帝者、思い出す
響き渡るチャイムの後、なかなかに緩い空気のまま授業が始まった。
「それじゃあー、今日は四界戦争のところからだったねー」
編入したはいいものの、他のクラスメイト達が入学してから半年は経っている。
授業の内容など分かる訳がないだろう。せめて教科書でもあればいいのだが、この学院にそんな文化は存在しなかった。
あくまでも教師が生徒に教えるものなのだ。
「リュウヤさん、学校は初めてなんですよね?」
右隣りから小声でエリルが囁く。
「ああ。急に授業をされてもな……正直困る」
「はは……ですよね……」
俺に必要なのは魔法の知識だけだ。歴史の授業を受けてもしょうがない気がするが、ここで教室を抜けるのも良くないしな。
暇つぶしとでも思って我慢するか……。
肘をついてただただ斜め上から黒板を眺める。緑色の黒板は日本の学校と変わらないが、建物自体が灰色のためになぜか暗く憂鬱な気分になる。
窓が閉められ風の一つも吹かない教室を、ゆるーい声が流れた。
「この戦争はねー、今から五千年も前の話でねー、なんと!! 今の魔法形態が作られたのがこの時代なんだよ!!」
それが驚くべき事なのかどうか、この低い魔法文化ゆえに不思議であるが、他のみんなが驚いているぐらいだ。意外にも凄い事らしい。
「先生、質問があります!!」
声をあげたのは、俺の右の列の前から二番目の男子生徒だ。背中に羽が生えているあたり、天族とかいうやつだろう。
情報によって生徒の上に浮かぶモニターの〈???〉は、しっかり天族と書き換わった。
「なんでしょうかぁ?」
ミクリィはのんびりと聞き返す。
「昔の魔法は無詠唱や、今で言う禁忌的な魔法が使われていたのではないのですか?」
ほう。この世界にもそんな高度な文化があったのか。
少し関心するが、ミクリィがそれをぶち壊す。
「そうですねぇ、そういう説もあります。でもね、現代の知識ではそれを証明する術がないの。だからね、私にも分からないんだよー」
「……そうですか」
男子生徒はちょっと腑に落ちないような感じで座る。
「歴史とは脆いものじゃのう」
左隣から呟きがもれる。
ネスティアが俺の方を向き、何か言いたげな表情で見つめていた。
「どうした? 歴史なんて実際どうなのか分からないだろ」
「違うのじゃ。分からない歴史ならまだいい。じゃが、知っている歴史が変えられる様を見ているのは辛いのじゃ」
どこか遠い目をして、彼女は言った。
「まるでその目で見てきたような口ぶりだな」
「そなたこそ…………分かっている筈なのに……」
「ん? なんか言ったか?」
聞き逃した訳じゃなかった。だが、不思議なものだな。初めて見た時と言い、自己紹介の時と言い、今のこれと言い、彼女には何かを感じる。
俺の魔力……突然の不思議な夢……彼女の反応…………。
俺も馬鹿じゃない。鈍感であるつもりでもない。むしろ鋭い方だと思う。
だからこそ、この浮かび上がった一つの可能性を、無視は出来なかった。
自分でも信じがたいが、俺の予想が間違いでなければ……きっと全てを知る方法はずっとすぐ近くにあったのかもしれない。
これを彼女に聞くべきか少し悩んだが、うじうじしているのも性に合わないからな。
「……もしかしたら、お前の言っている事が分かったかもしれない」
「……え? 妾の事……まさかっ……!!」
「もし間違いでなければーー」
そこで言葉を切り、着々と授業を続けているミクリィを見る。
きっとすべてがそこにあるから。
「ーーそれでね、その時代に人間をまとめていた王様みたいな人がいてね、その人の事を〈帝王リウ・ディルガノス〉って言うのー!!」
ミクリィがその名を口にした時、少しの笑い声と視線が俺に刺さるが、それが見えず聞こえなくなるほど、俺の中の時は止まっていた。
予想はしていたはずなのに、その衝撃に耐えられなかった。
いつかの記憶が頭の中に流れ込む。
五千年前の、まだ俺が帝王と呼ばれた頃の、それよりも更に前の時代に生きていた頃の記憶が一気に頭に流れ込んでくる。
予想は間違いではなかった。
俺の夢の物語。多少覚えている顔もあるが、殆どを忘れている。
今の今まで見ていた夢なのに、覚えているのはディルガノスの名と、その物語の中での出来事だけだった。
だが今この瞬間に、俺は記憶の一端を思い出したのだ。
あの夢が本当に自分の昔の物語だと言う事を、そして目の前の少女を、当時の俺が知っていた事を。
『マスター、今何か起こったか?』
『急にマスターの魔力が高まって……何が起きたのですか!』
記憶と共に戻ってきた潜在的な魔力が全て解放されたのだ。
世界を揺るがすほどの魔力は、教室中の誰にも感じ取れない。
いくつもの視線が俺に向く中、俺はそれを無視して小さく言葉を発する。
「久しぶりだな。魔王の娘、ネスティア」
「ーーほんとに……ほんとに思い出したのじゃな!! ……はっ」
だから小声で言ったのだがな。
大声をだして立ち上がるものだから、さっきの俺よりも酷い視線を浴びていた。
「……すまぬ……取り乱したのじゃ……」
何事もなかったかのように座るネスティアの眼には涙が浮かび、かなり赤面していた。
どれもこの距離だから分かる事だが。
しょうがない。ここは一肌脱ぐとしよう。
軽くネスティアの身体に触れ、魔法を発動させる。俺が魔法を使ったところで気づく奴はいまい。
俺たちの身体を透明な枠が包み、エイミーやレイミー達ですら介入出来ない空間を作る。
外界と空間を断ち切り、この中で話をすれば周りに聞こえる事はない。
「思う存分話すといい」
「…………嬉しい……嬉しいのじゃ……妾は……そなたに会うためだけに生きてきたのじゃ!」
机の下で俺の手をがっちりと握り、ネスティアは涙ぐんで言う。
「俺に会う為? そう言えばおかしいな。何故お前が生きているんだ?」
「それはそなたも同じじゃろう!」
俺が人間でありながら五百年の時を生きていたのは、自らの時を止めていたからに他ならない。
「ふむ、なるほど。時間停止か」
「妾とて普通に生きてきたのではないのじゃ」
さすがは魔王ギアルの娘だ。だが、この非常な時間を……なぜだ……?
