帝者、人助けをする
目の前の空間に急に人が現れた事に驚きを隠しきれない貴族の男子生徒。
その拳を掴む手に無意識にも力が入ってしまう。
「貴様、一昨日の編入生かっ!!」
どうやら俺のことを知っているようだ。
「ふむ……たしか……お前は同じ教室にいたような……シレ……なんだったか……」
わざと挑発するように言ってみる。
「シレジア・フリューストだ! さっさとその薄汚い手を離せっ! たかが平民風情がっ!!」
案の定頭にきているようだが、俺の手を薄汚いとは随分と偉いものだな、貴族ってやつは。
このまま握り潰してやろうか。
「貴様のような平民上がりの奴が魔導に通じようなどと考える事自体が間違いだっ!!」
「俺は、お前のようなクズが貴族をやっている事が間違いだと思うがな。いや、貴族そのものが間違っているか」
「くっ、貴族を馬鹿にするか貴様ァ!!」
バッと手を振り払うには力が足りない。
シレジアは俺の手を払うどころか、動かす事すら叶わないのだ。
茂みの裏で起こっているにしても、ここまで声が大きいとなると外野の視線を集めるものだ。
人だかりができる程ではなかったが、通る者は皆視線をこちらへ向けていた。
「なんなんだ……一体なんなんだ貴様はっ!! このような可笑しな時期に編入し、魔導書を二冊持ち、挙げ句の果てには魔導精霊を常時二体顕現だ!」
まったく、訳の分からぬことをほざく。
そのぐらい出来なくてどう世界を変えられると言うのだ。
五千年前の世であれば、そこらへんにいる人間にも可能な技だぞ。
「…………何者だろうがどうでもいい。思い上がるな平民がっ!!」
怒りを露わにして、シレジアは俺に怒鳴りつける。
突き出された左手の前に、小さく魔法陣が浮かび、少しずつ魔法が形成されていった。
同時にシレジアは詠唱を始め、精神を左手に集中させている。
「雷光を統べる光の精霊よ。我が魔力に応じーー」
次第に感じ取れる魔力も大きくなり、彼の左手首の魔導書が姿を現わした。
まあ最初から俺には見えていたがな。
長い詠唱を続けていくシレジア。
詠唱も終わりに近づき、魔導書は強い輝きを放つ。
「煌びやかなる炎雷となりて我に力を与えたまーー」
「時間切れだ」
あと少しで詠唱が終わる。だが、そんな長い時間を待ってやるほど俺は甘くはない。
この一瞬の間に展開された魔法陣から光が消え、辺りに漏れ出していた魔力も消失する。
魔法陣はパリンと音を立てて壊れ、魔導書も輝きを失ったのだった。
左手を離してやると、怯えたように後ずさりをしてそのまま地面に倒れる。
芝生を握る手から、恐怖と悔しさが見て取れた。
「バッ、バケモノめっ!! 貴様、貴族を敵に回すとどうなるか、覚えとけよっ!! すぐにお前の魔法と魔導書のカラクリを暴いてやるからなっ!!」
声を大にして震えながら言うシレジア。
指を指して叫び、彼は覚束ない足取りで校舎の方へ駆けてゆく。
登校時間故に多くの視線を浴びて、さぞ恥ずかしい事だろう。
ざまあみろ、だな。
さて、俺は行くとするか。
近くの木の裏でこっそりと顔が覗いている。俺を待っててくれたのか。
エリルの方に歩き出すと、俺の背後で固まっていた女子生徒に引き止められる。
「ちょっと待って!!」
振り返れば、強気な赤毛の少女が軽く震えながら立っていた。
「なんだ? 人を待たせてるんだ。なるべく早く頼むぞ」
エリルにすまないと手で合図を送り、俺は彼女らの元へと進む。
「まずは助けてくれた事、感謝するわ」
「……あの……ありがとう……ございます……」
強気な女子生徒の後に続いて、小さく青みがかったショートの綺麗な声の女子生徒が言った。
隠れている少女は、ペコリと頭を下げてまた顔を少し隠してしまう。あんな奴に絡まれたのだ。異性に恐怖を感じてもおかしくはないだろう。
「私はレミ・テルゼリア。貴方と同じ平民上がりよ。それでこの子はケルン」
「……あ……の……ケルン……です……」
ケルンと言った少女はおどおどと自己紹介をする。
「俺はリュウヤ・ディルガノスだ。それと、俺は平民ではないぞ。まあ貴族でもないがな」
