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オーディション2回め


「まずは一次オーディション通過お疲れ様。」


「ウッス。」


「次はなんの曲にするの?」


次のオーディションにあたって、大学からの曲の指定は練習曲を含む2曲ということだ。


「まぁ練習曲を含む二曲なんで、ショパンエチュード作品10からなんかやろうかなと。」


「それと?」


「ペトルーシュカ。」


「なんでまたペトルーシュカ?」


「前回から二週間しか経ってないのに、明らかに上達してたらおもしろいでしょ?」


明らかに奇策であるが、私としては絶対にウケると思う。

実際2週間とはいえ、私の中では18週間分の練習

をするつもりでいるのだから、実質二ヶ月半あれば完成度は変わる。はず。 


「あんたやっぱりおかしいわ…。」


失礼な。

これでなんでもなんとかしてきたんだからおかしいなどと決め付けられる筋合いはない。

むしろ練習に対する考え方捉え方など人それぞれだろう。


「先輩、常識通りの練習しかしなかったら、常識通りの成長しかしないですよ。」


「それはそうだけど…。」


先輩が押し黙る。


「まぁ先輩の心配は尤もです。

でも、私はコレで飯食ってくって決めたんですから、思う存分やれるだけやらしてください。

それで私が潰れたらそれまでです。

もちろん潰れないように力は尽くしますけど、力を尽くして潰れたらそれまでですから諦めもつきます。」


血反吐を吐くような練習というのはそういうことだ。

自分が続けられる限りの一番高い負荷をかけ続けて練習をすること。

甘えを根性でねじ伏せる。

理論で裏付けた、最大効率で自らをいじめ抜くのだ。

嫌になったらやめればいい。ただそれだけのこと。

私がピアノを好きでいるうちは、自らをいじめ抜くことをやめない。

辞めるのはいつでもやめられるのだから。


「わかったわ…。


選曲に話を戻すけど、そこまでいうならその選曲で問題ないと思うわ。

思う存分やりなさい。」


「ありがとうございます。」


結局、私が選んだ練習曲は作品10の4。

ワンマンライブのときに弾いた曲だ。

ペトルーシュカの完成度にまだ私が満足していない以上、人前に出して恥ずかしくない曲を一つ選んだという形。


ペトルーシュカに関しては、世界の名演と呼ばれるような演奏をたくさん聴き込み、自分に足りないものを貪欲に吸収して、自分の演奏に反映していく。

私はその作業を、読み込みと書き込みと呼んでいる。

自らを機械のように徹底的に情報を読み込んで、脳に上書き保存していく。

そうして、一本の完成されたデータを作り上げていき、技術的な完成度を高めていく。

曲は弾けるようになった、譜は覚えた、後はより完成度の高い技術とそれをさらに上の位階へと昇華させるプラスアルファ。

情景だったり、感情、込められたバックボーンを上書き保存していく。

私は音楽において、自らに蓄積された情報は劣化しないと考えている。

もし歳をとって運指がままならなくなっても、それは演奏家自身が積み上げてきたバックボーンだ。

演奏に味が出てくる。

若い演奏家もいいが、老いて熟成された『音楽』を聴かせる演奏家もすばらしい。


私もいつかそんな『音楽』を聴かせられる演奏家になる。


それが私のライフワークだ。



朝起きてピアノ。

夜寝る前にピアノ。

合間合間にピアノ。


ピアノ、ピアノ、ピアノ。


日本で一番ピアノを弾いている大学生になりたい。

私が今大学で授業を受けているこの瞬間も、日本中どこかの大学でピアノの音が響いている。


千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を練とする。

とは五輪書に書かれた言葉であるが、私はまだ到底そこまで到達していない。


鍛錬あるのみである。


2週間とは過ぎてみると早いもので、鍛錬を積んでいるとあっという間に過ぎた。



今回のオーディションには先輩も同伴してくれた。


「はい、金平糖。」


「あっ!さすが!先輩!

よくわかってる!」


私は演奏前に砂糖菓子を絶対に食べる。

すぐエネルギーに変換されるから。



口の中でバリボリ金平糖を噛み砕き、いざ本番に向かう。


一曲目の10ー4に関しては、記憶が飛んでいる。

あまりの集中具合に脳がショートしたのかもしれない。

とりあえず、最後の音を弾き切った時我に返った。


「おぉ、ちゃんと弾けてたか?

