかしそうに下を向く。
「〈コマンド・聴力強化〉」
その名の通り、聴力を高める魔法だ。耳を澄ませればどこかから声が聞こえてくる。
『神のぉ~御心にぃ~~舞う精霊よぉ~』
懐かしい……。ガディアが熱唱しているのは大昔から伝わるとある物語の歌だった。五千年前に作られた曲でかなりの人気を集めていたのだが、まさかいま在まで残っていようとは……。
「随分と楽しんでいるものだな」
魔法の行使をやめ、呆れ顔で言う。
「ご近所迷惑にならないといいんですけど……」
「それは大丈夫じゃないか? 普通にしていれば聞こえはしない」
聴力強化を解いてしまえばガディアの声が俺の耳に届く事はない。
だが……まったく呑気なものだ。
まあ良いか……それにガディアでなくとも構わないだろう。ただ帝都の状況を掴んでおかねば、今後の作業に支障が出るかもしれんというだけだ。
「エリル、帝都は今どんな状況だ?」
「警備兵以外の平民はほとんど家に帰っていますね。貴族にも動きはありません。貴族と平民は住む場所が違いますから、外に出る事はまずないと考えていいです」
エリルは知りたいことを全て答えてくれる。あの父親からどうしてこの子が誕生するのか……やはり疑問だ。
そのことを表情には出さずに俺は言う。
「それならば問題ないだろう」
「リュウヤさん、頑張ってください!」
「当たり前だ。今日はもう戻らん。そうガディアに伝えてくれ」
そう告げて、俺は転移魔法でエイミー達の元へと戻る。
また視界が一瞬歪み、緑深く生い茂る芝生が目に映った。それと一緒に映る三人は笑顔で、俺が転移してくると同時に俺に飛びついてくる。
「マスター! この城に決めたぜ!」
「これは……どこの国のなんだ?」
ビシッと指差すレイミーから本を受け取り言われたページを見てみるも、この城がどこのやつなのか俺には一切わからなかった。それもそのはず、説明を見ればまったく名前も聞いたことのない国と、城の名前がカタカナで並んでいる。
「数多ある城の中で、何故これを選んだのか聞いてもいいか?」
「綺麗で形が良いから、なのです!」
エイミーが迫り来るように答え、レイミーも頷く。
色は真っ黒で、大きさは帝都の城と遜色ない。形も中世のそれらしく、こちらの世界には適している。
だがなあ……どうせならもっと有名な……と感じるのは俺だけだよな。有名もなにも彼女たちは地球をほとんど知らない。
少しため息をつくと、横にいるネスティアが言った。
「似ていたのじゃ。ほら、そなたも思い出さないかえ?」
「似ている……? こんな城、俺はーー」
見た事がない、と、そう続くはずだった言葉はそこで途切れる。
重ねすぎた記憶の山の一端にある、空に浮かぶ大きな城。ネスティアの言葉を聞いた時、一瞬だったがその姿が頭をよぎったのだ。
「大昔、そなたが拠点として作った城。今では聖域の漆黒城と呼ばれておる」
「そうか……あの城、まだ残っていたんだな」
五千年もの月日が経てばなくなるものだと思っていたが、未だに残り続けた上、ネスティアがそれを覚えているとは。
そんな事を考えながら俺は三人に背を向けて二、三歩下がる。
「お前たちは少し下がっていろ。五分とかからないが、荒々しいやり方をするからな」
忠告通り、三人は俺の後方三メートルほどに下がる。
魔法を使うとは言え、距離もある。コマンドで発動し、調整して使えばバレる事はないだろう。
俺は三人が下がった事を確認し、魔法を唱えた。
「〈コマンド・地殻変化・遮音〉!!」
続けて二つの魔法を発動すると、音もなくグラグラと地面が揺れ始め、目の前の地面が膨れ上がる。次第に形が調整されていき、地面は全て平坦になり、安定した地盤と土地を作り上げた。
魔法が完了すると、間髪いれずに新しい魔法を唱える。
「〈コマンド・ 創造〉!!」
今度は無数の魔法陣が一辺二、三キロ四方の平坦な土地全体に発生し、様々なものを形作り始める。魔法陣からは材料が生み出され、材料は形を変えて城や家々、道路や塀などに変化していく。道路や信号機なんてものはなく、ビルの一つも建ちはしない。赤いレンガ造りの家や街路樹なんかが次々と形成されていった。
コツコツと鳴る音と、後ろから聞こえる感嘆の声がこの暗い夜の平原に静かに響く。そよ風は冷たく、昼の暑さと比べると季節が分からない。
俺は空を見上げると、地球にいた時と同じように見える月を眺めて静かに眼を閉じた。
少しずつ話が進んでいきますね^_^
二章はまだまだ続きます。
今後ともよろしくお願いします!




