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帝者、決心する

 机に肘をついて周りを見まわせば、教室とは違った濃い茶色の木造りの壁に気づく。

 

 教室での騒動の後、ガディアに連れられてやってきたのは学院長室だった。

 当のガディアはというと、腕を組んで暗い顔をしている。


「ーー君はそんなに貴族が嫌いかい?」


 ようやく開いた口から出てきたのは、わざわざ聞かずとも分かるような質問だった。


「……好きにはなれん」


 エリルやネスティアがいる手間、嫌いだなどと声に出して言い切ることは難しい。だが貴族が嫌いなのは事実だ。

 

「君も知っているだろう? この国の暗黙のルールを」


「ああ、もちろん知っているさ」


 暗黙のルール。平民は貴族に絶対服従という、貴族のためだけに存在するルールである。


 俺がここに連れられたのもそれが理由だ。平民が貴族より強いなど、あってはならないことだから。


「俺からも一つ聞かせてもらおう。お前は貴族が好きか?」


 その質問に一瞬俯くガディア。

 すぐに顔を上げると、俺の眼を見据えて言った。


「好きにはなれない……かな」


 そんなこと聞かずとも分かる。だが、敢えて聞く必要があるのだ。声に出さなければ、誰も貴族を否定しないから。


 俺はゆっくりと話しを続けた。


「この国に来て、まだ三人しかまともな貴族に会っていない」


 無論、ガディアとエリルとネスティアだ。


「なあガディア。この国が、帝都が不憫だと思ったことはないのか?」


「ある、だなんて言える訳ないじゃないか」


 歯をくいしばり拳を強く握る彼の姿は、まるで籠の中の鳥のように見える。何かを恐れ、声をあげられない。平民と同じ苦しみを彼もどこかで味わっているのだろう。


「この学院は前々から問題視されているんだ」


「問題視?」


「貴族の通う学院に平民が通っていることだよ。この国の重鎮たちは何かにつけて学院から平民を追い出そうとするんだ。今に始まったことじゃない。君が来るずっと前から、なんど回避してきたことか……」


 なるほど。俺の今度の行いのせいで平民追放は免れない、とそう言う話か。

 結局は手遅れってことだな。

 だが、俺のせいで平民追放とは気分が悪い。もとより貴族のせいで気分は悪いが、ここはひとつ俺の実力を持ってこの国の運命を変えるとするか。


 頭を抱えて黙り込んだガディアを目の前に、俺はニヤッと笑う。


「ガディア。俺にいい作戦があるんだが、お前も協力してくれないか?」


 少し笑いを含んだ言葉にガディアは顔を上げると、訝しそうな視線を俺に向けた。


「もしも貴族がこの世から消えたら素晴らしいと思わないか?」


 そう言ってまた、敢えてニヤッと笑ってみせる

 

「…………君は何を考えているんだい?」


「消すんだよ、貴族を」


「…………本気で言っているのかい……?」


 目をパチパチとさせ、驚いたように俺を見るガディア。


「どうだ? 俺とこの世界を……まずはこの帝国を変えてみないか?」


 未だに驚いているガディアに、俺はスッと右手を差し出す。

 だが、ガディアはその手を掴むことはなかった。


「そうか、ならばさっそくエリルやネスティアたちも集めよう」


「……僕はまだ協力するとは言っていないはずだけど?」


 強引に話しを進めていく俺に、疑念の目を向けるガディア。俺がその程度で引き下がるはずがなかろう。

 お前が何を考えているかなど、俺にはお見通しだ。


 俺はガディアの手を強引に掴み、固く握手をする。


「お前が協力しないはずがないだろう? お前はあのエリルの父親だ。断るはずがない」


「…………まったく君って人は……無謀にも程がある……。だけど……その賭けに乗ってみることにしよう」


「賭け、なんてものじゃない。俺が動くんだ。国の一つや二つ、軽く変えてやるさ」


 俺には分かっていた。お前が最初から最後までずっと演技をしていたことぐらい。

 

 この時代にしては高すぎる魔力。俺の内を見透かす眼。俺の動きを制限させようとする言動の数々。

 間違いなく、彼はこの時代における重要人物の一人だ。

 それが一般人としてのものなのか、あるいはこの国の、世界の理に直接関わる者なのかまでは分からないが、いずれ時が来れば正体を明かしてくる。

 きっとその時にこの国の運命は決まるだろう。

 

