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オーディションのとき。



side ある受験者たち



「あれだけ大口叩いたあいつの演奏がどんなもんか聴いてやろうぜ。」


「そうだね、しっかりと聞いてあげなきゃ。」


僕たちはすでにオーディションの演奏を終えた。

控室であそこまで挑発された時は倒れそうなほど怒りに打ち震えたけど、そんなことはコンクールの場では良くある話。

足の引っ張り合いなのだから。


外に出て気分転換をすればすぐに元どおり。


一次オーディション本番での演奏は僕もこいつもなかなかに手応えのある演奏をできたと思う。



次はいよいよ散々挑発してくれた彼の番だ。



彼が袖から出てくる。

ピアノ椅子に座り、手をピアノに置く。


「仕草だけは一人前だな。」


曲目はカンパネラだった。


「嘘だろ…?」


「なんでだよ…」


彼の演奏は紛うことなく本物だった。

彼に比べれば僕たちの演奏など児戯にも等しい。

認められなかった。

あれほど自分たちがこき下ろした彼の演奏が自分のものより優れているということを。

認めたくなかった。

あの瞬間、最も滑稽なピエロだったのは我々であったということを。


「これじゃいい笑い者だ…。」


彼の演奏は僕に嫌なことを思い出させる。


昔からピアノをやっていた僕は、小さな頃からコンクールなどにも出て、かなり優秀な成績を収めていた。

隣にいる石田もそうで、僕ら2人が日本の若手ピアニストを牽引していくとまで言われていた。

石田とは小さな頃からコンクールで一緒になることも多く、ほとんど腐れ縁みたいなものだ。


その後、僕は藝大受験のため、しばらくコンクールから離れる。

その後コンクールに復活したのは藝大の一年になってからだった。


そのときに知ったのは、日本のコンクールシーンはすでに僕らを必要としていなかった。

ほんの数年僕らがいなかったときに、とんでもない超新星が現れていたのだ。


それが「柳井実季」。

彼女の演奏を聴いた時僕は愕然とした。

同い年にもかかわらず、彼女の演奏はすでに僕ら2人よりも遥かに高い次元にいた。

比べることすらおこがましい。

同じレベルで勝負しているだなんて恥ずかしくて言えやしない。

そんなレベルの演奏だった。


彼の演奏は、そのレベルだ。

比べる気力さえ奪われる。


今まで生きてきた自分の世界が、どれだけちっぽけで無意味な、空虚な世界だったことか。

僕たちがコンクールで足の引っ張り合いをしている間にこういう人たちは練習していたんだろう。

天才だなんだともてはやされていたけど、結局僕は天才でもなんでもないただの凡才だ。

僕たちみたいな凡人は音楽で勝負をする前の音楽以外のところで勝負を決めてしまおうとしていた。


そして、審査員のひそひそ声が耳に入った

「彼はまだピアノを始めて1年も経ってないそうです。

元々はサックス奏者だったと、プロフィールに書いてあります。」


「ほう、これはこれは…。

さすが…。といったところですかね。」



この日僕は音楽を辞めた。




side 藤原



うん、よくできたんじゃないだろうか。

カンパネラはともかく、ペトルーシュカは少ない練習期間であったにもかかわらずちゃんと弾けてたと思う。

あくまでも「弾けてた」というレベルだが。


次のオーディションではペトルーシュカを残してカンパネラを変えてもいいかもしれない。

まぁどんなオーディションを課せられるかわからないけどさ。



引き終わって立ち上がって礼をする。


するとオーディションではまずあり得ない、拍手が起こった。

内心「こんなもんで拍手起こる!?」と驚きもあったが、素直に嬉しいので、また礼をしてはける。



全ての参加者のオーディションが終わって結果発表だ。

テストや試験ではないので、全員が一箇所に集められて、その場で合格者の受験番号が読み上げられる。


読み上げられたものはその場に残り、呼ばれなかったものは帰る。


いよいよ運命の瞬間だ!


それでは、合格者の方の番号を読み上げます。

…。

…。

16番 藤原さん

…。

以上です。本日はご参加いただきまして

ありがとうございました。」



おぉ、呼ばれた。

まぁ呼ばれてもらわないと困るのだけれど。

30人弱ほどいた参加者は8人まで絞られた。

ここからまたさらに何人か振り分けられるのだから恐ろしい。



「まずは、合格おめでとうございます。

皆様には次回の審査に進んでいただきます。

次回審査は二週間後、今日と同じホールに来てください。

今スタッフがお配りしております資料が次回審査の要綱でございます。

ここまでで何かご質問は?」



「はい。」


「藤原さんどうぞ。」


「この審査は、規定回数まで行われますか?

それとも、一定の人数になったら終わりですか?」


「規定回数行います。

もし、0人になった場合は仕方ないということで。」


「かしこまりました、ありがとうございます。」



「それでは、質問もございませんようですので、解散とさせていただきます。

本日はありがとうございました。」


その言葉に呼応してありがとうございましたという声がちらほらと聞こえる。



「よし、帰るか。」


「あの…。」


消え入りそうな声が私の後ろから聞こえてきた。

「ん?」

振り返ると誰もいない。

「ん??」

「し、下です…。」


目線を下ろすとちびっ子がいた。


「おぉ、こんにちは。

お疲れ様??」


「あ。どうもお疲れ様です。」


私は確かに180よりも190と言ったほうがしっくりくるほど背が高いし、さらに今日はブーツのような靴を履いているのでさらに背が高い。

靴によってペダルの踏みやすい踏みにくいがあると思うが、私はあんまり気にしないタイプの人間だ。

裸足かそれ以外という区別しかしていない。


今私の目の前にいる少女は久々に見る程の小さい子に見える。

140〜150くらいか?

私とはまるで大人と子供ほど差がある。


「ごめんね、私が無駄にでかいから見えなかったよ。」


「私が小さいのもあるので仕方ないです。

中途半端な身長のやつに言われるより藤原さんにいわれほうが清々しいので気にしてません。」


ふむ、初対面であるが好感が持てる人物だな。


「あぁ、そう。

で?どうしたの?」


「あの、ピアノ弾きませんか?」


「ん?弾くけど???」


「あ、そういうことじゃなくて…。」


「ん???」


「藤原さんのピアノが聴きたいです!

聴かせてください!」


「いいよ。

君もう成年?」


「やった!!!

はい、こんな形ですが成年してます!」


「あ、そう。

じゃ夜バーでピアノ弾いてるからおいでなさい。

お店ここね。」


「えっ!?あっ!あれっ?」


お店の名刺を渡して速攻で帰った。

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― 新着の感想 ―
[一言] をぉ!ナンパだ!ナンパ・・・だよね?
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