帝者、隔たりを知る
やっと二章の始まりです!!
これからもよろしくお願いします(^o^)
転生してから五千年、地球からここへ転移してから三日が経った。
他の生徒達との関係も少し安定し、学院での生活にようやく慣れ始めた矢先、それに出くわした。
晴れ晴れと眩しい日差しを手で遮り、俺とエリルはいつも通り学院に向かっていた。
「リュウヤさん、昨日は散々でしたね。今日はどうなると思いますか?」
昨日か……思い出したくもない……。
教室に入るなり部活らしきもの……まあ部活なのだが、それの勧誘を受けまくったのだ。魔法科学部、演劇部、剣術部、園芸部、あと十数の部活の者が俺の所へひっきりなしに訪れた。
「今日はやめてもらいたいものだ」
日よけにしていた手で頭を抑えこみ、ため息とともに言った。
「はは……そうですよね。……あっ、そうだ! リュウヤさん、どこかの集まりに加わってみたらどうですか?」
良いことを思いついた、とエリルは表情をにこやかに提案する。
うむ……それは考えてみたのだが、俺が入ると文明が狂うだろうからな。
魔法科学部にでも入ってしまえば、ちょっとしたミスでこの学院が地図から消えてしまう。
「……そうだな。考えておこう。ところでだが、お前はどこの集まりに入っているんだ?」
考えてみれば、俺は彼女のことをあまり知らない。と言うより知らなすぎる。これから長く世話になる相手だ。より親睦を深めねばならない。
「私ですか? 私は『読み物の会』っていう集まりに参加していますよ」
「読書家なんだな。うむ、見た目通りだ」
軽く微笑みながら彼女に言うと、照れたように顔を赤らめて、少し長めの前髪で目を隠そうとする。
あまりにも簡素に終わってしまう会話。
他人と関わらない生活をしていた弊害か、己のコミュニケーションスキルにはうんざりだ。
そう思いつつ、口からは次の言葉が流れ出ていた。
「お前があの男の娘だなどと考えたくないな」
「……そうですね。私もたまに恥ずかしい時があります。いえ、たまにじゃないです。いつもです」
意外だな。エリルでもそう思うのか。
「お父さんは、あれでもこの国で五本の指に入る魔導師なんです。いつもはあんなだし、恥ずかしい事も多いけど、私はお父さんが大好きです」
「そうか。……そうだな、俺も親父が大好きだった」
だった、と付けてしまうのは親父がもういないからに他ならない。
思えばもう十七年の時が経ったのだ。
俺が地球に転生して初めて目を開けた時、そこにいたのは親父だった。
「リュウヤさんのお父様はどんな方なんですか?」
当然のように、彼女は質問をしてくる。
赤レンガの続く道を先には、もう学院の教室棟の灰色が見えていた。
俺は少しだけ歩く速度を落として、己の父について話し始めた。
「親父は偉大な研究者だった。俺を男手ひとつで育ててくれた、俺の唯一の理解者だ」
どこか遠くの方を見るように、いや、何も見ないように、俺の目は虚空を漂う。
「何も情報がない中、空間魔法を作り上げるまでに至るほどの知力と魔力があったんだ」
「……空間魔法って……現代で使えるのは帝王クラスぐらいですよ? 」
当たり前のようにエリルは驚く。この世界の常識など知りはしないが、三日経って何も分からないという訳でもなかった。
「実質失われた魔法と言われてるぐらいですし……。作り上げたなんて……そんな」
「それが出来たから偉大なんだ」
転生して間もない頃、記憶はそこそこあったものの完全に魔力が戻っていた訳ではなかった。
それでも話す程度なら出来たのだ。
小さな赤ん坊が目をしっかりと開け口を開く様に、親父はとても驚いていたが、すぐに現実を受け入れて俺を信じてくれた。
記憶があやふやで魔力も不安定な俺は自分の魔力を抑えるべく、大方の魔力と自らの記憶を封印して地球で長きを生活する事を決めたのだ。
そこにはいつも親父が居てくれた。
「リュウヤさんは、お父様と離ればなれになって寂しくないんですか?」
「…………親父はもういない」
「えっ? あっ、えっと……その……ごめんなさい……」
彼女を責めたい訳じゃない。親父のことを忘れたい訳でもない。
それでも、簡単に割り切れるものじゃない。
「気にするな。しょうがない事だ」
寂しくない、なんて記憶が戻った今でさえ思わない。俺は親父と共に生活を送りたかった。
俺が目指した世界を実現させたような、地球の日本という国で、魔法も何もないあの国で、未知の力の真髄を親父と共に追い求めていきたかった。
だが、どうしても時は過ぎるものだ。
親父は歳をとり、俺の記憶の封印も薄れ、強大な力に呼び寄せられるようにして起こった最近の出来事。すべては時の問題だ。
