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モチベーション


学園祭の本番が終わってしまい、明らかに練習に対するモチベーションが落ちていることを実感する。



相変わらず、毎日数時間はピアノを弾いてはいるが、明らかにあの頃のような鬼気迫る練習ではない。



「本番が無いと張り合い甲斐がないなぁ…。」


誰に聞かせる曲があるわけでも無い。

基礎練習が好きだからずっと基礎練習をしているという状態の今。


今日は特にすることもない休みの日。

鍵を借りているので、バイト先に朝から行って、ずーっと基礎練ばっかり飽きもせずにやっている。

やっぱりいいピアノは、いい音がするから。

いい楽器は、いい演奏者を育てる気がする。



カランコロンという音とともにオーナーが入ってきた。


「今日も精が出るねぇ。」


「することもありませんから。」

友達がいないわけじゃねーし!!!

呼んだらくる女くらいいっぱいいるし!!!!


っているわけないよなぁ…。



「なんか最近悩んでんの?」


「……。わかります?」


「もちろん。音に悩みが感じられる。」


「すごいなぁ、オーナーは。」


「人生の先輩に打ち明けてごらん。」


オーナーのご厚意に甘えて今の悩みを打ち明けてみた。



「ふむ、単純にいうと張り合い甲斐がないと。」



「そうですね。大きなコンサートにまた出たいと思うようになってしまって…。」



「じゃあ本番やってみようか。」


「えっ?」


「藤原吉弘 ピアノソロリサイタル。


会場はここ。


ピアノはその子。


一晩貸してあげるよ、ここ。」


「えぇ!?!?!?!?」


「好きなだけ、好きなようにやってみな。


バーテンダーは私がやるから。」



「そ、そんな、いいんですか?!?!?」


「お前遠慮しないのな。」



その後いろいろ打ち合わせをして、

1ヶ月後の、今日、ライブを行うことになった。


会場使用料はチケット売り上げの10%ということになった。

激安のように思えるが、何か特に普段の営業日と変わるわけではないので、しかもうちでアルバイトしてる子だからっていうことでその値段に落ち着いた。


時間は19時から21時と22時から24時の2時間×二部。


やる気がどんどんとわいてきた。

闘志がメラメラと燃えてきた。



よくよく考えると、普段のバイトの演奏と変わらない気もしたが、チケットを実際に売ってお客さんに来てもらうというのが重要なのだ。

お客さんに、私の演奏に対して、直接お金を払ってもらうということがモチベーションにつながる。




あれよあれよという間に、オーナーがチケットを家庭用プリンタで印刷してきた。

S席とA席を設けたようです。


「S席とA席の違いは?」


「S席は前から1列10人×5列目まで、A席はそれ以降。ちなみにSが1万円飲み放題付きでAが8000円で飲み放題付き。


とりあえず一部100人×2で200枚刷ってきたので。」


オーナーは、私や目の前に200枚の束をドンと置く。


「しっかり捌いてね?」


「ハイ…。」



結局、そのあともやる気に任せてゴリゴリと精神を削るような練習をして、チケットも150枚ほど持って帰った。



「チケット売れるかな…。


まぁ、でも世話になってる人には私の自腹で来てもらおう。



ポチッとな。」


実季先輩と、幸祐里と、ひなちゃんの3人にはちゃんと、ライブをするのできて欲しい、と伝えた。

あと、招待するのでもしよかったら友達も誘ってチケットを捌いてくれたら嬉しいな、という文言も忘れずに追加しておいた。



「来てくれるかな…。」








その日、ある界隈の人たちにとっては、

衝撃的なニュースが、ある地域を中心に、

とんでもないスピードで駆け巡った。




「ヒロ様がライブをするらしい。」



吉弘自身もオーナーも、そんなこと全く預かり知らないが、彼には熱狂的なファンが多数いる。



そのファンたちのコミュニティを、そんなニュースが駆け巡った。



どうにかしてチケットを手に入れたい熱狂的なファンたちは血眼になってチケットを探した。




実季先輩も、幸祐里も、ひなちゃんも、吉弘が割り当てた最大の枚数まで、ものの数分で予約が入った。


キャンセル待ちまで出る始末だ。



店でも同様の事態が発生していた。



なんとなく、事態の異常性を察したオーナーが、大々的なチケット販売を見送ったことで、事なきを得た。

