帝者、天罰を下す
ゴーンと授業の終わる鐘が鳴り響く。半数の授業免除の俺は学院のいくつかある棟の、図書館などがある棟の一階、吹き抜けになっている食堂で一人約束の時を待っていた。
「まだ来ないぜ? 何してんだろな?」
椅子に座り、地に届かない足をばたつかせてレイミーが言った。
魔導書の中にいるエイミーとは違い、なぜか彼女は外へ出ている。
『今授業が終わったのです。 少しは待ったらどうなのですか、レイミー? それに、なぜあなたは外に出ているのですか?』
首に下げた魔導書の中から、エイミーの透き通った声が聞こえてくる。
エイミーの質問にレイミーはそっぽを向きながら答えた。
「理由なんて特にない。べつにマスターがまた別の女に会うからとか、そんなんじゃないからな!」
『…………そういうことですか……』
わざとらしく言うレイミーは頬を少し赤くして、相変わらず足をバタバタさせていた。
俺にはまったく分からないが、こういう受け答えをいつだか漫画で読んだ気がする。たしかツンデレとかなんとか。
まあレイミーにも何かしらの理由があるのだろう。
俺は後ろに振り向くと、誰もいない食堂を見てため息をつく。
「おーい、リュウヤー!」
そんな声が聞こえ前に向き直ると、そこには少し息を切らしたレミとケルンが立っていた。
どうやら走ってきたようだ。
「少し遅くなったわ」
「気にしてない。それよりお前たちも掛けろ」
そう言って指をパチンと鳴らすと、向かえの椅子が二つ動き出す。
「朝のやつといいこれといい、あなたは凄いわ」
褒めながらその椅子に腰を掛けるレミ。ケルンはというと、皆の分の飲み物を運んでいた。
「……どうぞ」
一人ひとり丁寧に渡していく。
とても礼儀正しくて、心の優しい奴だ。
「ああ、ありがとう」
「良い子でしょ? 可愛くて健気で、だから今朝みたいにいろんな男にからまれちゃうのよね、この子」
メガネをかけ、薄く青いショートが綺麗なケルンは、俺たちの前で顔を赤らめながら立っている。
こうして見ると、どこか可愛い感じがするのは確かだ。
気が利く優しい少女と言ったところか。
「うむ。まあ……そうだな。可愛いと思うぞ?」
社交辞令とかではないのだが、正直人前で言う事ではないな。
赤い顔を更に赤くして、手で顔を覆っている。
ーーん? なんだ?
突然、足元に何かを感じた。
これは……そうだ、足だな。誰かに足を踏まれている。
『どういうつもりだ? レイミー』
『マスターなんか天罰が下ればいいんだ!!』
『……わたしもエイミーと同意見なのです。女の子に可愛いだなんて……』
テーブルの下で俺の足をげしげしと踏みつけるレイミーと、魔導書の中で魔力を揺らすエイミー。
まったく、この白闇の魔導師ディルガノスを足蹴にするとはなかなかの度胸だ。知らずにやるのならまだしも、知っていて行動に移せる程の者は五千年前のあの時代にも魔王ギアルぐらいなものだ。
「えっと、どうかしたのかしら?」
自分でも分かるぐらい無表情になってしまっているため、真正面からまじまじと見られるとさぞ可笑しなものに見えたのだろう。
「いや、なんでもない。ところで、ケルン、お前はいつまで立っているんだ? ずっと立っているのはしんどいだろう」
「はっ、ひゃい! あっ……」
ひゃい……か。面白い奴だ。
別に緊張するような場面でもないだろうに。
また顔の赤さが増し、漫画にすれば湯気でも出るのではないかと思うほどだ。
ケルンはそのまま顔を隠したままレミの隣に座る。
「さて、そろそろ本題に入ろうか。あいにく今夜は用事があってな」
「そうね。じゃあまず、さっきは助けてくれてありがとう。感謝するわ」
「あ、あ、ありがとう……ござい……ます……」
どんどん声が小さくなっていくケルン。顔にかぶせた手は外したものの、顔自体が下を向いてしまう。
