あいさつ
ジェシカと奇跡の再会を果たした後、今からどっか近くでご飯でもどう?と誘われた。
だが、今すぐは荷物があるので無理だと伝えると、晩御飯の約束を無理矢理取り付けられた。
向こうも忙しい中時間を作ってくれるということなので、
仕方がないのですぐに家に帰ることにした。
誰も作ってくれとは頼んでないんだけどね。
家に帰る道中、食器屋のデザイナーさんが言ってたお店も
たまたま見つけることができたので、そちらに寄ることも忘れない。
家に着くと荷物を整理する。
たくさん買い込んだ素敵な食器類は食器棚に。
たくさんの食料品は冷蔵庫に。
「結構買って来たけど、食器棚全然埋まらないな。」
全ての荷物をしまい終えると
あらかじめ冷蔵庫にしまわずに出しておいたマグロとアボカドはダイス状に切って、買い込んできた調味料で作った醤油ベースのタレと絡める。
丼のアタマの部分ができたら、レンチンした佐藤のご飯の上に乗せる。
お米を炊こうと思ったがめんどくさくなったので、
こんなこともあろうかとスーパーで佐藤のご飯も買っておいた自分を褒めたい。
サクッとご飯を終わらせると、前ニューヨークでデスマーチした時にご褒美に先生から買ってもらった、ベルルッティのレザー出て来たロイヤルネイビーのトートバッグの大きいやつに楽譜を何冊かと筆記用具、財布とスマホを入れてまたすぐに家を出る。
ピアノを練習したらそのままジェシカと晩ごはんに行こうと思っているので一応ジャケットだけ羽織って来た。
今日のジャケットは麻の六つボタンのダブルのサマージャケットだ。
ダブルのジャケットをボタンを閉めずに軽く羽織るくらいで着るのがカッコいい。
ブランドは何年か前にニューヨークのバーニーズでセールに残ってたもので、BARBAというブランドのものらしい。
70%オフだったので即決で買った。
ニューヨークでは人気がなかったサイズなのか、これだけ一つポツンと残っていた。
毎年夏になると着ているので、もう麻が柔らかくなってテロテロになって、すこし光沢を持つようになってきている。
洗濯に気を使うが、初夏のお気に入りの一枚である。
今日のパンツはカーゴだけど綺麗目カーゴだからいっか。
方もコンバースだけど、これは外しだから。
あえて履き古したスニーカーにしてるだけだから。
荷物を持って、車に乗り、ジュリアードを目指す。
「さっき来た道だよ。ほんとに。」
私はよく行き当たりばったりで予定を決めるので、同じ道を通ることはザラなのだが、人からそれを強要されるとすごく損した気持ちになる。
たとえジェシカと呼ばれるあそこで会わなくても、家に帰ってご飯を食べたらまた同じ道を戻ってジュリアードに行って手続きや挨拶、練習をすることに変わりはなかったはずなのだけど。
また車で30分ほどかけてジュリアードに到着する。
ジュリアード自体に駐車場は付属してないので、近所の通りにある駐車場に車を停める。
荷物を持って車を降り、守衛さんのところで入館手続きをする。
「あれ、あんた…」
「ん?」
「ちょっと前までうちに通ってなかったかい?」
まさかの守衛さんが覚えてくれてた。
「あぁ!そうです!
覚えてくれてたんですか?」
「そりゃもちろんだよ。
私にはオーラが見えるんだ。
この学生たちの中でもいろんなオーラがある。
その中でもあんたのオーラは独特だったからね。
もちろん覚えてるよ。」
ニューヨークにはこういうけっこうスピリチュアルな人がいる。
中にはわりと当てにならない人もいるが、この守衛さんは結構本物として有名な人だ。
若い才能がなんとなく見える守衛さんがいると聞いたことあるのだが、この人だったのか。
「そうなんですね。」
守衛さんとは、自分が元々留学生だったので国に帰っていたこと、この9月からはまた学生として通い始めることを話した。
「私は若い才能を見つけるのが好きでね、結構当たるんだけど、あんたはすっかり見なくなったから、私の勘も当てにならんなと思ったらまた会うことができた。
今日は素晴らしい日だ。」
「よかったです。きっと私も羽ばたけることでしょう。
未来を楽しみにしててくださいね。」
「もちろんだよ。若き才の未来に光在らんことを。」
そんな話をしながらビジターパスをもらう。
「さて、教官のとこに行きますか」
徒歩で移動していると何人かから声をかけられた。
どうやら私のことを知ってる生徒も何人かまだいるみたいだ。
たしかに私が留学でここにいたのは2年前?
