帝者、郷に従わせる
鐘の残響音が耳に響く中、朝のホームルームが始まった。
ふむ。だいぶ雰囲気が変わったな。
俺が教室に入るやいなや、多くのクラスメイトからの視線が俺に突き刺さったのだ。
その視線がホームルームが始まった今でも俺に降り注ぐ。
『さっきの騒動がもう広まったのでしょうか?』
『まったくよお、面倒な連中だぜ』
その通り、俺に目を向ける者の多くが白い服を着ている。
聞かずともわかる。あれは貴族たちだ。
「あいつがシレジアを倒したって本当か?」
「私も聞いたわ! 貴族に喧嘩売るなんて、とんだ身の程知らずよね!」
「それにです。シレジア様に使った魔法には何かカラクリがあるそうなのですよ」
「そうだわ! そうに違いない! そうでもなきゃ、貴族が平民に劣るなんてあり得ないもの」
ひそひそ……とは言い難い大きさの声で話す貴族達。
ミクリィも流石に気になるようだが、彼女が注意を促したところでなめられるのがオチだろう。
「あれは見ていてスカッとしたのじゃがのう。こうも早く広まるとは思わなかったのじゃ」
ネスティアがムスッとして言った。
お前も見ていたのか……。
口には出さず、心にしまい込む。
「俺もここまで酷いとは思わなかった。束になってでも俺を倒しに来ればいいものを」
「はは……そういう問題なんですかね……?」
エリルは少し微妙な顔をしている。
そうでなければどういう問題だと言うのだ。
俺は無駄な争いは嫌いだが、何かしら理由があるのであればそいつは敵とみなす。
敵は滅ぼすのみ。それが俺の生き方だ。
平和を愛する俺だが、別に慈善事業でやっているわけではない。
俺がそうしたいから、俺の為に、俺のやり方で、俺の力を使って行動しているだけだ。
五千年前に魔族を滅ぼさなかった時と同じように、貴族だから消すなんて事はない。
俺に喧嘩を売ってきたから買ってやるだけなのだ。
俺たちが小声で話し合っているとホームルームの時間は過ぎてしまう。
ミクリィの解散の一言で教室の中はどっと様々な声に満ち溢れた。
俺も席を立とうとした時、先に席を立った白服の生徒ーー貴族達が俺の前に堂々と立ちはだかった。
この俺を上から見下ろすとはなかなか度胸がある奴らだ。
「要件があるのなら早く言うといい。俺は見下ろされるのが嫌いでな。長時間そうされると、いつその気になるか分からん」
シレジアの時のようにわざと挑発してみる。
「あいも変わらず偉そうな態度ですねぇ、リュウヤさん。シレジア殿の話は聞きましたよ? 貴族を敵にまわすとは常人の神経だとは思えませんねぇ」
なんとも話し方が気持ち悪い魔族の男が、取り巻きと笑いながら言う。
「貴族とはこの国のルールです。平民は貴族の道具に過ぎない。貴方にもそれを分からせて差し上げましょう」
気づけば、俺は貴族に囲まれていた。
その周りには怖くて近づけない少数の平民たちがおどおどとしている。
狭い通路だというのに揃いも揃って袋叩きにでもするつもりなのか。まったく幼稚な様である。
それに、間にエリルとネスティアがいることを忘れないで貰いたいものだ。
「良い言葉を教えてやろう。郷に入っては郷に従え、という言葉でな。俺の故郷の言葉だ」
俺は貴族たちから目をそらしゆっくりと椅子から立ち上がると、エリルとネスティアを俺の背に隠す。
「郷に……なんですかねぇ。聞いたこともありません。ま、平民には平民にしか分からない言葉があるのでしょうねぇ」
「その土地や組織のルールに従えという意味だ」
馬鹿にする魔族の男に淡々と意味を述べる。
「ならば貴方が従うべきでしょう。貴方が私達貴族の土地を訪れたのですから。貴族と言うルールに従うのが筋なのではないかねぇ?」
「フハハっ!! 何をほざくかと思えば、お前たちがルールだと? 笑わせるな! この学院は、いやこの世界は俺の郷だ。皆が俺というルールに従うのが筋であろう。それが出来ぬのなら死ぬがよい」
大袈裟だったかもしれない。
だが、彼らが相手であれば丁度よかっただろう。
「なっ、何をっ!?」
俺が目の前に腕を突き出すと、後方上の空間にいくつもの魔法陣が展開される。
あまりの出来事に教室にいた他の生徒たちも悲鳴をあげた。
