幸祐里回
「え、車でかくなってない?」
「うん、成長したの。」
「せ、成長…?」
「そう、成長。いい顔つきになってきたでしょ。」
「く、く、車って成長するっけ…?」
「成長すんのよ。」
いちいち過程を説明するのもめんどくさいので
そういうものだと納得してもらう。
「どこに引っ越したの?」
車中では幸祐里が聞いてくる。
なんで?とかめんどくさいことを聞いてこないところが幸祐里のいいところだと思う。
多分意識してないけど、そういうのがサラッとできるのが心地の良い人だなと思える。
「赤坂。」
「ああああああかさか!?!?」
「六本木の近くだよ。」
「しっとるわい!!!!!」
「でも赤坂不便だね。
早くも引っ越したい。引っ越さないけど。」
「なんと贅沢な…。
というか、赤坂に住むとこなんかあったんだね。」
「まぁお察しの通りあんまり人が住むところじゃないよ。」
「タワマン?」
「タワマン最上階。」
「くぁー!やるねぇ!」
そんなやりとりをしたあとついた我が家(のマンション。)
「こ、こんなところに住む大学生がいていいのか…」
「まぁ分譲だし若い人もちょこちょこ見るよ。」
「吉弘、あんた何したの…?」
「これ姉ちゃんの持ち物や。
今アメリカツアーで日本におらんから代わりに管理してるのよ。」
「なるほど!!
なんか吉弘がやばいことして金稼いだのかと思ったよ…。」
「そんなことするわけないでしょ。」
マンションの正面玄関で呆けていた幸祐里を引き連れて部屋に帰りながらそんな会話をする。
家に着くなり、家まで帰る途中に、大量に買い込んだ食材を2人でつぎつぎとキッチンに運び入れる。
豪華なマンションの内装とスーパーのビニール袋がミスマッチすぎたので、今度からはマイバッグを持って行こう。
「よし、料理作るから手伝え。」
「おうよ!」
食材をパントリーや冷蔵庫に詰め終わると幸祐里に声をかける。
「じゃーん!」
「お?なんだ?」
「エプロン!」
「お、おぉん…。」
「ちなみに家で使ってる自前です。」
「じゃあ俺もエプロンつけるか…。」
1人だとエプロンをつけることはないのだが、せっかくなのでつけることにする。
と言っても、腰から下に巻く、いわゆるサロンというものである。
「先生、今日のお献立は?」
「金目鯛のアクアパッツァ。」
「豪華!」
ということです、捌いていくっ!
もちろん下処理はスーパーでやってもらったのだが。
「手際いいねぇ。」
「もう慣れたよ。料理好きだし。」
幸祐里に褒められて悪い気はしない。
そして、横から手元を覗き込むのだが顔が近い。
さらに悪い気はしないね、やっぱり。
ちょうど頭が私の胸あたりにあるんだが、髪がいい匂いで、むしろ最高。
「はーい、完成」
「わー!」
幸祐里はパチパチと拍手をしている。
「お前なんか手伝ったか?」
「お皿出した!」
「それ大事。」
「じゃあ。」
「手を合わせて!」
「「いただきます。」」
楽しいご飯の時間だ。
金目鯛は煮付けにするとこの上なく美味しいが、アクアパッツァもこの上なく美味しい。
彩りも綺麗だし。
「最近何してたのよ。」
「うーん、とりあえず去年の年末と今年の年始はニューヨークにいた。」
「らしいね。どうだった?」
「まぁ、師匠の手伝いに行ってたんだけど、すごく勉強になったよ。」
「そうなんだ、やっぱニューヨークだもんなぁ。」
「そんでいろいろあって、今年の9月からニューヨークに留学することにした。一年。」
「おい、ちょっと待て。話が急すぎる。」
「え?そのままなんだけど。」
「ど、どこが、どうなって留学?」
「まぁニューヨークに行くからってことで向こうの音大を見学させてもらったのよ。ジュリアード。」
「あ、それ知ってる。
音大のハーバードでしょ?」
「そうなのかな?まぁレベル高いけど。
そこを見学させてもらって、留学したいなぁって思って