なので、まだ在学してても不思議じゃない。
しかし、一緒にオケを組んでたヴィオラのアレクサンドルがまだ大学にいたのには驚いた。
2年前お前4年だったろ。なんでまだ4年なんだよ。
お前だけ私らと生きてる時空違うのか?
目的や教官室についたのでノックもそこそこに入室する。
「マリアー、来たぞー。」
「ヒロ!!」
マリアは弓先生の教え子の1人で、私もよくお世話になっている。
だんだんとお互いこなれて来て、タメ口で話すようになった。
お互いに認め合っているからこそのような気がしている。
「またあなたと一緒に仕事ができると思うと胸が高鳴るわ!」
「まぁ私は生徒なんですけどね。」
「え?生徒?」
「生徒だよ?」
「あ、まだ聞いてないんだ。」
「きいてない、とは?」
「もうさっさと卒業させて、すぐ教官にしちゃおうっていう話。」
「は??????」
頭の中が疑問符でいっぱいになる。
「て、ことは、まだ学長室行ってないんだ。」
「え、うん。」
「一緒に行こ!」
「お、おう。」
ということでやって来ました学長室
「久々だね、ヒロ。
弓先生は元気かい?」
「お久しぶりです。
先生はすこぶる元気ですよ。
それも大事なことなんですが、さっきマリアから聞きました。
私教官になるんですか?」
「そうだね。
君には4年も必要ないと思っている。
こちらからその手紙を何通も出したんだが返事は返ってこないし、電話しても繋がらないし、メールしても返ってこないから弓先生に聞いてみたんだよ。」
私は頭を抱えた。
たしかに手紙は来てた。
なんかの案内だと思って、よく確認せずに捨ててた。
電話は事務所の電話線はほとんど抜いてるし、個人携帯も海外からの電話なんか取らない。
メールもそうだ。ほとんど目を通さないどころか、迷惑メールフォルダに勝手に振り分けられてるまである。
全部自分が悪い。
「全部、自分が悪かったです…。
先生はなんと?」
「本人が勉強したいって言ってるんだから勉強させてあげなさいよ。と。」
「おぉ!」
「どうせあの子のスピードなら1年もしないうちに教えることなくなるんだから。
そうなったら飛び級させて教官として勉強して貰えばいいじゃない。と。」
私は頭を抱えた。
「なので、最初の一年はマリアのティーチングアシスタント、2年目からは授業を持ってもらおうと思っている。
科目は好きな科目を自分で作ってくれ。」
自由裁量が過ぎる…。
だがしかしこれに面白さを感じているのも確かだ。
「卒業後は院に進もうと思ってたのですが、両立は可能ですか?」
「もちろん。社会人の院生も多くいるし、若い教官の中には院生として授業を受けながら授業を受け持っている教官もいるよ。もちろん、その最年少記録は君が塗り替えることになるがね。」
「わかりました。では、そのご提案、引き受けさせていただきます。」
「いや、もう決定してることだから。」
「あ、拒否権とかないんですね。」
「私が弓先生に相談までしたことひっくり返せると思う?」
「無理ですね。」
弓先生ってみんなの先生みたいだけど、一体何歳なんだろう?と一瞬考えたが背筋がゾクっとして考えることをやめた。
「ともあれ、よろしく頼むね。」
「微力ながら最大限頑張ります!」
私は学長とがっちり握手をした。