少し悪いがそろそろ笑ってしまいそうだ。
まるでどこかで見た事があるような、そんな優しい感じが彼女からはするのだ。どこか懐かしい感覚と、単純に小動物のような可愛げが俺の頬を少し緩ませる。
『むうぅ……天罰! 天罰っ! 天罰っ!!』
テーブルの下で、しかも念話でバレないからと言って俺の足を天罰の掛け声と共にげしげし踏み続けるレイミー。
少しお仕置きが必要だな。うむ、そうだ、そうしよう。
俺は足を軽く地面に当てて、魔法を使う。
普通に魔法を使えば魔力を感知されるのがオチだろうが、俺にはこういう時に使える能力があるのだ。
それこそが、俺の転生して得た特性というものだ。
俺の特性、情報は魔法をコマンドとして登録しておく事ができる。
発動時に魔法陣を必要としないため、発動するまでバレる事はない。
隠蔽魔法なんてものが存在するが、こうも近距離で使えばそこそこ魔力の高い者なら気づいてしまう。だが、隠蔽魔法と使う魔法を特性の中で合成してしまえば、バレる事なく隠蔽魔法がかかった魔法を使えるのだ。
これで誰にもバレる事なく魔法が使える訳だ。
俺は心の中で呟くように魔法を唱えた。
『〈コマンド・隠蔽#・封印呪〉』
唱えると同時に、何の前触れもなくレイミーの下半身が光に包まれる。
『なんだなんだなんだなんだ!!?? ちょっ、おいマスター何してーー』
さすがのレイミーもこれには驚いたようだ。
机の下での出来事に、向かえの二人が気づくこともなく、ただレイミーだけが俺の魔法に呑まれていた。
『お仕置きだ』
光が呪印となりレイミーの身体に浮かび上がる。同時に光の鎖が魔力を帯びてレイミーを縛り鍵をかけ、彼女は喋る事も動く事も、見る事すら叶わない。
そしてそれにレミたちが気づくこともない。
たいして怒っている訳でもないが、まあせいぜい反省するといい。
「また悪い顔をしてるわ。リュウヤ、あなたさっきから変よ?」
「悪いな、精霊どもがうるさいんだ」
「……ども……?」
口が滑ったか……。他人に話すと面倒な事になるから黙っていようと思っていたのだが、俺も人間だ。ミスはある。
「あっ! もしかして貴方が噂の魔導書二冊持ちの編入生ね!!」
突然立ち上がり、大きな声でそう言って俺を指差すレミ。
「じゃあ精霊の二体同時顕現も……」
「うん、さっきの力があれば……」
次第にレミの表情が明るくなり、伏せっていたケルンも顔を上げた。
「やっぱり……やっぱり間違いじゃなかった! 私の眼は正しかったんだわ!!」
「うん。この人なら、リュウヤ君が居てくれれば、出来るよ!」
「えっと……なにがだ?」
顔を見合わせてなにかを言い合う二人の前で、俺はなにが起こっているのかを考える。
いまいち掴み所がないが、文脈から判断するに俺が何かに必要なのだろう。
俺の質問に答えるように、レミが俺の手を握って言う。
「お願い、私たちに力を貸して!! 一緒に貴族と戦って欲しいの!!」
「お願いします!」
あのもじもじとしたケルンでさえ声を大にして言うのだ。
その眼と言葉は真剣で、俺に何かを訴えかける。
それは俺の考え、作戦の中から大きく外れた嬉しい誤算であった。
まさか平民にも貴族に対抗しようとする者がいたとは。この国もまだ捨てたものではない。おそらく彼女たちは貴族を罰しようとしているのだろうが、きっと話せば分かる。
俺たちと同じ道を歩いてくれるだろう。
俺はケルンの持ってきたお茶らしき飲み物を一気に飲み干し、真剣な表情で彼女たちの眼を見つめる。
沈みかけのお日様の下、少し冷たくなり始めた風が食堂の中を吹き抜けていった。
遅くなってすみませんm(_ _)m
風邪をひきました。
なんとか回復したので、明日からも頑張りたいと思います。




