お買い物
車の鍵とランニングの時にも持って行ったカードケースとスマホをポケットにっ突っ込んで、靴に履き替える。
今日の靴は普段履きにしているコンバースオールスターハイカットのアイボリーだ。
結構履いているのですでにクタクタになっているが、コンバースはそれくらいがカッコいい。
玄関ドアを開けずに、横の階段から地下に向かう。
おでかけをまだかまだかと待ち侘びるスカイラインの運転席の横に立ち、ドアハンドルに手をかけると勝手に鍵が開き、ロックを解除する。
ポケットに物が入ったまま運転するのが嫌なので、運転席に座るとポケットから荷物を取り出し、助手席に放り投げる。
運転手に合わせて座席とハンドルの位置が自動で調整される。
ブレーキを踏み、エンジンスタートボタンを押すと、メーター類が動く。
これがかっこいいんだ。
決して大人しくはない、むしろやかましい咆哮が地下に響く。
おそらくたいていの人にとっては静かにしてくれと思うだろうが私にとってはこれが心地いい。
車を裏の大型リフトの方に滑らしながらリモコンを操作する。
すると上に上がったままのリフトが動作して下に降りてくる。
降りきったところでリフトの上に車を乗せ、再度リモコン操作。
静かに車が持ち上がり始める。
「これ男の子なら絶対みんな想像したことあるやつじゃん。」
柄にもなくワクワクはしゃいでいる自分が面白い。
上まで上がるとそこはガレージになっていた。
「こういうことか!」
家の裏手に、道路に面した形のガレージがあることの説明は受けていたが、地下で説明を受けでいる時に、裏のリフトは動作確認済みとのことだったので軽く流してしまった。
元の住人が地下を色々といじくり回していた時に、重機を搬入したり、シェルターを作る時に隔壁を入れるために必要になったので設置した後付けのリフトとのことだったので、大きさはかなり大きい。
車を横に2台は並べられるガレージの、床そのものがリフトになっているのだから。
「なんか秘密基地みたいだ…。」
エージェントさんから渡されていた裏手のシャッターのリモコンを操作すると開いていく。
「これこっちのリフト使う時は車の向き考えないとだな。」
バックでリフトに乗せることはないと思うが、向きによっては立ち往生する可能性がある。
大型リフトはリフト面も広いので、何度か切り返せば問題なく方向転換できると思うが、ちょっと恥ずかしい。
無事車を敷地外に出すことができた私は、まず食料品店に向かう。
1〜2週間分の男の食事なのでコストコみたいなアメリカンスーパーには行かない。
ネットで調べた住所に向かうと、あった。
Whole Foods Marketという自然派食品がよく揃っているお店。
ブルックリンブリッジパークの近くにあるこのお店は、広大な駐車場もあって非常に便利だ。
私が先生のところに下宿していた時は高級と聞いていたが今はそうでもないらしい。
「お、ここ停めよう。」
車を店の前のパーキングに停めて、入店。
カートを転がして買い物をする。
「えーと、水、牛乳、プロテイン、野菜。
あ、コシヒカリもある。」
肉に関しては精肉の様子がガラス越しに見えてアメリカンな空気を感じる。
アメリカンな空気にやられてスペアリブを大量に買った。
勧められるがままにバーベキューソースも買ったので時間がある時に家のオーブンで焼いてみよう。
おやつがわりのドライフルーツとナッツも大量にカゴの中にぶち込んだ。
「魚も食べたいな…。」
鮮魚コーナーに行くとたくさんの新鮮な魚があった。
幸にして私は魚の目利きが割と得意だ。
本職の料理人ほどではないにせよ、新鮮かそうでないか、生食できそうか出来なさそうか。
それくらいはわかる。
念の為担当者さんに聞いてみると、どの魚も今朝市場から運ばれて来たもので、新鮮だよということなので安心して購入する。
