帝者、正体を明かす
窓を開けて空気を入れ替え、ようやく落ち着きを取りもどしたガディアとネスティアは席に座った。エイミーやレイミー、エリルも続けて椅子に座る。
「さて、これでようやく始められる訳だ」
口を開けば、皆の視線が俺に集中した。
「なあマスター、なにをしようってんだ?」
レイミーがめんどくさそうに言う。
「授業の最中だったんですけど……いいんでしょうか?」
エリルもどこか不安そうに見える。
たしかに授業中に呼び出したり寝ている奴を起こすのは少し横暴な気もするが、なに分時間がないのでな。勘弁してほしい。
「お前たちをここに集めたのは、他でもないこの国の未来に関わる話しをするためだ」
「……なんだかつまらなそうだな……」
机に突っ伏すレイミーは、再び眠りにつきそうに見える。
「そうでもないぞ? 俺は今から改めて自己紹介をする事にした」
「自己紹介……ですか? それならもう済ませたと思うんですが……」
不思議そうに首を傾けるエリルは、目をパチパチとさせていた。
まあこうなるのは仕方がない。予想はしていたからな。
俺はゆっくり立ち上がると、自分の持つ全ての魔力を解放してみせる。途端に部屋の空気が一変し、絶対的な魔力の中で皆は硬直していた。
「たしかにお前たちは俺のことを知っているだろう。だが、それは俺のほんの一端に過ぎない」
魔力に圧倒され、誰もなにも言葉を発しなかった。
一人ずつ顔を見まわし、俺は自己紹介を始める。
「俺の本来の名はリウ・ディルガノス。五千年前から転生した、そして異世界から転移してきた、正真正銘の帝王だ」
「…………え? 異世界って……転生って…………えっと……」
一番に反応を見せたのはエリルだ。頭の中がこんがらがっているようで、まともに話しが出来ないでいた。
ただ、皆が硬直し反応に鈍る中、唯一笑顔をみせている者がいた。ネスティアだ。
彼女はスッと立ち上がると、俺の腕にしがみついてくる。
「……あの時のままじゃ! なにも変わってない。ずっと……ずっと待っておったぞ、帝王ディルガノス!」
目には少しの涙を浮かべ、彼女は俺の腕に頬を擦り付けた。俺は軽く頭を撫で、彼女を落ち着かせる。
感動の再会。まさにそんな感じだったのだが、それが周りを更に混乱させた。
「……リュウヤさんとネスティアさんが知り合い……?」
「いやそれより、マスターがあのディルガノスって……どういうことだ?」
まるで俺のことを知っているかのようにレイミーは呟く。
「エイミー、レイミー、お前たちにはこの方が分かるんじゃないか?」
「……なっ、マスター、それは……!?」
解放した魔力を身にまとって見せると、エイミーとレイミーの表情が一気に変わる。
「白い闇……間違いありません。白闇の魔導師…………マスターだったのですか!」
「いやいやあり得ないぜ! だって大精霊様が白闇の魔導師は死んだって……」
「そうなのです……ですが、これを見たら信じるほかないではないですか!!」
俺が纏う魔力。白い闇の魔力。神々しくも禍々しい魔力を前に、エイミーとレイミーは言い争っていた。
彼女たちは俺を知っている。かつて俺が大精霊と共にいたころ、白闇の魔導師の名で世を渡り歩いていたのだ。魔王ギアルを倒した時にも名乗ったその名は、人間の歴史にはあまり刻まれていないが、精霊や魔族、天族の歴史には大きく影響している。
名持ちの魔導書の魔導精霊である二人が、俺の存在を知らないはずがないのだ。
「お前たちと直接会ったことはなかったが、大精霊を通して俺のことは知っているだろう? 信じがたいのは分かるが、これが事実だ。それに、俺も記憶が戻ったのは昨日今日の事でな。こうなったのは仕方がない」
大袈裟に魔力を張り上げ、部屋の中を白色の闇で満たしてみせる。
すると、エイミーもレイミーも納得したようで、驚きはしていたものの俺を問い詰めることはなかった。
「えっと……それじゃあリュウヤさんは、歴史の授業のあのディルガノスっていう帝王で、五千年前から異世界に転生して、この世界に転移してきたってこと……なんですか?」
「ああ、その通りだ」
エリルはじっと机の木目を見つめながら、今までの出来事を整理していた。
どうも親父さんは感づいていたっぽいが、エリルには衝撃が大きすぎただろう。まだ整理のつかないところも多いだろうが、ここは一度話しを変えさせてもらうか。
「そろそろ本題に入ろうじゃないか。なに、こんな白けた空気では、これから起こる出来事については行けんぞ?」
外から吹き付ける風だけが音を立てるしんみりとした室内に、俺はわざと笑って話しを始める。
