帝者、仲間が増える
机の上の飲み物に口をつけ、レミとケルンの瞳を見つめる。
まじまじと見つめてみれば彼女たちが如何に心優しい者なのか、どれほど正義感が強いのかが分かる。
「答えを出そう。お前たち、俺の仲間にならないか?」
「…………えっ?」
素っ頓狂な声を上げるレミ。まったく意味の分からないと言わんばかりの表情を浮かべるケルン。
俺は畳み掛けるように続ける。
「貴族と平民。そんな身分の差がこの世に必要なのか。そのせいで文明が低迷しているのではないか。俺は常々そう思う」
「……私も同じよ。私は平民上がりの院生だから、貴族にはよく貶されたわ。貴族が居なければどれだけ多くの人が幸せになれるか。いつからか私もそればかり考えるようになったの」
「私も……です……」
貴族なんて居なければ、それは平民の誰もが思う事であろう。レミもケルンもそう思うような道を通ってきたに違いない。
「平民が一つの理不尽もなく暮らせるようにすること。貴族がいち国民として皆で暮らせるようにする事。それが俺の思う平和だ」
手に持ったコップを置いて、再度真剣に彼女たちの眼を見つめる。
「それじゃあ、あなたは貴族をーー」
「俺は貴族も見捨てない。全人類が、全ての種族が俺の思う平和の中に過ごせる事が目標だ。絶対、貴族だからという理由で排除したりなどしない。俺が変えるのは制度じゃない。人の心だ」
レミもケルンも黙って俺の話しを聞いているが、まさか優しい彼女たちがこれを聞いて何も感じないはずがない。
俺が予想した通り、レミは言った。
「うん、そうよね。貴族も見捨てない。そこで見捨てたのなら私たちも貴族と同じだわ! いいわ、私は貴方の仲間になる!!」
「私も、リュウヤ君の掲げる平和がいい。そんな世界を作れるのなら、喜んでお手伝いするよ!」
ケルンも微笑んで続けた。
これが人の心を変えるという事なんだろう、きっと。俺の言葉はたしかにレミとケルンの心を変えた。それがどんなに小さな変化かは言わずとも分かるが、たしかに変えたのだ。
「そう言えば、お前たち以外には誰かいるのか?」
ふと思ったことを聞いてみると、二人は少し暗い表情になって顔を下げる。
「……それがまったくいないのよ。みんな貴族を怖がってる」
「だから俺を勧誘した、と」
「そういうこと。あなたこそ仲間がいるのかしら? たしかこの国の人じゃないんでしょ? 協力者がいるとは思えないわ」
ちょっとだけ顔を上げて、上目遣いにツンツンした感じでレミは言った。
もっともな考えだ。だがまあ、お前らとは違って仲間がちゃんと四人いるのでな。
いや、たった今六人に増えたが。
「心配するな。俺の仲間は強者揃いだ。いろいろな意味でな」
「なんなのよ、いろいろな意味でって。でもいいわ、仲間がいるのなら」
小さくため息をついてレミは言った。
「それより、さっそくお前たちにも頼みたいことがある」
「……いきなりね……ま、いいわ。何なのかしら?」
「今から三日以内に仲間を増やしてほしい」
「はぁ!?」
急なお願いにバンと机を叩いて立ち上がるレミ。ケルンもなんだか微妙な顔をしている。
それが出来たら苦労してない!! なんて言われそうだが、これは俺たちには不可能な上に今後の展開を有利に効率的に進める為に必要なのだ。
「それが出来ないから困ってたんでしょうが!!」
さすがは感情的なレミだ。行動が読みやすい事この上ない。
貴族と編入生しかいない俺たちが動いたところで誰も信用しようとは思わない。それは彼女たちが頑張ろうと変わりないのかもしれないが、たったの一人でも増えてくれれば嬉しいというだけ。
ま、たとえ増えずとも作戦に支障はないがな。
「案ずるな。可能な限りで構わない。特に支障はないからな」
「…………うぅ……それなりに頑張ってみるわ……」
余裕な表情の俺を見てか、諦めたようにレミは言った。
「私も……その……頑張ります……」
グッとガッツポーズをしてケルンも言う。
いい仲間が増えて良かった。これで少しは楽に作戦が進むはずだ。時間の都合上二人には会えないが、彼女たちなら上手くやってくれるだろう。
さて、俺はそろそろ行かねばならない時間だ。
俺は席を立つと、振り返ってもう日が沈んでしまって暗くなっている外を見る。
吹き付ける風はもう寒いほどに冷たく感じた。
「俺は仕事があるからこの辺で失礼する。次に会うのはいつか分からないが、お前たちも無理をしない程度に頑張ってくれ」
そう言うと、二人も椅子から立ち上がる。
「うん……また……こんど……ね」
「私たちもそろそろ行くわ。じゃあね」
レミとケルンは俺に手を振って帰路につく。そんな二人に手を振り返して俺も外へと歩いていった。
……何か忘れているような…………。
何故だか心がとてもモヤモヤするぞ? 大切な……そうでもないような物を忘れているような……。
『マスター! レイミーを忘れています。……置いてきても良いですが……』
「ああ、そうだそうだ。レイミーを忘れていた。……なんだか黒い言葉が聞こえた気がしたが、気のせいか?」
『気のせいなのです。さあ、早く回収しに戻りましょう』
相変わらず……と言っていいほど長きを共にした訳ではないが、酷いことを言うものだな。
俺は再び振り向いて、元座っていたテーブルに戻る。
「さてさて、どうしたものか」
目の前には、俺の目にしか見えないダイア型のシールドに封じ込まれたレイミーがいる。
俺の声は届くはずであり、また感情自体は封じられていない為、俺の発する言葉は理解出来ている筈である。
「レイミー、いつまで寝ているんだ? もう終わったぞ?」
封印を解かずに、わざとレイミーの前で手を振ってみせる。
『マスターも意地悪なのです』
「はは、間違いない。だがあの二人も最後まで何も言わなかったな。ま、気づいていなかっただけなのだろうが」
歩いていくレミとケルンの背を見ながら言う。
「さあ帰るぞ、レイミー」
俺はスッと手を出して鍵に触れる。
数瞬の間をあけ、シールドは光となりて消えていった。
途端にレイミーが飛び上がって叫び出す、
「うんんんなあぁぁぁ!!!! やっと出られたあぁ!!」
ぐーっと背伸びをしたと思ったら、すぐに踏ん反りかえって俺の方にズカズカと寄ってくる。
そして遂には俺の胸ぐら……だと少し高いから、腹の少し下あたりを掴み、声を大にして言う。
「この!! 鬼畜うぅぅ!!!! なんて事しやがんだこの野郎っ!! 私は双聖の魔導書のレイナミアだぞっ!」
「ふはは、悪いな。俺は白闇の魔導師、ディルガノスだ」
「むううぅ……いつか絶対に後悔させてやるっ! もう泣いて謝っても遅いんだからなっ!!」
可愛いことを言うもんだ。
まるで小さな子供の喧嘩のような、柔らかくて優しい言葉。
俺には分かる。レイミーの言葉の一端にすら怒りがこもっていないことが。
「さてと、仕事だ仕事。何やってんだ、レイミー。早く行くぞ?」
「あっ、ちょいマスター! 待てよって!!」
ちょこちょこと走って後に続くレイミー。
『ふふっ、喧嘩も仲直りも早いのです』
エイミーが少し笑いながら小さな声で呟くように言った、ように聞こえた。
嬉しい限りだと感じながら、俺は歩みを進める。
夕方になり外も暗くなりつつある今、ガラガラで誰もいない食堂の中に二つの足音が響いていた。
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