留学のオーディション受けて通ったから9月から一年留学する。」
「な、なるほど…。」
「だからあと半年くらいで私いなくなるけど達者で暮らせよ。」
「……ヤダ…。」
「えっ?」
「やだ!私も行く!」
「えぇ!?!?!?」
「留学する!!」
「できるの!?」
「できるできねぇじゃねぇんだよな。
やるんだよ。わかったか?ボーヤ。」
「は、はい。」
ちなみに後日、幸祐里は元々のメンバーに欠員が出たため、再度実施された留学募集に滑り込みセーフで申し込みを果たすが、その結果やいかに。
「じゃあ、吉弘は9月からニューヨークに留学。
私も9月からニューヨークに留学。
何も問題はないね?」
「いや。そもそも、もともと何も問題はなかったんだが。」
「問題、ないね?」
「な、無いです。」
私は圧力に負けた。
笑たくば笑え。
「よろしい。」
「まぁ留学するならするでいいんだけどさ、いやなの?」
「な、なにがよ。」
「私が遠くに行っちゃうことが。」
「うん…。やだ。」
この、うんの後の間の取り方が神がかってた。
キュンキュンよ、もうたまらんね。
「そうなんだねぇ。」
「いや詳しく聞けよ!!!」
「まぁ私は彼女作ったりそういうことするつもり一切ないから、聞いても仕方ないかなって。」
「知ってるよ…。」
「お前そういうとこほんといい女だよな。いい人見つけろよ?」
幸祐里の聞き分けがいいところは本当に好きなところ。
「それ、わざと?」
「もちろん。」
「ほんとサイテー!!!」
ジト目でこっちを見るんじゃないよ。
「はいはい。」
実際、問い詰めたところで抜き差しならない関係になってしまうのは目に見えているので、敢えて聞かない。
幸祐里にも私にも、双方に逃げ道を残した形で話を着地させる。
「なんで彼女つくんないの?
作ろうと思えばすぐ作れるから?」
「いや、単純に興味がない。
女の子は大好きだけど。」
「サイテー パート2」
「確かにサイテーではあると思うが、責任も持てないくせに手を出すだけ出して食い散らかす奴らの方がサイテーだと思う。」
「ぐう正論やん。」
「私がぐう畜であるのもまた真だけどね。」
「数学やめろ。」
「あと、今はそんなことよりも楽しいことが多すぎるってのもあるよなぁ。
ピアノの方が楽しい。」
「なるh「あ、あと私ピアノで飯食っていくから。」aあぁぁあ!?!?!?」
「そんな驚く?」
「いや、薄々そうじゃないかなとは思ってたけど、いざ吉弘の口から聞くと驚くというか。」
「なるほどね。まぁでも、ピアノ弾いてると色々考えるんだけど、やっぱりピアノで飯食っていきたいなと。」
「それは私も反対しないよ。
弾いてるときの吉弘めっちゃ楽しそうだし、めっちゃかっこいい。
練習してる時ですらすごく楽しそう。」
そうか、ウィーン一緒に行ったから練習風景見たことあるのか、こいつ。
「まぁ実際楽しいし。
あとピアノのローンまだたぶん500万弱残ってるし。」
現金で5〜600万出したはいいが残りはオーナーからの借金だ。
動画配信は共同出資者扱いなので、ピアノを買うのも出資してもらった。
月月の返済は微々たるものしか返済してないが、動画とバーの方で儲けさせてるので勘弁してほしい。
「はぁぁ!?!?!?
あんたいくらのピアノ買ったのよ!!!!」
「都下ならマンションが買えるくらい、かな。
もっと安いの買う予定だったんだけど、いろいろあって、高いやつにしちゃって、方々の関係者から借金したんだよね…。」
「あんたとんでもないわね…。」
「まぁ経費で落としたからなんとかなってるけど。」
「経費で落としたとか大学生が言うんじゃないわよ…。」
「まぁ私の近況はそんな感じかな。」
「予想以上にとんでもなかった。」
そんなこんなで2人の夜は更けていく。
まだ夜は始まったばかりだ。




