帝者、両手に花を持つ
八日目。
自分の意識が割とハッキリとしていて、視点だけ重ねてVRのビデオを見ているようでもある。
相変わらずのモヤモヤ感が俺を襲い、ひたすら何かを思い出そうとするが、何も思い出せずに夢の世界の時は流れていった。
この一日で何が起こったのか、次に俺が気がついたのは作戦が進みに進んだ後半あたりであった。
ーー 八日目ーー
鮮やかな景色を見下ろし、グラスの中の赤い飲み物をぐっと飲む。
後ろに跪くのは、レイン、エルス、ユシィ、そしてミエルの四人だ。
「報告致します。戦闘に出ていた魔族は皆引き返しました。並びに龍族、獣族、精霊も争いを中断しました」
レインが冷静沈着に答える。
「龍獣霊の同盟に魔族が加わり、悪神の討伐について検討している模様です」
「この世の誰もが、悪神の存在に恐れおののいているのです。ディル様が作られた巨城と影魔が上手く効いているようですね」
ユシィとエルスがレインに続く。
いつも通りのユシィだったが、エルスの方は声に元気が感じ取れなかった。
表情も暗く、魔力にも覇気を感じない。
「天族としても、作戦は順調に進んでいるかと思います。あとは悪神と善神を実際に動かすのみ。ですが、そこが一番の難点でもあります」
四人のおかげで順調に事が運ばれているのだが、ミエルの言う通りここからが問題だ。
俺が聖域上空に創り上げた物は、巨大な城と影魔、混沌とした闇の魔力渦に酷い空模様ぐらいだ。
実際に雷が落ち、被害が出ないように影魔を暴れさせるぐらいはしている。あとは悪神に俺が成り代わるのだが、これは皆に教えた作戦とは違うものなのである。
皆は悪神を投影するものと信じているのだが、実際には俺が悪神となりエルスに善神の型を被せるのだ。
「たしかに難しい事ではある。だが、俺だぞ? 出来ぬ筈がなかろう」
カカカと笑ってみせる俺に、安堵の表情を浮かべる四人。いや、呆れているのか?
「……そう言えば、あの時もそうでしたね……」
「……主人には敵いません」
絶対に出来ないと誰もが思う事を成し遂げる。それが俺だ。帝王リウ・ディルガノスだ。
レインとユシィに対し、ただ一人、エルスは浮かない顔をしていた。
「作戦も最終段階だ。実行は明日。俺は実行に向けて準備がある。皆は各種族の動きを見張るように。以上だ」
今度こそ世界に平和をもたらす。
そう誓い俺は城を出て行った。
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時は現在に戻る。
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俺の事を後ろの方の席、中列三段目からじっと見下ろし見つめている少女。どこか見覚えのある顔や、セミロングの紫がかった黒い髪、感じた事のある魔力。
間違いなく俺は彼女の事を知っている。
気がつけば、俺も彼女の事を見つめていた。
そして、その場の雰囲気も流れも無視して彼女の元へと歩き出す。
「あれ? リュウヤさん、どうしたんですかー?」
ゆるーい声が聞こえるが、気にせず段差を越え彼女の元へ進む。
「お前、どこかで会った事があったか?」
「……そなたの名を、もう一度聞かせてもらえぬか?」
少し、声に魔力がこもっている。
警戒されているのか?
「俺はリュウヤ・ディルガノスだ」
「……ディルガノス。やっぱりそうじゃ」
近くで見ると、その声を聞くと、記憶の奥底から何かが出てきそうな感じがする。
「顔も声も似ておる。魔力も名前も同じじゃ。妾にも反応した」
「やっぱり俺を知っているんだな?」
また、じっと俺の瞳を見つめて彼女は言った。
その様子にクラスのみんなはまた騒めき出していた。
「白闇の魔導師」
「……!?」
白闇の魔導師……ディルガノスだって、俺の夢の中の…………なんでこいつがそれを……?
「妾の事は覚えてないか?」
皆とは種類の違う黒い服に黒い髪、柔らかな声。もう喉まで出かかっている。
あと一つ、何かが足りない。全て思い出すための何かが。
「あのぅ、リュウヤさーん?」
ゆるーい声にふと我に返り周りを見渡してみる。
もう一度彼女の方に向き直すと、一言だけ告げて踵を返す。
「すまんな、今は思い出せない」
彼女に背を向け、また黒板の方に戻ろうとした時、担任のミクリィがそれを止める。
「あ、大丈夫だよー!! リュウヤさんの席はその子の隣だからねー。みんな、質問タイムはこれにて終了だよー!! なんだか気になることが多いけどー、後は自分で直接聞いてねー!」
先生と言うだけあってしっかりしている。自分もかなり驚いているのに、いち早く冷静になり皆を落ち着かせた。
あとあと俺が大変になりそうだが、今はそれが一番良いのだろうな。
「妾の隣じゃ。喜ぶが良い」
いたずらに微笑む彼女の顔には、やはりどこか見覚えがあった。
「リュウヤさん、私も隣ですよ?」
優しい声に顔を向けると、俺の席の右隣にはエリルが座っている。三人座れる長い机の真ん中が俺だ。この並びはガディアの取り計らいだろうな。
一応感謝しておこう。
「よろしく頼むぞ。エリルと、お前は……」
「ネスティアじゃ」
「よろしくな、ネスティア」
俺は彼女たちに微笑んで席に座る。
『マスターはデレデレしすぎなのです』
『こんなに可愛い精霊が側にいるのによぉ!!』
いつのまに魔導書に戻ったんだ? 魔導書から二人の怒る声が聞こえてくる。
心に直接話しかけてくれるのはありがたいが、内容は訂正してほしいものだ。
俺は決してデレデレなどしていないぞ。
若干憤りを感じたまま、最初の授業の始まる鐘が鳴り、歴史の授業が始まったのだった。
次回は明日の十二時頃です。
ちなみに次回は夢の物語だけになります。ですが、文字数は変わらないのでご安心を。




