帝者、異世界転移をする
どうも、しまらぎです。
この度、二作目の長編小説の連載を開始しました。
よろしくお願いします。
ーーこれで何度目だろうか。この夢を見るのは。
黒い服を身に纏い、広々とした部屋で玉座に座る。
俺の前には、跪く男と女が計三人。
「ーーなぜ……なぜなのですか……!! なぜ貴方がそのような事を!!」
剣を携えた男が言った。
ーーもう一つの世界を生きる自分の夢。
巨大な城の中で、戦いに明け暮れる日々。
毎回の夢が同じではなかったが、間違いなく同じ時代を同じ人物と共に生きている夢だった。
「ーーディル様、どうかお考え直し下さい! 他にも方法があるはずです!!」
金色が綺麗な長髪の女は、必死に叫んでいた。
今日はいつもとは違う。
呑気な会話もなく、その場に笑顔の一つもない。
残念なことに、うっすらとしか前に見た夢を覚えていない。
だが俺の口からは、元々こう言うつもりだったかのように言葉が出てくる。
いや、まるでもう一人の自分を眺めているような感覚だった。
「…………やるべき事はやった……」
ぼそり、暗く重い声を出す。
「……ダメです………………絶対にダメです!!」
金髪の女は、目に涙を浮かべて、ただひたすらに拒んでいた。
「あとは……俺が消えるだけ。人も天も魔も龍も精霊も、それが望みだ」
この世界に、もう俺は必要ない。
「ーー壁は消えた……もはや互いを隔てるものは何一つない」
どこを見ているのか、まったく捉えどころのない瞳に色はなかった。
「……」
しばしの無言が続く。
風もなく、熱もない。音も、色も、感情すらも感じられない。
俺は、従者四人を目の前にして、最後の言葉を発した。
「ーー平和が訪れた世界を、楽しみにしているぞ」
何も感じず、ゆっくりと目を閉じた。
強い光が身体を包む。やはりそこに色はなかった。
ーーこの光は、煌々と輝いているだろうか?
眩いはずの光でさえも、俺の目には入らない。
やがて、光は俺の身体を全て包み込んでいった。
「……ま、待ってーー」
金色の髪の女の声が、小さく聞こえた。
「#主人__あるじ__#!!」
剣を抜く音と、こちらへ駆け寄る音が聞こえた。
「ディル様ーー!!」
少女が俺の名を叫んだ…………気がした。
もう何も、俺には届かない。
輝きを増した魔法の光は、俺もろとも光の粒となって消えていった。
俺は、自分が言っていた事を理解していない。
分かったのは、俺がこの世界から消えること。
ただそれだけだった。
完全に自分が光となって消えた瞬間、俺は目を覚ました。
「ーーまだ四時か…………」
夏の早朝だが、まだ暗い。目覚まし時計の優しい緑の光のみが視界に映っていた。
……まだ早いが、二度寝は出来そうにないな。
部屋の明かりをつけて、カーテンを開ける。
蒸し暑い部屋の中で、生温い汗が首筋を伝っていた。
……さて、どうして時間を潰そうか。
冷蔵庫から牛乳を出し、コップに移してチビチビと飲む。ブラウン管テレビの砂嵐の音が部屋に響いた。
一人暮らしの夏休み。早起きをしても誰もいない。
相変わらず寂しい部屋だ。
ほんの数日前に親父が息を引き取り、俺は一人でこの家に住んでいる。山の上に立つ家には、郵便すらも来ない。
夏休みとは寂しいものだ。
「……久し振りに掃除でもするか」
牛乳を一気に飲み干して、薄暗い廊下の先にある部屋に向かう。