オーナーの目から見て、信頼に足る、大事なお客様のみに、吉弘のライブがあることを伝え、粛々とチケットを捌く。

店での販売では、転売の恐れを避け、基本的には対面のみの販売で、チケットの裏面には名前を書いていただいたのだそう。



そして、彼のファンは大学生だけにとどまらない。





〜〜都内某所レコーディングスタジオにて〜〜




「おい、あの例のバーの大学生がライブやるらしいぞ。」


「まじか!ヨシくんライブやるのかぁ。」


ここは都内某所、レコーディングスタジオ。

私たちの最近の話題はもっぱら彼のことで溢れている。

新曲の発売前でピリついてても、彼の話題が出ると瞬く間にそんな空気は解けてリラックスできる。

この前、彼の店で発表した新曲はオリコンチャートも1位を獲得することができて、事務所も機嫌がよろしい。




彼というのは、メンバーみんながよくいくピアノバーの店員さん?というかピアニストさんのことなのだが、ピアノがすこぶるうまい。

そして顔立ちがすこぶる整っている。

羨ましいかぎりだよ、ほんとに。

しかも、頭もいいらしい。

天は二物を与えないなんていうけど、ありゃ嘘だね。



「そりゃ行かなきゃダメだね、絶対。」


「当たり前だろ、全員で行くぞ!」


「この前のお礼もしなきゃだね!!」



彼の店に初めて行くまで、バンドの雰囲気は最悪だった。

メンバーそれぞれがピンの仕事をするようになり、心理的な距離感が生まれ、それぞれが異なる方向を見ていたような気がする。

方向性の違いで解散するバンドってこんな感じなんだろうなって雰囲気だった。


いつもお世話になってるプロデューサーに勧められて、メンバーの3人全員で行ってみた。

そこで、彼のピアノを聴いて、みんな思うことがあったのだろう。

俺も心から感動して、彼のファンになった。



今となっては珍しいことだとわかるが、俺たちの雰囲気を察してくれたのか、彼はセッションの時間をとってくれて、俺たちをステージにあげてくれた。



彼のピアノと、俺たちのバンドでセッションしたのだが、彼の包み込むような音色とアレンジとテクニックで、俺たちはもうメロメロにされた。


女だったら、多分とんでもなく熱狂的なファンになってたのは間違いないね。

うちのボーカルは女の子なんだが、間違いなく目がハートになってた。



その時こっそり、彼に、レコーディングに参加してくれないか?と打診してみたのだが、笑って相手にもしてくれなかった。


「自分なんかがそんなお手伝いなんかできないですよ。」


だって。


それだけうまけりゃ多少は天狗にもなってるものかと思いきや彼にはそんなところがまるでなかった。



やられちゃったね。

俺たちは多分それぞれが天狗になってたんだと思う。

俺たちの根っこはなんなのかって。

あの日再確認できた。

今ではみんなで月一回は絶対に行くけど、

彼がシフトに入ってる日には行きたくなってしまうので俺は大体毎回行ってる。彼のシフトに入る日も把握している。

そんで大体他のメンバーと会う。




きっとそう遠くないうちに、彼も俺たちと同じ土俵に立つんじゃないかな?

いやわかんないけど。






〜〜〜〜都内テレビ局メイクルームにて〜〜〜〜



「えっ嘘!?」



「あら、どうしたの?」


私は今収録前でメイクされてる最中なのだが、行きつけのバーのオーナーさんからメールが来た。


「推しがライブするんだって!!」


「あらぁ、それは絶対行かなきゃじゃない?」


今私のメイクをしてくれてるのは、Yu-Kiさんという、有名なメーキャップアーティストの方で、予約が取れないので有名だ。

オネエで、話が面白い。


「推し」の話は誰にもしてないが、彼女 (?)にだけは何度も話してる。


彼女曰く、私は彼にガチ恋してるらしい。

話のトーンがオタクの熱量のそれを優に超えてるらしいのだ。


しかしアニメファンの私からすると、

ガチ恋と言わずして何が推しと言えようものか

という座右の銘がある。

私が使った言葉だけど。


私は昔からアニメや漫画が好きなのだけど、常にそれはガチ恋だった。



初恋は、月の美少女戦士のタキシードのあの方だったと自信を持って言える。




仲のいいモデルのオタク友達の子に誘われて、彼が演奏をしてるバーに行ったのが、推しとの邂逅だった。


すげーイケメンなんてものは世の中に掃いて捨てるほどいるのは仕事柄、身に染みて感じている。


ちょっとやそっとのイケメンがいるくらいでは、私を動かそうったってそうはいきませんよ?