昔はアメリカで魚の生食というと奇異な目で見られたものだけど昨今の日本食ブームと新しい物好きなニューヨーカーの気質が組み合わさって割と生食を出すレストランも増えて来たらしい。
日本レベルの寿司を出す店も少なくないのだとか。
今日はマグロと鯛を買って、鯛はヅケにして晩御飯に食べよう。マグロは今日のランチでポキ丼にしようと思う。
思った以上に大量の荷物になり、大きな出費となったがおそらくすぐになくなるだろう。
会計を済ませ、袋詰めをして、使っていたカートに乗せたまま駐車場に行き、購入品を車のトランクに詰め込む。
「次は食器でもみにいこか。」
せっかくブルックリン地区まで出て来たので、ブルックリン橋を渡ってマンハッタンまで足を伸ばす。
もともとインスタで見つけていたボンドストリートやフランクリンストリート、ハワードストリートの食器店をめぐる。
「あ、これ、素敵だ。」
ハワードストリートで見つけた、ロマンアンドウィリアムギルドというお店の食器には一目惚れしてしまい、幾つも買い込んでしまった。
お店で仲良くなった、たまたま店番をしていた食器のデザイナーさんから、このお店の食器も素敵だからぜひ見てみて!といわれたお店にも帰りがけに行ってみたがそちらもブルックリンらしいカラフルな食器がたくさん並んでおり、幾つも買ってしまった。
後悔はない。
ドライブがてら、マンハッタンを転がしていると、
セントラルパークに近づいて来て、だんだんと懐かしい光景が見えて来た。
「お、ジュリアードだ。」
おそらく大学へは車で通うことになるが、
ドアトゥドアで40分といったところか。
留学していた頃はメトロポリタン歌劇場やブロードウェイの劇場などに行きまくった。
中には友達が出るから行こうというお誘いもあったし、運試しに抽選チケットを買いまくるということもしたし、劇場を買ったから私と観に行きなさいというお誘い(ジュリアードの問題児ジェシカ。私の名前はゆかりよというパワーワードは今も忘れない。)もあった。
「そういえばジェシカってやつもいたなぁ。」
そう思って、ふと見上げると一際目立つところにジェシカの広告が出ていた。
「嘘だろ…!?」
あまりに慌て過ぎて事故しそうだったので慌てて車を路肩に停める。
窓から半身を乗り出して広告を見ると、
どうやら映画をやるらしい。
ジェシカ。
名前を検索してみるとジェシカは私がニューヨークを後にした数ヶ月後銀幕デビューを果たしたらしく、それがスマッシュヒット。あれよあれよという間に何本も映画に出演し、とうとうハリウッドで主演を飾るとのこと。
「まぁ顔だけは一流だもんな。」
「誰が顔だけは一流ですって?」
「!?!?!?!?!?!?
え!?!?なんで!?!?!?」
「シー!!!!!」
妙に日本人ぽいアクションで静かにしろというこいつは
今まさに私が調べていたジェシカ。自称ゆかり。
「あの広告、今日が開始日なの。
だからインスタ用に写真を撮りに来たの。」
「そんな偶然ある?」
「ないわよ。びっくりしたもの。」
「だよな。」
「ニューヨークに来て、タイムズスクエアでマネージャーと写真撮ってたら、妙に聴き覚えのあるエンジン音がしたから見てみたら、妙に見覚えのある青いスカイラインが走ってるじゃない。」
「おう。」
「妙に気になって、写真撮影が終わった後、来てみたら、
妙に見覚えのある間抜けな日本人が車から身を乗り出してるじゃない。」
「あ、あぁ〜。」
「なんか言ってるなと思ったら顔だけは一流ですって?」
「悪かったって。」
旗色が悪い。いやぁまずいことを聞かれた。
「バカ!ずっと会いたかった!!!!」
車から身を乗り出してる私をハグするものだから車から落ちそうになる。
「落ちる落ちる!バカ!やめろ!」
「ダメ!もう逃さないから!!」
そんなことがあって、夜はこいつとご飯を食べることになった。