結局は誰もついてきていない。下手に考えさせるよりも、適当に流してテンションを維持していて貰った方がいい。
俺はより清々しい顔で続けた。
「今朝、俺はこの国の闇を目にした」
「……シレジアさん……ですよね?」
「そうだ、あいつも含めた大方の貴族たち。もちろんエリルとネスティアは違うが、俺はああいった貴族が大嫌いだ。ーーだから、俺はこの国からいらない貴族を消そうと思うんだが、どうだ?」
口元をニヤつかせて話す俺の姿を見て、ようやくエイミーとレイミーにも笑顔が戻る。
「やっぱりマスターはマスターだ。白闇様であっても変わらないぜ」
「そうですね。マスターはわたしたちのマスターです」
「当たり前だ。俺は今も前も最強の魔導師だ。なにも変わりはしないさ」
しんみりした空気はどこかへ飛んでいったようで、エリルの顔にも少し微笑みが戻っていた。ネスティアなんかはずっと変わらず笑顔でいる。
そんな姿を見て、ガディアもやっと口を開いた。
「まったく、君には感服だよ。いろいろな事が積み重なって、まさかとは思っていたけど、そのまさかだったなんてね。僕も希望が出てきたよ」
ほんとうにそう思っているのか……読めない表情で話すガディアだが、今は敵対する意思もないだろう。
俺は今一度全員の顔を見まわして言った。
「どうだ? 俺と共にこの国を変えないか?」
「私はリュウヤさんに賛成です! この国の貴族は、もう貴族でいる意味がないほどに腐ってしまいましたから」
自らも貴族でありながら、真っ先に賛同するエリル。
「妾はそなたについていくだけなのじゃ」
「わたしもマスターの考えに添いたいのです」
「なんだか面白くなって来たぜ!!」
エリルに続いて、ネスティアたちも賛同の意を示す。
「決まりだな。ならさっそく作戦会議といこうじゃないか。まずやらねばならないのは、今後の展開の予想だ」
「となると、さっきの貴族氷漬け事件が動きの要になってくるね」
意外にもちゃんと考えていたのか、ガディアがメガネをクイっと上げながら真っ先にそう言う。
ガディアの言う通り、先の件は重要だ。あれは貴族に動いてもらうためにわざと激しく動いたのである。焦りが大きくなれば、今後の動きは読みやすくなるからな。そこまで考えてのことだった。
「まずは貴族の生徒が徒党を組んでリュウヤさんを潰しにかかりますね」
「それをマスターが悉く粉砕する、と」
「そうなれば、生徒達の親がご登場。リュウヤくんは連行されて僕は多方面から咎められる」
だんだん話しに真剣味が増し、真面目な顔でエリルにレイミー、ガディアと話しを繋いでいった。
さっきの状況から一転、みんなしっかりと頭がまわっている。
この世界の常識に疎い俺一人では、ここまで正確に先が読める事はないだろう。
皆が話してくれる予想を元に俺も話しに入っていく。
「そのまま続けていけば、俺が貴族を潰して終わりだ。だがそれでは意味がない。これを機にと平民達から暴動が起きかねん」
人の心を変えると言うのは、やはり難しいものだ。誰もが同じ道を歩むだけで可能な話しなのだがな。
意見に詰まったか、全員が下を向きながら深く考え始める。
期限は明日までだ。今日の内には決めなければならない。
何か……何かいい方法はないのか……。
そう考えている時だった。
エリルが口を開き、彼女にしては意外な意見を言い始めた。
「もし……全て丸く収めるのなら、貴族が一番低い位にすれば良いんじゃないでしょうか?」
ちょこんと手を挙げて、彼女はそう言った。
俺も彼女の面白そうな考えに聞き返す。
「なるほど。たしかに一理あるが、何かいい方法でもあるのか?」
「あまり良い方法ではないですけど……。平民をすべて別の場所に移すんです。平民のお陰で国がまわっているので、貴族達は自分で働く事を強いられます」
平民をすべて別の場所に……か。
大胆な発想だな。
しかし実行するとなると、もう一つ国を作る必要が出てくる。となれば戦争が起きる可能性が出るわけだ。
難しい……いやまてよ?
少し考えればやれるかもしれないぞ!
「そのまま実行する事は不可能だが、今ので一ついい策を思いついたぞ」
俺は黙ってこっちを向くみんなに、思いついた作戦を一つ一つ順番に説明していった。
この作戦ならば問題なく進む。
みんなも俺もそう確信し、第一回目の会議は無事終了。
一時間の時間をかけ、ようやく解散となったのだった。
二章も着々と進んでますね。
これからもっと面白くなっていきます。と、自分でいうのはあれですが……。
これからも頑張っていこうと思います!