暗闇の中、少し光の漏れ出す扉を前に足を止めた。
「……親父…………」
ガチャリ……と、ドアが開かれる。
窓や電気の無い部屋に、明かりが灯っていた。
ーー魔法。
親父と俺は魔法使いだ。
この日本には、いや、世界中全ての国を見てみても、魔法使いはたったの二人。
その為に、人里離れたこの山の中に家を建て、密かに魔法について研究し続けていたのだった。
大量の本に、資料がまとめられた机。
綺麗付きだった親父の研究室は、俺が掃除をする必要もない程に整頓されていた。
だが、そんな中で一つ、目を惹くものがあった。
「…………これは……魔法陣か?」
巨大な五芒星が円の中に描かれ、薄暗い輝きを放ちながら展開されている。魔力の波長や周波数からして親父のものであるのは確かだが、中身までは分からなかった。
「〈コマンド・解析〉」
魔法陣に魔法陣を重ねがける、なんとも不思議な光景だ。
俺が使ったのは、俺の特性魔法の#解析__アナライズ__#だ。言葉通り、俺の持つ特性、解析からなる魔法だ。
特性と特性魔法の名前が同じなのが難点だが、なかなか使い勝手がいい。どういった仕組みなのかは謎なのだが……。
魔法陣を解析していくと、次第にある事に気がついた。
この魔法陣の奥深くに魔力を感じるのだ。
それも、数千数万よりも遥かに多い数。おそらく億にも達している。
それだけの生命を、魔法陣の向こう側に感じた。
「…………これは手に負えないな……」
呟いて、魔法陣を閉じた。
諦める。俺の嫌いな言葉だ。
だが、俺の知識でどうにかなるものではないのも事実だった。
そのうち親父の研究資料でも見つかるだろう。
魔法陣から踵を返して机の方に向かう。
「ーーん?」
目にしたのは、小さな二冊の本。
親父とは違う魔力を持った本だった。
「さっきまでこんなものあったか……?」
どこか親近感のわく、暖かい魔力だ。
「…………開かない……」
手に持って開こうとするも、本は固く閉ざされたままで開かない。
「……しょうがないか……。〈コマンド・解析〉」
瞬時に解析が行われ、様々な情報を得る事が出来た。その中でも特に気になる事が一つ。
本の中に何かがいる。
「……また、生命反応か」
こういうの、なんと言ったか。たしか魔導書とかなんとか。
案外、簡単な事で魔神なんかが出てきたりしてな。魔法のランプみたいに。
「おーい。聞こえるかー? …………なんて言っても無駄か……」
ふざけて言ってみるが、恥ずかしくなるだけで特に何も起こらない。
さて、いよいよやる事がないな。
親父の研究資料を漁るにしても、朝っぱらから頭をフル回転させたくはない。あんな超天才の頭についてはいけない。
……頭はなるべく使わず、研究資料の仕分けでもしておくか。
「ーー面白そうだな!」
突然、声が聞こえた。
「ーー誰だっ!? ーーん?」
背後からの声に、ばっと振り返り戦闘態勢に入る。
しかし、そこには誰もいない。
「……むう。下だ、下!!」
「なっ、うおぅ!!」
意外と近くにいた。俺の顔の真下に、ちょうどそいつの顔があった。長くて青白い髪に俺の胸の高さほどの身長。かなりの魔力も有している。
何より、俺のもう一つの特性魔法〈情報〉には、〈???〉と表示されていた。人間であれば、間違いなく〈人間〉とでるはずだ。
ーーこいつ……いったい何者なんだ?