「まさか五千年もの間ずっと生きてきたのではないだろうな?」
「ずっとじゃ。そなたが転生してくるのを知っていた。ずっと待っておったのじゃ」
いくら長命種の魔族であっても、二千年が限界だ。五千年も生きていると言うのなら、それはそれは辛かっただろう。
「……そうか……辛い思いをさせたな」
俺は悪くない……のかもしれないが、罪悪感が沸いてくる。
だが、彼女は俺の感じていた事を払拭するように言った。
「それは違うのじゃ! 妾は自分の意志で生きてきた。その……ただそなたに会いたかったのじゃ!! あの時のお礼も何も出来ておらぬ。転生に賭けるよりは生きていた方が確実だったのじゃ」
ネスティアには悪いが、俺は彼女に会いたくはなかった。
「お礼なんていらない。……俺は……お前の親父を殺したんだ」
「妾はあんなクソジジイを親だと思った事なんてないのじゃ!!」
机をドンと叩いて大きな声を出すネスティア。
クソジジイ……か……。
俺は俺の都合で魔王を殺した。そして魔王にも当然のように子供がいる。
彼女ーーネスティアと再び会うことなどないと思っていたが、いざ会ってしまうと罪悪感というものが込み上げるのだ。
ただ、彼女は俺の犯した事すべてを笑って許してくれる。俺に出来るのは謝る事と、深く感謝する事だけだ。
「本当に……いいのじゃ。こうして戻って来てくれただけで妾は嬉しいのじゃ」
優しい心を持った魔族だ。あのクソジジイの娘とは思えん。
少しだけ間を開けて、彼女は涙を袖で拭いて聞いた。
「そんな事より、そなた、これからどうするのじゃ? 記憶も戻ったのじゃ。ここにいる必要はないじゃろう」
「いや、俺はこの学院にそのまま通い続けることにする。正直なところ、この世界が平和なのか分からないしな。むしろその逆だと思っている」
ガディアが言っていた。この世界には貴族と平民が存在すると。
五千年前も消える事が無かったその制度が、今までずっと続いてきたのだ。
「そなたもそう思うか。きっと、そう簡単に変わるものでもないのだろうな」
「ああ。だからこそ五千年前と同じ事はしない。この世を本当に変えるには、人々の心を変える必要がある」
昔のように神の力に頼っていたのでは、根本が変わらない。それをたった今実感している。
今度こそ、人々の心から変えていかねばならないのだ。
「今はまだ何も分からないが、近いうちに必ず時が来る。その時には、俺が目指す世界をきっと創りあげるさ」
俺はずっと遠く、何かを眺めながら呟く。
「ずっと……俺の事を見守ってくれてるよな」
「なにか言ったか?」
「いや、なんでもないさ。もう授業も終わりだ。これからの事はこれから考える。お前も手伝ってくれよ?」
「当たり前じゃ! 妾はそなたについて行くのじゃ!!」
本当に頼もしい仲間を持ったものだ。
こいつとなら、いや、エイミーやレイミーも含めて、こいつらとならきっと世界は変えられる!
五千年前に果たせなかったものを今、きっと果たしてみせる!!
そう誓うと共に、チャイムの音が鳴り響き、俺の初授業は終わっていったのだった。
一章が完結しました^_^
ここで告知をしておこうと思います。
二章までには、前にも書いた通りの時間を開けさせて頂きます。
そして二章は、一章と違って主人公とその仲間の無双をメインとなっております。
やっとタイトル通りに動き出しますね。
最後になりますが、ここまでお読みくださいありがとうございました。これからもよろしくお願いします!