しかし、私は友人のある一言で

一も二もなくバーに駆けた。

友人の手を引き、タクシーに雪崩れ込むように乗り込み銀座に直行したのだ。


友人は私にこう言った。


「〇〇が、2.5次元。」

〇〇とは今私が最も推している漫画のキャラクターの名前である。

ちなみに、休みの日には自分の苗字を推しと同じ名前になったのを想像するなどして、痛いオタクをしている。



推しの名前出されちゃ、オタクは動かざるを得ませんよ。

2.5次元と言われてかなり興味をそそられた。

しかし、心のどこかで

「またまたー…そんなこと言っちゃってさ…。」

という予防線を張るのを忘れない。


現地に着くと、今度は友人が私の手を取り、バーまで案内してくれた。


「ピアノバーなんだ?」


「うん、詳しくは中で。」



カランコロンというドアベルと共に中に入ると、ちょうど彼がピアノ椅子に座るところだった。


目があった。

彼がニコッと笑った。

「 や      ば     い     」



「やーばいっしょ?」


彼は2.5次元なんてものではなかった。

3次元だった。

3次元の男性として認識してしまい、

なおかつその瞬間から推しの殿堂入りを果たした。

おめでとう。


そして、推しがピアノを弾き始めた。


「や     ば     い (小声)」


目でも耳でも沼にぶち込まれてしまった私は、演奏中ずっとガン見していた。

たぶんばれてると思う。



演奏が終わり、常連さんらしきお客さんにからのリクエストを聞いている。


「わたしもりくえすとしたい……。」


私の小さな呟きを、まさか拾ってくれたわけではないはずだ。


ずっとこちらを向き、一直線に歩いてきた。


やばい、やばい、やばい、やばい!!!!


目を見て話せない!!!!


「本日は初めてお越しいただきましてありがとうございます。


よければ初めての記念にリクエストしていただけませんか?」


「げ、ゲトワイルドヲ、おおおお、オネオネ、オナシャス!!!!(小声早口)」



「かしこまりました。」




やってしまった。

オタクの悪い部分丸出しで、やってしまった。

クラシックとか言えばいいのに、新宿のスイーパーの名曲をリクエストしてしまった…。



てか、彼の声エロくない!?!?!?

やばいよ、ほんとに。

あー、沼に落ちた音がした。

ずぶずぶ沈んでるわー。

際限なく課金しちゃうわー。



彼はにこりと笑い、ピアノの元に帰る。


そして彼の手から紡ぎ出されるあの名曲のメロディ…


「ふつくしい…。」





「今日どうだった…って聞くまでもないか。」



「私ここ通うわ。」


「じゃーん。」


「何それ。」


「メンバーズカード。」


「!?!?!?!?!?!?」


「彼の演奏を聞いた日に一度スタンプを押してくれて、10個たまるごとに好きな曲の彼の音源CDくれるのよ。」


「そんな沼構築システムが…!」


「はい、あんたの分。」


「ありがとうございます。家宝にします。」



こうして私は彼の沼にはまった。






「とりあえずチケットは抑えた!!!」


「あらぁん、羨ましいわね、推しのライブだなんて。」


「一応二枚抑えたけどユーキさんもいく?」


「いいの?」


「もちろん!」


「じゃあおめかしして行かなきゃだわ!」


ちなみに、ユーキさんは私以上のガチオタで、好きな男性のタイプは○レンザビとかいう人らしい。あのロボットのやつの。



余談だけど、その日のメイクはめちゃくちゃうまくいって、ネットニュースで話題になった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 吉弘自身ももオーナーも知らないが もが重複してます。
[気になる点] 店でも同様の事態がはつ発生していた カランコロンというドアベルト共に 目でも耳でも沼にぶち込まれてしまった私は、えんそうちずっとガン見していた。 [一言] 誤字報告です
[良い点] テンポがいい [気になる点] 色んな人に褒められて、「あーまたか」って感じになってしまいます [一言] 続き楽しみにしてます((o(。>ω<。)o))
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