「……人外は信じていないが……」
ふと、思ったことが口から漏れた。
「お前が呼んだのに、人外とは失礼しちゃうぜ!」
機嫌は悪くないのだろうか。その顔は意外にも笑っている。
「お生憎様、呼んだ覚えがないんだが?」
「まだ一分も経ってないだろう!!」
なるほど、そういうことか。この娘がさっきの本の主だったと。
……それ以外にありえないか……。
「……お前、いったい何者なんだ?」
気になることを、そのまま聞いてみる。
「私か? 私は双聖の魔導書の魔導精霊だぜ」
少女は小さな胸を張って答えた。
「双聖の魔導書…………この本か?」
机から二冊の本を取り、ネックレスのようになっている部分を持ってぶら下げて見せた。
「そう、それだ!」
ビシッと指差し、彼女は言った。
「なら、魔導精霊ってのは?」
「精霊種族の一種で、魔導書に生まれる精霊を魔導精霊って言うんだ。覚えておくといいぜ」
精霊種族……か。
結局のところは人外で間違いないのか……。
「ーー我が主人ながら、何もご存知ないのですね」
「ーーっ!?」
またも、透き通った女の子の声が聞こえた。
ついでに言うと、服の裾が引っ張られている気がする。
「いつになれば気づいてもらえるのでしょうか?」
再び真後ろから声が聞こえ、俺はスッと振り返る。
だが、誰もそこにはいなかった。
「わざとなのですか?」
透きとおった声は、少し苛立ちの混じった声に変わった。
「いや、すまん」
二度目だ。真下を向けば、そこには顔が一つ。真っ白なロングヘアーに真っ白な服。声まで透き通って、より白を連想させる。
「お前も魔導精霊ってやつか?」
おそらくは、もう一方の魔導書の魔導精霊とかいうやつだろう。
「種族名で呼ばれるのは嬉しくありません。エイミーとお呼び下さい、マスター」
エイミーと名乗った少女は、少し目を逸らしながら言った。
「マスター? そう言えば、さっきも主人とかなんとか言ってたな」
「はい。あなたはわたし達のマスターとなりました」
再び目を合わせると、エイミーは少し微笑む。
「要するに、私達のご主人様って事だな。ちなみに、私の名前はレイナミアだ。レイミーと呼んでくれ」
後ろから、レイミーと名乗った少女が付け足して説明する。
「何がなんだか、いまいち分からないな」
急に出てきてマスターだ主人だと、魔法を使える俺が言うのはおかしな話だが、ここは漫画の世界じゃない……。
「とりあえず、マスターは魔力を供給してくれればいい。その対価として、私達は魔法を提供する」
ふむ。ここまでくると、いよいよ魔導師って感じがするな。
だがーー。
「魔法か? それなら必要ないが……」
魔法を提供されたところで、俺はもともと魔法を使えるからな……。
「どう言う意味なのですか?」
本当に分からないといった感じで、エイミーは首をちょこんと曲げてみせる。
「〈コマンド・火球〉。この通り、魔法なら使える」
「なっ!?」
「そんな……!!」
そう言って、右手に小さな火の玉を浮かべてみせると、二人は驚いたように目を丸くして、ポカンと口を開ける。
「魔法を使える人間なんて、今の世に何人いるのか……」
「四色帝や各種族の上位の者にしか、使える筈がないのです」
意味は分からないが、概ね魔法を使える事は凄いって事か。
彼女らのいたところでは、魔導書を介して魔法を使うのが一般的なんだろう。
俺だって漫画ぐらいは読む。そう言う世界があっても不思議ではない。……と、ついさっき思うようになった。
「生憎、この世界には魔法を使える人間は俺しかいないんだ。他の奴の事なんて分からない」
そもそも、この世界っていう表現が正しいのかどうなのか……。
「ここが異世界だって事は察しがつく。だけど、一つ納得いかないぜ」
あごに手を当て、レイミーは言う。
「この世界で、なぜ元の世界の魔力を感じるのでしょうか?」
エイミーが続ける。
まったく、おかしな事を言う奴だ。文字通り住む世界が違うのだから、この世界に異世界の魔力を感じる筈がなかろう。
「たしかに感じるのです。そこの魔法陣と…………マスターから」
「……俺?」
目をパチパチとして、自分を指差す。
何を言っているんだ? 俺から異世界の魔力を感じる?
