ニューヨークに帰る日。
先生と先輩がなおちゃんちに迎えに来てくれた。
最初は大人同士でなんか話をしていた。
私たちはその間暇なので適当にピアノを弾いて、先輩が歌っていた。
先輩の歌って聴いたことなかったけどめっちゃうまくて、私は音感はあるのに歌は音痴なんだよなぁ。
最初サックス始めた理由も歌が上手くなるといいなっていう希望的観測もあったりなかったり。
リビングの窓を開けてそんなことをしていたらやってくるのはもちろんお隣さんのソフィア。
「何この子!?超可愛いんだけど!?」
「お隣さんの娘さんのソフィア。」
「ソフィアです!ソフィーてよんでね?」
先輩の心臓が何かで撃ち抜かれたような音がした。
そこからはもう、おゆうぎ会だ。
私がピアノを弾き、先輩とソフィーが歌い、さらにソフィーは踊る。
そんな夢のような時間を過ごしていると、ソフィーにはお迎えが来て、大人たちの話し合いは終わったようだった。
「ソフィー。私はもう帰ってしまうけどいい子でいるんだぞ?」
「えぇ…帰っちゃうの…?」
ソフィーの目には涙がみるみるうちに溜まってきて、今にも溢れそうだ。
罪悪感を刺激される。
「きっとまた会えるよ!ほら、泣かないで!」
ソフィーは目をごしごしこすり、涙を拭くと、両手を開いて、私にだっこを要求した。
仕方ないので抱っこしてあげると少し落ち着いたのだろう。
絶対にまた会おうと約束をして別れた。
「吉弘くんモテモテね。」
先輩が皮肉げにいうものだから少し腹が立つ。
「あんな小さい子に妬くんじゃないよ。」
仕返しに軽めのジャブを打ってやると思った以上にあたふたしていた。
「じゃあ、日本での留守は頼んだわよ。」
「うん、綺麗にしとくね。」
「車も壊さないでよね?車検もメンテナンスもちゃんと行くのよ?」
「それくらいはわかってるよ。」
なおちゃんの車を使わせてもらえるのが一番楽しみかもしれない。
車体色が限定のチャイナブルーというカラーなのだが、この色がたまらなく美しい。
なおちゃんの家に住んでいる以上、大家さんの言葉は絶対だ。
家も車も綺麗に使わせていただこう。
そんな挨拶を交わして、我々御一行は一路ニューヨークへ。
行きとおなじく、チャーター機での旅路だ。
「いいお姉さんね。」
「そうでしょう。両親家を空けがちだったこともあって、私にとっては姉が親代わりみたいなとこもあります。
親よりも先に姉に話を通した方がうまく行くことも多いです。」
「さっきお話しさせてもらったけど、あなたのことを本当によく考えてくださっているわよ。」
「えぇ。いつも頭が上がりません。」
私にとって、なおちゃんの存在は単なる姉で語れるものではない。
姉であり、母親であり、父のようでもあって、親友だ。
私のたった1人の姉弟で、永遠のライバル。
そんな大事な姉である。
「そういえば、隣の家の子ナンパしたの?」
「逆ナンですよ。向こうから来たんですから。」
「あなたどこまで女の子はべらすのよ…。
いつか刺されるわよ?」
「まぁ、死ぬときはそうかもしれないですね。」
客観的に今の状況を考えると、そう言われても何の反論もできない。
「先生、しかもその子ものすっごい可愛いし、美人なんですよ!」
「先輩、相手は子供ですから…。」
「あんな小さい頃からこんな男にハマっちゃうなんて、将来が心配だわ…。」
確かに私も大丈夫だろうかと心配になる。
しかしダンスと歌には光るものがあった。
私は素人なので詳しいことは何もわからないが。
しばらくするといつものニューヨークの街並みが見えてくる。
やっぱり飛行機だと早い。
地図上はもっと離れてる気がするのに、実際に飛行機だとすぐだ。
何事もなく着陸し、普通であることのようにリムジンが飛行機に横付けされ、普通に豪邸に帰る。
先生が努力した結果、掴み取ったこの日常。
私も、ここまでお膳立てしてもらっておいて何も結果を出せないというのは寂しすぎるだろう。
先生を超えるほどの結果を出したい。
このとき初めて力を渇望した。
明確にどうなりたい、どうしたいという目標を感じたことさえ初めてだったかもしれない。
その熱意が冷めないうちに、ピアノに打ち込む。
久々に心配されるほど弾き込んでしまった。