それによって変わってしまう事は幾らでもある。
だから俺はこの世界が同じ事を繰り返している事も受け入れた。
信じられない。信じたくもない。でも信じなくてはならない。
きっと世界は変えられる。
日本人はそんな風によく言った。俺もそう思う。
絶対に世界は変えられる。
日本での十七年と俺に宿ったその思いは、親父が俺にくれた最高のプレゼントだった。
太陽の輝く空を見上げて思い出に浸っていると、横から優しい声が聞こえた。
「きっと、お父様はあそこからリュウヤさんを見守ってくれていますよ」
「ああ、そうかもしれないな」
「ですから、これからの学校生活、一緒に頑張りましょうね!」
俺の手をぎゅっと両手で包んでエリルは微笑み、俺も微笑み返す。
そして、眩しい日差しと家々に反射する光を手で遮り、俺たちはもうすぐそこの学院に向かって歩き続けた。のだがーー。
『おいおい、いい雰囲気になってんじゃねーか』
『またですか……マスターは……』
まったく、良いところを邪魔してくれるじゃないか……。
胸にかけた魔導書から聞こえる二つの声に苛つきを覚える。
それに……エイミーよ、またとはなんだ、またとは。
エリルには気づかれていないが、非常に迷惑だ。
俺は念話で声を返す。
『良い事を教えてやる。俺は怒ると怖いぞ?』
『マスターが怖い? ハッハッ、笑わせるなよ、マスター!』
レイミーが魔導書の中で腹を抱えて転げ回る姿が頭に浮かび、さらに表情が硬くなる。
『マスターが悪いのです!!』
エイミーに限っては何に怒っているのか検討もつかない。
『お前たち、いい加減にしないとそこのゴミ捨て場に捨てるぞ』
『ちょっ、たんま!! それはまずいぜ! ゴミ捨て場はやめてくれよ、な?』
『マスターにも良い事を教えます。私たち魔導精霊は主人と強く繋がっています。ここからマスターに直接魔法を使う事も可能なのです』
ほほう、なかなか怖い事を言ってくれるじゃないか。
そんな事で動揺する俺ではないがな。
『やりたいならやればいい。だがな、魔導書の中と言えど俺の魔法から逃れられると思うなよ?』
『……平和に行こうぜ? レイミーもマスターも』
相変わらず二人の姿が目に浮かぶ。
『……仕方がありませんね。今回は許してあげます!』
『何を言う。許すのは俺だ』
『はいはい、それで終わりだ! もうこの話は辞めだぜ……』
レイミーにもこう言う一面があるのか。いい事を知った。
……それにしても、俺は何か怒られる事をしただろうか?
「まったく、困った奴らだ」
ため息混じりに言う。
「えっと……精霊さん達ですか?」
「まあな」
エリルには念話が聞こえていないが、それとなく察したのだろう。いちいち隠すのも疲れるからな。かなり助かる。
「ふふっ、気がついたらもう学院ですね。リュウヤさんと話していると、何故だか時間が早く過ぎちゃいます」
「たしかに、話し相手がいるのは嬉しいものだな」
たわいもない会話を続けて、学院の門をくぐった時だった。
校舎に続く道を挟むように植えられた木々の影あたりから、なにやら騒がしい声が聞こえたのだ。
「あなた達っ、貴族だからって何でもして良い訳じゃないわっ!!」
「黙れ俗民が! 貴族とはこの国の法だ。貴様らは我ら貴族に従っていれば良い」
どうやら揉めているのは貴族と平民のようだ。
どちらも人間で、そこにいたのは貴族らしき男子生徒と、強気に喋る女子生徒、そしてその背中でビクビクとして隠れている如何にも消極的そうな女子生徒だった。
この時代では人間が揉め事の中心か……。
「……この学院では日常茶飯事なんです。嫌ですよね、ああいうの。貴族は平民を守る為にいるのに……」
「最も早く正すべき問題は、意外にも近くにあったようだな」
「あっ、リュウヤさん! ダメですよ! あれに関わったらリュウヤさんまで……」
堂々とした態度で奴らの方に向かおうとする俺を、エリルは必死になって止めようとするが、その手を遮って俺は進んだ。
「くそッ、どけと言っているのが聞こえないのかっ!!」
「キャアアアァァ!!」
貴族の奴が叫びながら女子生徒に殴りかかると、女子生徒は目をグッと閉じて大声で叫ぶ。
拳が力強く振り下ろされ、彼女の頬を目掛けて飛んでいった。
が、その拳が女子生徒に当たる事はなかった。
「なっ!?」
「ーーえっ……?」
「手をあげるなど、男の片隅にも置けんな」
距離は十メートルほど離れていたが、軽く地面を蹴った瞬間には、三人の間に割って入り、片手で拳を受け止めていた。
お読みいただきありがとうございます^_^
次回は明後日の二十一時前後になります。




