本番終わり。
「Bravo!!!!」
この歓声を聴くと、やってやったなと。
これまでの全ての練習が報われる。
朝も早く起きて、夜も遅くまで練習し、
友人とぶつかり合いながら音楽を作り上げてきた実感を感じる。
立ち上がって、客席に向かって2人でお辞儀をする。
袖にはけると、笹塚が泣いていることに気がついた。
「何泣いてんの。」
「ちょっと見ないでよ!」
私の演奏で人が泣くのを見るのはよくあることだが、そんなピアニストはそうそういない。
泣かせようと思って泣かせることなど、そうそうできるモノではない。
たぶんテクニック云々の問題ではないのだろう。
特に、笹塚に関してはこれまでの苦労もある。
嫌な奴だが、音楽に対するその姿勢は嫌いではなかった。
「まぁ、お前もよくがんばったよ。
ちゃんと練習通りできてた。
おつかれさん。」
「うん、うん。
ありがとう。」
しおらしくしちゃって。
「じゃ、おつかれさん。」
「えっ!?」
「ん?」
「いやいや、ここはさぁ!
もうちょっとなんとかさあ!」
「いや、そういうの大丈夫っす。
自分打ち上げとかそういうの大丈夫なんで。」
「はぁ〜!?!?!?
親睦を深めたり、情報交換したり色々あるでしょ!?!?
参加しないとか何考えてんの!?!?!?」
「出た出た。
そういうとこよ。
私、笹塚のそういうところが本当に嫌。
家帰ってゆっくりしたいし、ピアノ弾きたいの。」
笹塚はドン引きしていた。
「あんた、まだピアノ弾くの…?」
「うん、朝歯を磨いたからって夜歯を磨かない人いないでしょ?
そういうこと。」
「うわぁ…。」
「音楽で飯食おうとするってそう言うことだと思うよ。
私はピアノを小さい頃からやってきた人に比べたら圧倒的にピアノ弾いてる時間が足りないから。」
「そっか…。」
ちなみにピアノ弾きたいから家に帰るは嘘だ。
ピアノも弾くが、大人数の集まりが本当に嫌いなのだ。
「はい、連行。」
「!?!?!?!?」
いい感じでカッコよく帰ろうとしたら、突然膝を後ろからカクンと抜かれ、ヘッドロックをかけられた。
声を聞く限り実季先輩だ。
「何帰ろうとしてんのよ!!!
終わったら行くわよ!!!!
店もう予約してあるからね!!!!」
「ちょ、先輩!!
ギブギブギブ!!!」
先輩めっちゃいい匂いする、ホントはもうちょっと堪能したいが絵面的によくない。
「あんたねぇ!
いつまでも逃げられると思わないことよ!
今日は私も行くんだからね!」
「わかりましたから!わかりましたから!」
さらにギュッと締め付けられる。
先輩がドレス姿でそんなことをするものだから、
胸が!胸が顔に押しつけられて!!!
しかも結構でかいぞこれ…!
着痩せしてるから全然気づかなかったけど、これ!
「何余計なこと考えてんのよ!!!
それにねぇ!
わかった奴はわかりましたって二回言わないのよ!」
「すいません!