この世界では殆どの魔導師は魔導書が無ければ魔法を行使できないのだ。魔導書の力を借りずに魔法を使える男など、ここではバケモノだとしか思われない。
この見せかけの魔法陣が、噂に続いて俺の先の言葉に恐怖感を纏わせる。
「お前たち貴族は俺を敵だと言ったな。ああ、勿論俺はお前たちの敵だ。だがな、これだけは覚えておくと良い。お前たちが敵にまわしたのは、そこらにいるただの平民ではない。この世界に鉄槌を下す帝王だ!!」
魔力を込めた眼にあてられ、俺に敵意を丸出しにしていた貴族たち全員が動きを失う。
あまりの魔力差に、身体を動かす事すら叶わないのだ。
「死にたい者は死ねばいい。なんなら今すぐにでも構わん。さあ選べ!! 生か、死か!!」
俺の迫真の演技に貴族達は顔を絶望に染める。
「……クっ、なんて……なんて理不尽なっ!!」
「理不尽? お前、理不尽と言ったか? ……本当に愚かだなあ、お前達は。理不尽などという言葉はお前たちが使って良い言葉ではない」
どこまでもクズはクズか。
演技で怖がらせるつもりが、ついうっかり殺してしまいそうだ。
俺は魔力を弱め、奴らが首から上だけを動かせる状態にして言った。
「なあ、少し周りを見てみたらどうだ?」
貴族たちは恐る恐る顔だけを動かし周りの様子を見るが、そこにいるのは自由を失っている貴族達と、薄く笑い顔になっている平民達だった。
その喜びと絶望に種族の差は何もなかった。
魔族でも天族でも人間でも絶望し、また喜びを感じる。
貴族と平民、ただそれだけなのだ。
自分の置かれた状況がわかっていないのか、彼は大声を上げる。
「何をぼけっと見ている!! 早く私を助けないか!!」
だが誰一人として動かない。
魔力を制御し平民までを縛ろうとはしなかったのだが……断固として平民一同は動かなかった。
「何故だっ! 何をしているのだ!!」
顔から上だけが動き、なんとも滑稽な姿だ。
「いい加減学習しろ。これが、お前がーーお前たち貴族が平民に与えてきた理不尽の結晶だ。もはや平民にはお前達を擁護し助けようなどという者は一人もおらん」
「くっ、クッソオオォォォォ!!!!!!!!」
学ばない奴め。叫ぶだけでは魔力差は埋まらんぞ。
せいぜい苦しむと良い。せめて平民が受けた理不尽が彼らに与えた苦痛を理解出来るまでは。
「リュウヤさん、どうするんですかっ!!」
エリルが俺の腕を掴んで揺らす。
「どうするも何もないだろう。きっとそのうちミクリィが解放してくれよう」
「まさか其方がここまでやるとはなぁ……」
「お前の親父には負けるさ」
さすがのネスティアも呆れ顔だ。
俺は特に何事もなかったかのように軽く微笑み席を立つ。
空に浮かぶ魔法陣は消したが貴族達を縛る魔力はそのままだ。きっとミクリィが解放してくれるさ。
『マスター、ちょっと鬼すぎないか?』
今度は魔導書から声が聞こえた。
『ここで力を見せ過ぎるのはあまり良くないのです』
『それは分かっているさ。だが、やらねばならない事もある』
『その気になりゃ、マスターは本物の帝王になれるかもな!!』
『俺は本物の帝王さ』
彼女達にはまだ俺の過去を伝えていないから冗談にしか聞こえないだろうが、何一つ嘘は言っていない。
俺は一歩ずつ段を降りていった。異様な光景が左右を通り過ぎ、まるで時が止まったかのように思わせるが気にせず歩みを進める。
その間に俺やエリルたちの足音に重なるようにもう一つの足音が近づいていたのを、俺は聞き逃さなかった。
近いうちに全てを話そうと考えていたが、さっそくその時が来てしまったようだ。
「リュ・ウ・ヤ・く・ん!!??」
俺が手をかける前に勢いよく開かれたドアの前には、物凄い顔をしたガディアが立っている。
「うおう!?」
「うおうじゃないよ……。まったく君は何をしてるんだ……。とりあえず今すぐ僕と来てもらうよ?」
さすがは高位魔導師と言ったところか。俺の行動は全て感じ取っていると。
そうして、初めてガディアに会った時のよう俺は肩をがっちりと掴まれ、そのまま引きずられるようにして連れていかれたのだった。
二日連続投稿です!
このペースで行ければいいのですが……まあそう上手くはいかないので、なるべく頑張らせて頂きます^_^