 お互いにどこまで見透かしているのか、俺たちはずっと鋭い目線で相手の内情を探り合いながら笑っていた。


「さて、そうと決まれば期限は三日だ。全て三日で片付けるとしよう。さっそく、エリルとネスティアをここへ呼んでくれないか?」


 貴族の動きが読めない以上、先手を打たなければならない。

 ガディアは深く頷き席を立つと、入り口の分厚い木のドアに向かった。


「すぐに連れてくるよ。君はここで待っていてくれ」


 そう言って、ガディアは院長室を後にした。


 閉まったドアの向こう側から、『今いくよ僕のエリルちゃーーーん!!』とふざけた声が出て聞こえてきたのには驚いたが、その声に少し安心して、俺はガディアが戻ってくるのを一人静かな部屋で待つのだった。



ーー 数分後 ーー


 ドアの方が賑やかになり、耳をすませばネスティアのもがく声が聞こえてきた。


「いい加減離すのじゃあ! 妾は何もしてないぞ!!」


 声が近づくとドアが開かれ、ガディアに続いてエリルとネスティアが部屋に入るのだが、なかなかに異様な光景が広がっていた。


「いったい何がどうなったらそうなるんだ!」


 ネスティアの腕を掴むガディアの手はネスティアの腕ごと凍り、その氷を包むように炎が燃え盛っているのだ。

 ガディアが強引に掴み、抵抗されたから魔法で凍らせ自分と繋ぎ、ネスティアが炎でガディアごと燃やした、なんてところか。


 ネスティアとガディアはお互いの魔力をぶつけ合いながら俺の方を見て言う。


「だってこの変態がっ!!」


「いやネスティアくんが付いて来てくれないのでね」


「おいおい、そのへんにしーー」


 止めようとしたのだが、一歩手遅れだったようだ。


「もう! 二人共いい加減にしてくださいっ!!」


 エリルの魔力が不安定に高まっていたのを俺は感じていたのだ。

 父親の醜態を教室からずっと見ていたのではさすがのエリルも怒るさ。


 エリルの左手に輝く魔導書からだんだん魔力が溢れだす。

 

 落ち着くまで今しばらく待つとしよう。と、いつもならそう言う所だが、なにぶん今は時間が惜しいからな。

 強引に片付けさせてもらおう。


 もう自己紹介は始まっているようなものだ。帝王の力の一端を見せてやる。


 二人がキョトンとエリルを見て、エリルが高まった魔力を魔法として放とうとしている。

 少し二人も慌て始めたか。この距離で喰らえば怪我で済む保証がないことぐらいは理解しているようだ。

 

 俺は右手を前に突き出して言った。


「いい加減にしろ。〈壊滅の刃(ヴェブンイーチ)〉!」


 手のひらに魔法陣が浮かび、連動するように空中に魔法陣がいくつも展開される。その数ざっと五十ほど。


 エリルの魔力は俺の魔力にかき消され、ネスティアたちを繋いでいた氷と炎もことごとく消え去ってしまう。


 次第に煌びやかに光る魔法陣から黒い瘴気に染まる剣が召喚され、部屋が濃い魔力と瘴気に満たされていった。

 そして、空中を夥しい数の剣がうめ、その矛先はすべてガディアとネスティアの方に向く。


「〈闇の牽制(ヘルヴェリアル)〉!」


 次の瞬間、召喚された剣に高い魔力がこもり、二人めがけて飛んでいった。次々と剣が降り、そのどれもが地面に突き刺さる。地面からはシュゥーっと煙が上がり、グツグツと音を立てて地面は溶けていった。


 元より当てる気はなかったのだがな。怖がってくれればそれで良い。

 俺の思惑どおり二人とも死にそうな顔になってその場に膝をつくと、ガタガタと震えて俺の方を見る。


 五千年前の魔法。俗に言う古代魔法を目の前でぶっ放される怖さがよく分かったであろう。ネスティアは慣れていると思っていたのだが、そうでもないらしい。

 こいつの能力も未だに謎のままだ。もちろん他の者もであるが、今のところ唯一絶対的な信頼をおける者であるネスティアの能力は、早く知らねばならないだろう。

 


 結局二人がちゃんと立てるようになるまでにかなりの時間がかかり、一向に会議が始まらないでため息ばかりがもれ出るのであった。

三日連続での投稿です^_^

次回もお楽しみに!


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