ある車屋さんの話。
「あのCM知ってる?」
「お?スカイライン?」
「そう!めっちゃかっこよくない?」
「わかる〜。」
最近はそんな声をよく聞く。
メーカーの人間として、自社のCMを褒めてもらえるというのは、誇らしい気持ちにもなり、また気を引き締めるきっかけにもなる。
噂になっている、そのCMの音楽は私が独断で決めた。
そして、曲ありきでCMを作った。
それに関しては、社内に批判も多かった。
しかし、私は自身の進退をかけて推し進めた。
批判していた者も実際に出来上がったCMを見て、まだ文句を言う奴はいなかった。
そう、私のその判断は間違っていなかったのだ。
スカイラインの国内市場は販売から爆売れの年間18万台ペース。
カローラと同じくらい売れてる。
過去最高は17万台出荷なのでそれを超える見通しだ。
国外市場では、直近のスカイラインは国内の大体20倍売れている。
今回のR36もそれと同様で、300万台超のペース。
スカイライン現象と呼ばれる社会現象まで起きている。
傾きかけた会社もなんとか立ち直った。
私もまだまだ会社を辞めることはできないみたいだ。
それもこれも全て彼のおかげ。
私は初めて彼の演奏を聴いた時、身体中に電撃が走った。
新型スカイラインの発売にあたって、CMをどうするかで悩んでいた時、旧知のミュージシャンに相談すると、面白いのがいると言って連れてこられたのがこのバー。
最初は、なんだバーで待ち合わせかと思ったが、そうではなかった。
まだ若い青年がステージに上がって、ピアノを弾き始めた。
その彼が奏でる音楽は、聴く人の感情を揺さぶる音楽だ。
ダイレクトに彼の思いが伝わってくる。
この曲からは夜の首都高の雰囲気がダイレクトに伝わってくる。
それも深夜の車が少ない首都高ではなく、デートの帰り道くらいの時間帯。
私も家内とのデートはドライブデートばかりだったのを思い出す。
あの頃は入社してやっと仕事を覚えた頃で、89年式のシルビアに乗っていた。
まぁあの頃は右をみても左を見てもシルビアかプレリュードしかいなかったのだが。
彼の演奏した曲からは新しさとノスタルジーを感じた。
まさに新型スカイラインそのもの。
CMに使うならこの曲しかないと直感が告げていた。
私をここに連れてきた張本人に頼み込んで、なんとか彼につないでもらって、CMソングの起用にまで漕ぎ着けた。
会社が立ち直ったのは彼のおかげと言っても過言ではない。
私も男だ。
なんとかして彼の恩に報いたいので、彼には新型スカイラインをプレゼントしようと思う。
〜〜〜〜side 藤原吉弘
「先生ニューヨークに行かれるんですって?」
「あ、そうです。」
この前の目産の貫田常務、と言っても今回のスカイライン現象で次年度から専務とアメリカ目産の社長を兼務するので貫田社長と言ってもいいかもしれない、からお食事に誘われた。
「私も半年遅れで参りますから、向こうでもぜひ仲良くしていただければ……。」
「目上の方にそこまで遜られると恐縮しますからどうかその辺で…。」
「そうですか…。
では、お言葉に甘えまして…。」
「それで、なんでまた今日はお食事に誘っていただけたんですか?」
「実はプレゼントが…。」
「プレゼント?」
貫田社長がスマホで何か連絡をするとたくさんの資料を持った社員さんたちが数名、私たちが食事をしている個室に入ってきた。
「先生のおかげで、我が目産は立ち直りました。
つきましては新型スカイラインを一台プレゼントいたします。」
「えぇ!?」
「藤原先生のための特別仕様車ですので、本日内装など選んでいただこうと思いまして。
なお、納車はニューヨークの先生の下宿先にさせていただきますので、追ってご連絡ください。」
貫田社長は、こうと決めたらこうの人というリーダーさんの言葉が頭を駆け巡る。
たしかに、貫田社長の目は据わっており、意地でも曲げないという意志が伺える。
そしてさらに畳み掛ける。
「社内の正式な手続きに則っての贈呈でございますので、何も問題はございません。
どうかお受け取りください。」
私が折れるしかなかった。
「あ、ありがたくお受けします。」
結局、その日
最上位スポーツモデルであるスカイラインGTR R36のmesmo特別仕様車をいただくことになった。
もちろん今時珍しいマニュアル車にしたのはいうまでもない。
mesmoとは目産のチューニングブランドで、ベンツで言うAMG、BMWでいうMシリーズにあたる。
mesmoチューンでなくても、マニュアルかセミオートマか選べるのも人気のポイントらしい。
「ほんとわがまま言ってすいません。」
「いえ、先生のスカイライン愛がひしひしと伝わってまいりました。
メーカーの人間として嬉しい限りです。
どうか末長く可愛がってやってください。」
「ありがとうございます。」
早くアメリカに行きたい。
アメリカでの楽しみが、また一つできた。