その言葉に驚いたのか、目を大きく見開くレミとキョトンとするケルン。
この国の事情についてはこの二日間で少し勉強しているが、まだ理解が及ばないところが多いな。
そこまで変な事を言ったつもりはないのだが。
レミが俺に怪しむ目を向けて聞く。
「平民でも貴族でもないって、どう言う事なのかしら?」
「俺はこの国の人間じゃない」
「国民じゃなきゃ入学出来るはずないじゃない」
至極真っ当だ。きっと彼女の立場なら俺も同じ事を思うだろう。
「院長も特例だと言っていた」
「そう……まあいいわ。それより、貴方ともっと話しがしたいわ。今日の放課後に時間はあるかしら?」
クールビューティなレミは赤く長い髪を手で払い風になびかせる。
陽の光が彼女を照らすのも相まって、その佇まいをさらに可憐なものとしていた。
にしても、今日の放課後か……。知らんとしか答えようがないが、交友は広い方がいいか。
とりあえずは時間を開けておこう。
「放課後であれば特に用もないはずだ」
「なら、食堂でまた会いましょう。待ってるわ」
食堂か。たしか図書館のあった棟の横がそうだったか。
「了解だ。授業が終わったらなるべく早く向かおう」
「それじゃ、失礼するわ」
「あの……また、後で……」
「ああ、また後で」
そう言うと、彼女たちは校舎に向かって歩いていった。
俺も踵を返してエリルの方へ行く。
「随分と待たせてしまったな」
「ううん。気にしないでください。それより、カッコ良かったですよ、リュウヤさん」
「別に何をした訳でもないが、まあなんだ、ありがとう」
人から褒められるなどいつぶりか。その上カッコイイなんて言われたのは初めてだ。……意外と嬉しいものだな。
「じゃあ、行きましょうか」
俺たちも校舎の方に歩き出し、登校中の生徒の中に紛れていく。
こうしていればただの平和な学院に感じるのだが、やはり闇というのは存在するものか。
辺りを見渡してみれば、魔族と天族が共に登校していたり、人間がエルフと共にいるのも見える。
「どうじゃ? 意外な事もあったじゃろ?」
「……なんのつもりだ、ネスティア」
「ネスティアさん、何してるんですかぁ!!」
俺たちの後ろからネスティアが間を割って入り、俺の右腕にしがみつく。
あまり身長が高くないネスティアの頬が、ちょうど俺の腕にくっつく形だ。
『おいマスター! さっきからどういうつもりだ!!』
『俺が知るか!』
結構力を込めて引き剥がそうと試みるも、さすがは魔王の娘である。馬鹿力にもほどがあるぞ。
そう言えばこいつ、何故こんな学校に通っているんだ?
二代目魔王にでもなれば良かったと思うぞ。
「おい、いい加減離れろ」
「むうぅ、良いではないか」
「ダメですよぉ。そんな……」
「そんな、なんなのじゃ? だいたい妾の方がリュウヤの事を知っておる。朝は妾と通う方が楽しかろう」
おいおい、勝手に話を進めるんじゃない。
エリルもネスティアも何を言い合っているのか。
女心と言うのはまるで分からん。
ネスティアの言葉の猛攻に、エリルも対抗する。
「そんな事ないですよ! リュウヤさんは私と通うんです。なにしろ私達は同じ屋根の下で生活してるんですから!!」
「なっ!? そなた……どう言う事じゃっ!!」
抱きつく力が数倍に増し、引きちぎれそうなぐらいの力が襲う。
「何故に俺が責められる! 朝なんて皆で一緒に通えばいいだろう!!」
ネスティアをなんとか振り払って叫ぶ。
一番の良策だと思ったんだが、二人共しぶしぶ頷くばかりでどうも腑に落ちなさそうな顔をしている。
「……俺はもう行くぞ。時間は分かってるのか? もう鐘が鳴るまで一分もない」
「……あっ!! 忘れてたのじゃ!!」
「……すっかり忘れていました……」
慌てた顔に変わった彼女達と、全速力で校舎に向かって駆けていく。
螺旋階段を駆け上がると、教室に向かう教師を追い越し、教室のドアを開けた瞬間に朝のホームルーム開始の鐘が鳴り響いたのだった。
さっそく力を発揮していますね^_^
リュウヤーディルの力はこんなものではありません。
次回からもお楽しみに!!