行きます!絶対!」
「よーし、なら勘弁してやろう。」
大変な目にあった。
良くも悪くも。
「と、いうことで癸美香、こいつも行くから。」
「う、うん。あと、先輩…?」
「え?こいつ今年の新入生よ?」
「えぇー!!!!」
まためんどくさいタイミングでバレてしまった…。
あえて言わずに本番まで通したのに…。
「笹塚、今年の一年だけど、よろしくな。」
「あんたねぇ!!!」
笹塚がキレている。
「私に敬語使って欲しかったらもう少しちゃんとするんだな。
お前のこと認めてねぇから、まじで。」
今日は真っ赤なドレスを着ている笹塚だが、顔が怒りでドレスと同じ色になっている。
「後で説教だから!」
「じゃあ、私も今日の演奏の反省会してあげるね。
お店で。」
「それはちょっと勘弁…。」
「吉弘もほどほどにねぇ〜。
じゃ、出番いってきまーす。」
先輩は何の気合いもなく、超自然体でステージに向かう。
火の鳥という大曲をこなすことに、なんの緊張もない。
「がんばってぇ〜。」
私の気の抜けた応援とは違い、笹塚は気合の込められた応援を送る。
「行ってらっしゃい!」
相変わらず暑苦しい奴だ。
「後少ししたら演奏会終わって、後片付けになるけど、藤原はどうすんの?」
「とりあえず先輩の演奏聴いとく。
笹塚は?」
「私控え室にいるね。控え室でもモニターできるし。」
「おっけー。じゃまた後で。」
そういって別れたあと、私は上手舞台袖に勝手に椅子を出して先輩の演奏を聴く。
このオーケストラの演奏がトリなので、勝手に椅子を出しても怒られはしないだろう。
ピアノの位置は変わらず、椅子がずらっと並べられてオーケストラ仕様にあっというまにステージチェンジされている。
しばらくすると会場が暗転し、下手から先輩が出てくる。
万雷の拍手でもって迎え入れられ、学生指揮者が先輩を紹介して、上品なカーテシーで客席に挨拶する。
演奏が始まって、物語が紡がれていく。
編成は1919年版でだいたい20分くらいの長さだ。
火の鳥はオペラの方のストーリーもなかなかに面白く、ハッピーエンドで終わる。
最後の大団円を迎えるシーンでは、思わず涙ぐみそうになる程感動した。
さすがは先輩のピアノ。
うまく調和し、全体の引き締めを担うと同時に、綺麗な華も添えている。
学ぶところはたくさんあると感じさせられる非常に素敵な演奏だった。
演奏が終わると、学生コンサートらしく、今日の出演者全員でステージに出てお辞儀だ。
そのあとは速攻で片付けて、みんなで少し離れた居酒屋に直行。
タクシーに何人かずつ分乗して渋谷にある少し大きなお店に行く。
大学生のくせにタクシーだなんて…。
まぁ学生のくせにベンツに乗る私が言えたものではないが。
どうして近くの居酒屋ではなく、渋谷のこの店なのかは、店に入って理解した。
楽器を弾いていいのだ。
グランドピアノもヤマハのものが鎮座している。
「こういうことかぁ…。」
「ほら!楽しむわよ!
まずは自己紹介しなさい!」
と、先輩に引きずられながら、みんなの輪の中に放り込まれる。
「よっ!本日のMVP!」や、「ピアノの貴公子!」、「放課後のピアニスト!」などとヤジが飛ぶ。
「えー、藤原吉弘と申します…。
本日は笹塚の伴奏をやらせてもらいました。
ありがとうございました。」
これに黙ってないのが笹塚。
「あんたねぇ!先輩を呼び捨てにするんじゃないわよ!」
「とかまぁね、なんか聞こえますけど。
皆様に、笹塚がご迷惑をおかけしないように。
しっかりと指導しておきましたので、これからはたぶんだいぶ合わせやすくなるかと思いますので、どうか笹塚をよろしくお願いします。」
笹塚もノリで生きているタイプなので、私が周りのみんなにお辞儀をすると、それに合わせてちゃんとお辞儀をしてくれる。
「よっ!日本一!」
「ありがとう!」
といった声も上がり、大盛り上がりだったので、まぁ成功だろう。
他にも、いろんな先輩や同級生たちの挨拶などがあり、三々五々で話をし始めた。
私のところにもサックス時代を知っている吹奏楽部出身の同級生や先輩が来たり、酔っぱらった笹塚が絡みにきたり、実季先輩が絡みにきたりした。
私はまだ未成年なので烏龍茶しか飲んでない。
しかし、実季先輩は酔っているようにも見えるが、全然飲んでなさそうだ。
この前の醜態を知っている私からすると拍子抜けする。
よし、ここは弟弟子の務めだ。
お酌しに行こう。
「先輩、お酌しにきました!」
「よ、吉弘…。」
「あ!藤原くんじゃない!