人間離れしているのは事実だが、正真正銘、俺はこの世界で生まれた日本人だ。
「本当に俺から感じるのか?」
「ああ、まあなー。マスターを見た時、一瞬困惑しちまったよ」
レイミーが両手を頭の後ろで組んで言った。
「そこの転移魔法陣はまだ分かりますが、なぜマスターから感じるのでしょう?」
魔法陣を指差しながら、エイミーは言う。
「謎だな。俺にはさっぱりだ。でも、確かめる方法が一つだけある」
そうだ。確かめる事は出来るのだ。確実とまでは言えないし、すぐに分かるとも言えないが、近い未来に分かる事だろう。
「それが転移魔法陣なら、お前達のいた世界に行けばいいだけだ。親父もいない、友達が来ることもない。そもそも魔法使いなんてのは、この世界にはあってない。魔法が主流の世界があるなら、そしてそこに行けるのなら、是非とも行ってみたいものだ」
転移魔法陣。さっきまでは、何だったのか何一つ分からなかった魔法陣だが、二人が言うのであれば、転移の為の魔法陣で間違いないだろう。
異世界の魔法文化に触れ、異世界の魔力に触れ続ければ、いつか謎は解けるはずだ。
「マスター、行くのか?」
レイミーが聞く。
「ああ。もちろんだ」
未練なんて、何もない。
「この世界は良いのですか?」
エイミーも、念を押すように聞く。
「別に、未練なんてないさ」
本当に何もない。山奥でただ一人、孤独に生活しているだけの俺に未練などあるはずもない。
親父を失い、唯一の魔法の理解者は消え、この世界に生きる意味なんて何も見いだすことさえ出来ないでいたのだ。
だからこそ、俺は嬉しいのだ。二人が現れてくれた事と、魔法を隠す必要のない異世界の存在が。
「さあ、善は急げだ。〈コマンド・収納〉」
虚空に、魔法陣が展開される。
「なんだなんだ!?」
「空間魔法の一種でしょうか?」
二人は、人間が魔法を使うことがまだ不思議なのか、かなり興奮気味にくいついてくる。
「ああ。その通りだ」
収納は、自分の魔力範囲内の認知できる物体を魔法で作られた異空間にぶち込む魔法だ。情報の特性魔法で、かなり使い勝手がいい魔法である。
音もなく、次々と研究室の本や研究資料が消えていく。
収納には上限が存在しないため、全容を視認出来てさえいれば良いのだ。
ふむ。あとは何を入れたものか。
そうだな。もう帰ってこない可能性も十分にある。
食料と、ありったけの物をぶち込むとしよう。
数分が経ち、我が家はすっからかんの新築状態まで戻っていた。
……タンスやテーブルまで入れる必要があったのか、少し考えてしまうが、まあいずれ役に立つだろう。
魔法陣の前に立ち、両横の二人と交互に目を合わせる。
魔法陣に手を当て、ゆっくりと魔力を流し込む。
設置型の魔法であれば、これで起動するはずだ。
キイィィィンと高く小さな不協和音が聞こえ、目の前の空間に、ぽっかりと穴が空いた。
「これが転移魔法か」
初めて見たが、俺の想像していたものと大層変わりはなかった。
「良しっ、行くぞっ!!」
「はいっ!!」
「おう!!」
今度は、ブウゥゥンと低い音がなり、身体が柔らかい幕のようなものに包まれる。少し不快だ。
辺り一面が真っ暗に染まり、風を切る音が聞こえる。世界を超える魔法ともなれば、多少の時間はかかるのだろう。
俺は目を閉じて、じっと到着を待った。
精神を集中させ、無心になりかけたその時だった。
ーーはやく……目覚めて……!!
「ーーん?」
誰かが何か言ったような気がした。
耳から聞こえた訳じゃなく、心に直接届いたようにも思える。
「なんだ? どうかしたのか?」
「いや、何でもない」
こんな所で話しかけてくる奴とは……。
「……ター、マスター!! もうすぐ着くみたいです」
エイミーが裾を引っ張りながら言う。
少しぼーっとしていた。
「そうみたいだな」
少し前の方に、小さな光の穴が見える。
きっと俺たちは超高速で移動しているのだろう。
穴はもうすぐそこ。異世界まであと少しだ。
「…………さん、にい、いちーーゼロ!!」
レイミーのイメージに合わない可愛いカウントと同時に、俺たちは小さな光の穴に突っ込んでいった。
またあの不快な感覚が身体を包んだ。
次第に不快な感覚も消え、明るすぎる光によって眩んでいた視界もだんだんと元に戻ってくる。
「ーーここが、異世界!!」
俺の目の前に広がっていたのは、清々しい青空の下、古風な家々が立ち並ぶ街と、太陽光でキラリと光った剣を携えた数人の騎士達だった。
お読みいただきありがとうございます。
一章は毎日投稿する予定です。
これからもよろしくお願いします。
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