拍手起こってるからまぁ大丈夫か。」


気持ちを切り替えて二曲目に入る。


ペトルーシュカは先ほどとは打って変わって鮮明に記憶が残っている。

ミスこそあったものの、うまいことごまかせた。

多分誰も気付いてない。はず。


そして、いい具合に気持ちを乗せられた。

ロシア版ピノキオにあたる、ペトルーシュカ。

情熱を持ちながら、人間でないことから人間に憧れるペトルーシュカの心情、ぎこちなさ、悲しさそれらをうまく表現できたはずだ。



演奏が終わると、他の演奏家の演奏も聴いた。

一次オーディションでは正直微妙なクオリティの演奏もあったため、まともに聴いてなかったのだけれど、二次ともなると演奏家のクオリティも粒揃いだ。

他の人の演奏で真似したいところはノートにまとめておく癖は昔からで、それがまだ抜けないのは、吹奏楽の頃が自分の音楽観の柱となっているからだろう。


全員の演奏が終わるとまた一次と同様に集められ、同じ形式で発表される。


私はもちろん今回も通過だ。

通過させてもらわなきゃ困る。

三次に進めるのは自分を含めて4人だけだった。

私のノートにもこの3人の演奏の特徴は他の参加者についてよりも多くまとめられている。

私としては他の3人とちゃんとやりあえるだけの演奏はできたと思っている。



次回オーデションもまた2週間後。

曲目は完全に自由である。



スタッフから次回のオーディションの注意事項を聴いたあと、一次の時と同じように速攻で家に帰ろうとすると声をかけられる。


「藤原さんもこの後4人でどうですか?」

どうしてこの人たちは、こう、危機感がないのだろう?

満足していいほどの演奏じゃなかったぞ?

私もみんなも。


「すいません、家帰って練習するので。」


と断ると、


「あ、あぁ…。」

とちょっと引かれた。

そもそも飲みだなんだという寄り合いに参加するつもりはない。

もし行くなら他の人たちと行ってくれ。


そういえば、この前のオーディションで話しかけてくれた子も通過していて、私も練習するんで帰りまーすと言っていた。



そんなことを思い出したが、今日の私の演奏を出来る限り頭の中で再生して、ベンツを転がす。

この可愛い色のゲレンデに乗っている時が一番のリラックスタイムだ。

イメージよりもよほど乗りやすく快適で、オーディオの音質も良い。

何より色がいい。

黒や白ほどいかつくもなく、奇抜で人の目を引きすぎることもない。



「やっぱりゲレンデがナンバーワン。」


そんなことを考えつつ家の地下駐に車を止め家に帰る。

いつもフェラーリの少し古いのが止まっているところには一番新しいフェラーリが止まっていて、あ、この家の人買い換えたんだーなんて気づきもあった。

珍しい車だと2000GTなんか止まってたりもする。

昔のボンドカーだね。


地下から地上に上がるとコンシェルジュさんにご挨拶する。

いつもお帰りなさいと言ってくれるけど勘違いしちゃうよ、すっごい綺麗だし。

あの、北川さん?に似てる。

なんの北川さんかは言わないけどわかるでしょあの…。

ね?最近結婚された方。


その北川さん似のコンシェルジュさんに教えてもらったのだけど、私のマンションにはエレベーターが二種類ある。

一つは私のお隣さんというかお向かいさん用のエントランスに通じてるエレベーター。

もう一つは私の家のエントランス用のエレベーター。

専属というわけではなく、最上階では各部屋のエントランスさえもアホみたいに広いため、空間の有効活用と効率利用のために、使えるエレベーターが別になっている。

ちなみに最近知った。


いやー、どうりでマンション一階のエレベーターの数と私の家のエントランスに通じてるエレベーターの数違うなと思ったんだよ。

後うちのフロアで人に会ったことがないなーとか。

他の部屋に通じてると思った廊下?通路?は非常口でした。

それはこの前の避難訓練で知った。




それとアホみたいに広いエントランスは、代官山の高級マンションに有名なものがあるらしいが、それの上をいくことを目標に設計されているらしい。


引っ越すときにわざわざ隣の人にご迷惑おかけしますけど〜とか、コンシェルジュさん経由でちゃんと伝えたけど、しっかり分かれてるのなら言う必要なかったよね。反省。


あと、私が廊下だなんだって思ってたのはエントランスだった。

だって仕方なくない?

あんだけ広かったら一部廊下だと思うって。

共有スペースではなくて、うちの一部。

だからエントランスで寝泊まりしてもいいんだって。

宮殿みたいなエントランスなんだよなぁ…。


そんな恥ずかしい思い出を頭に浮かべつつ、アホみたいに広い玄関を抜ける。


車を止めてからが長いんだよ、この家は本当に。


とりあえず先に風呂に入ってから、落ち着いて晩ご飯を食べる。

一度家に入ると外に出るのが死ぬほどめんどくさいので、ちゃんと材料は買って帰ってきた。

今日の晩ご飯はイカスミパスター!


大変美味しゅうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] まだ、ピアノの調律を思い出せない様ですね。 調子狂わなきゃ良いけど。
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