負けられない勝負
霧さんとの勝負はドキドキするかと思ったけど、案外そんなことはなかった。
緊張はするんだけど、それを楽しめてるというか、むしろそれが心地よい。
あんまりポーカーの詳しいルールとか、駆け引きのルールとかはわからないけど、
先輩の胸を借りるつもりで、この勝負勝ちたいと思う。
最初に一枚ずつカードが配られた。
「霧さんこれは?」
「ボタンっつって、親を決めるんだよ。
カードが強いほうが親。
親は何でも最後にアクションできるから、いいポジションってこと。」
「へぇ、ボタン。」
「そう、ボタン。」
この第一回目のボタンは私になった。
この時スモールブラインドは左に座っている霧さんで、ビッグブラインドは私だ。
ちなみにこのブラインドというのは強制ベットのことで、いわゆるショバ代のようなものである。
今回のスモールブラインドは10で、ビッグブラインドは20だ。
後から知ったが高レートだったらしい。
大体、ビッグブラインドはスモールブラインドの倍である。
損なのか得なのかわからない。
ブランド分のチップをカジノテーブルに置くと手札になるカードが配られる。
まずは2枚だ。
この2枚を自分だけが見て、自分が取れるアクションは、
さらに賭けるか降りるか、場のカードを見るために様子見するかの3択だ。
最初にアクションするのはビッグブラインドの左の人。
つまり霧さん。
このポジションの人が一番最初にアクションしなくてはいけないので、一番不利とされている。
「ん〜。ベット。100。」
霧さんは慣れた手つきでチップをかちゃかちゃやってたが、そのかちゃかちゃしてたものを全部纏めてテーブルに置いた。
「こ、コール。」
参加者は2人だけなので、これで参加者全員の賭け額が出揃ったことになる。
ディーラーは山札の一番上にあるカードを一枚捨てて、
2番目のカードから連続して3枚を場に出す。
このカードをフロップというらしく、私も霧さんもフロップと自分の手札を組み合わせて役を作るというのがゲームの概要だ。
場に出たカードを見て霧さんはニヤッとした。
いい役ができそうなんだろうなぁ。
そんな私のカードはクラブのAとクラブのQ
なかなかに勝てるのではないだろうか?
場に出たカードはクラブのK、クラブの10、ハートのAだ。
なかなかどころではない。
ほぼほぼ勝っただろう。
カードが3枚めくられたところで、
二回目のベッティングラウンドに入った。
霧さんはさらにレイズした。
「レイズ。200」
ここまで強気なのはむしろ怖さすら感じる。
「こ、コール」
4枚目のカードがディーラーによってめくられる。
カードはスペードのA。
この段階で私のスリーカードが確定し、5枚目によってはロイヤルストレートフラッシュかフルハウスが見える。
霧さんは止まらない。
「レイズ300」
「コール」
そして開かれる5枚目。
明かされたカードはダイヤのQ
フルハウスが完成した。
霧さんは変わらずにレイズする。
「レイズ200」
逆にこちらも勝ちが見えてきたので乗せてみる。
「レイズ!500!」
霧さんは一瞬驚いたようにこちらを見て、
ニヤリと笑った。
「コール」
ショウダウンというディーラーの掛け声に対応して、
手札カードをテーブルにオープンする。
霧さんは役なしだった。
「え!?霧さんブラフ!?!?」
「初心者相手だから華を持たせてやったのよ。」
「なんか色々考えて損した気分〜。」
「まぁまぁ、これで軍資金貯まったんだから、
いよいよ本番ってことだな。」
なんかいいようにあしらわれた気分だ。
これは絶対に負けられない。
いざ勝負!!!!
〜〜〜〜〜〜1時間後〜〜〜〜〜〜
「ショウダウン」
「ワンペア」
「ツーペアだ!やった!」
〜〜〜〜〜〜2時間後〜〜〜〜〜
「ショウダウン」
「ストレートだ!!!」
「残念、ストレートフラッシュ。」
〜〜〜〜〜〜3時間後〜〜〜〜〜
「ショウダウン」
「ストレートフラッシュだ!!!!!」
「悪いな。ロイヤルストレートフラッシュ。」
回を重ねるごとに霧さんはだんだんと強くなった。
最後のロイヤルストレートフラッシュで私の心は折れた。
「負けました。」
「よかろう」
勝負を終えた私に、手に汗握りつつ、固唾を飲んで見守っていた奥さん方が声をかける。
「ナイスファイト!」
「かっこよかったよ!」
「最後の勝負の時、あそこで降りる勇気も必要よ。
どう考えても霧島さんはブラフじゃなかったし、
いい手が来てるが故に周りのことを見ることができなかったのね。」
最後の一言は我らが勝負師緋奈子の言葉だ。
良い時こそ周りを見る。
これは座右の銘にしよう。
「お疲れさん。」
「あ、霧さん。
最後のロイヤルストレートフラッシュはずるいですよ。」
「しかたねぇよ、それが俺の運だ。」
「すごいなぁ。」
「ちなみに、この勝負で勝ったら何が欲しかったんだ?」
「霧さんの京都の家です。」
「家?なんでまた。」
「なんか大学も卒業したし、最近は仕事もリモートが多いし、東京に住むメリットがどんどん減ってきてるんですよね。
だからもっと静かなところで、音楽に集中できて、そこそこ都会なところでって、引っ越し考えてたんですよ。」
「なるほどなぁ」
「それで家の本とか雑誌見てたら、霧さんの京都の家があって、本当に理想通りの家で、いいなぁと。」
「よしわかった。
じゃああの家建てた会社と土地用意してやるから自分の思い通りの家建ててみな。
場所は京都にこだわりがどうしてもあるわけじゃないんだろ?」
「えぇ!?!?
負けたのに????」
「負けたから、京都の家はあげないってことだな。
負けても残念賞くらいは用意してるさ。
帰国したら会社の人手配するから、その人に要望とか伝えてみな。
建築費とかは心配するな。
好きにやってくれ。」
「え!?あ!!え???
ありがとうございます!」
やっぱり霧さんはすごい。
スケールが違う。
霧さんとの勝負を終えた後も、我々は夜通しカジノで遊んだ。
途中、ショーのリハーサルなどもあり、併設のシアターのようなところで見せてもらえた。
客席には、我々4人しかいないのに。
とても贅沢な時間を過ごしたところで夜があけて、外に出てみると、朝日が登り始めていた。
「綺麗…。」
「すごい…。」
辺りは波の音しか聞こえず、世界を独り占めしてるような錯覚を覚える。
音もなく静かに、水平線から太陽が昇ってくる様子はとても幻想的で神秘的だった。
太陽が昇ったところで、ホテルのバトラーが声をかけてくれた。
「今日は天気がよろしいので、ビーチで朝食などいかがですか?」
きっと景色に心奪われている私たちにサービスしてくれたのだろう。
「そんなことできるんですか!?」
「もちろん!」
バトラーさんが何か合図をすると、どこからともなく、移動式のウッドデッキのようなものがやってきた。
「ビーチでお食事ができるように、移動式のウッドデッキも用意してあるんです。
EVを改造している、自走式のウッドデッキなんですよ。
大体1〜2家族の方が一緒に食べられる大きさになっております。
お料理はコースのみになるのですが、あちらの厨房でシェフが作りまして、お届けいたします。」
そう言ってバトラーが指差したのは海外のリゾートホテルのビーチによくあるようなおしゃれなカフェバー。
「すごすぎ…」
霧さんのスケールのデカさには感服させられる。
さて、朝ごはんは何にしようかな。