初めまして〜!」
「どうも、今日はありがとうございました。」
「いえいえ〜。
ほら、実季、可愛い後輩が注ぎにきてくれたわよ〜」
「いや、もう飲めないって!
もう大丈夫!」
「いやいや、先輩!
そんなご謙遜を!」
「実季は吉弘の前でカッコつけたいから飲まないんだって。」
笹塚がこの輪に入ってきた。
「癸美香!」
先輩が焦っている。
そんなカッコつけなくてもカッコよくて可愛い先輩なのに。
「なんだ、笹塚かよ。」
「おい、吉弘、お前私にあたりキツすぎだぞ?」
目が座っている。もう出来上がってるみたいだ。
いじりすぎたかな?
「もっと私を甘やかせ!」
そう言いながら正座していた私の膝を枕にして甘えてきた。
猫みたいだ。
酔っ払いは放置するに限る。
なにより、酔っていて体温が高くなっているので暖かく、冬にちょうどいい。
「はいはい、どうぞどうぞ〜。
ほら、そんなことより先輩!」
「あんたスルースキル高すぎない…?」
「私もこんな甘える癸美香ちゃん初めて見たわ…。」
先輩お二方が驚愕の目を向けてくる。
「笹塚いつもこんな感じですよ?
全然構ってやらないから最近もう訳わかってないんじゃないですかね?」
「この子結構ドライなんだけどなぁ。」
「たしかに。
男と一緒にいるのなんか見たことないし…。」
「そうなんですね。」
「吉弘くんはこんなふうに接されてなんも思わないの?
言い方あれだけど癸美香も相当可愛いわよ?」
「所詮酔っ払いですから。
まぁ、でも今日はよく頑張ってたんで構ってやろうかなと。」
膝枕で寝ている笹塚の頭をポンポン撫でてやる。
猫みたいだな、本当に。
「まぁペットの猫から人間に昇格するのはまだまだ先でしょうけど。」
膝の上の猫がピクッとした気がする。
「「アッハハハハ!」」
2人の先輩が爆笑している。
よしよし、ちゃんとうまく笑いは取れたぞ。
そのあと、誰からともなくピアノを弾き始め、だんだんと楽器隊がそれに乗っかり、即席オーケストラみたいになった。
途中、サックスが聴きたいと言われたが、サックス持ってきてないですというと、どこからともなく私の手元にサックスが渡ってきて吹かされた。
吹奏楽部出身者に間接キスという概念はない。
大盛り上がりで1次会は幕を閉じ、行きたい人は二次会へ、の流れとなった。
普段ならここで先輩が潰れているので連れて帰るところだが、今日は潰れているのが2人もいる。
実季先輩と笹塚だ。
実季先輩はあのあと結局、何故か飲む量が増え、笹塚は突然起きたかと思うとまたハイペースで飲み始めたのだ。
結果泥酔者2人が出来上がり、2人を連れては帰れないので、二次会に押し込んだ。
2人を二次会に押し込んですぐ帰ろうとすると、それを簡単に手放す音楽研究会では無い。
やれ、どっちにするのかだの、なんでそんなにピアノが上手いのかだの、散々質問攻めにされ、気づくとピンピンに生きているのは私ともう1人の酒を飲んで無い同級生だけになっていた。
終電を通り越し、とっくに始発の時間だ。
もう冬休みに入り、明日から休みでよかった…。
てか、来週クリスマスじゃん。
「死屍累々とはこのことですね…。」
「そうですね…。」
みんなに水を飲ませ、かろうじて歩けている先輩方を駅やタクシーに放り込み、私は実季先輩を連れて帰る。
姉弟子の不始末は弟弟子の責任だ。
実季先輩はどれだけ酔っても戻さないので、安心して連れて帰ることができる。
あれ、てことはもしかして酔ってない?
そろそろ夏なのに、冬の話してすいません。




