オーディション4
午前中でこの一泊二日の合宿の最後のカリキュラムが終了した。
メンバーからは大きな声でありがとうございましたと言われ、芸能界の縦社会と若いって素晴らしいっていうことを実感した。
午後からは夜の発表に向けてリハーサルや準備をみんな自身が行うことになっている。
私は手が空くので部屋に戻ってお仕事お仕事〜。
ということで部屋に戻って抱えている仕事の続きをしていた。
しばらくすると部屋のドアをノックする音が。
時計を見ると発表にはまだ早い。
誰だろうか?
「はーい、今開けます。」
ドアの鍵を開け、来客を招き入れるとそこには
「よ、やってる?」
「冬元不健康!?!?」
誰だこんなふざけた名前と思うだろう。
しかしその腕はホンモノ。
稀代のヒットメーカーの敏腕プロデューサーがそこにいた。
「いかにも。冬元不健康だよ。」
「あ、いや、あのすいません。」
まだまだ私にもプロ意識がたりなかった。
いきなりの大物の来客に気が動転してしまった。
冬元先生を部屋に招き入れ、上座を譲ってお話を聴く。
「まず今回は企画に参加してくれてありがとう。
そしてメンバーにもレッスンをつけてくれてありがとう。
世界の第一線で動き始めた君の指導を受けることができてきっとメンバーも幸せだろう。
もっともその幸せをどこまで感じることができているのかはわからないがね。」
「いや、あの、恐縮です。」
「恐縮することはない。堂々と胸を張るんだ。
なんてったって、あの弓天音が君を評して私以来の傑物と発表したのだからね。」
先生、なんてことを…。
「そもそも弓先生のことご存知なんですか?」
「今のこの音楽業界で弓天音を知らないものはいないよ。
それは洋の東西を問わず、ね。」
「師弟共々過分な評価に恐れ入ります。」
「ま、それはさておき。
今日話をしにきたのは、これからのことなんだ。」
「これからのこと?」
「そうこれからのこと。
私は君にこれからも曲を書いて欲しい。
きっと納期が短かったり、無茶苦茶なことを要求したり、たくさんあると思う。
それでも、君には曲を書いてほしい。
そして、たくさんたくさん、君の音楽を私にも聴かせて欲しい。」
この言葉に私も心に感じるものがあった。
これは私に対するエールだ。
私も一端の音楽家としてこのエールに応えねばなるまい。
「冬元さん。
私は音楽家です。
私は音楽で生きていくと誓いを立てたその日から音楽家なのです。
冬元さんのように望んでくださる方が1人でもいる限り、私は音楽家であり続けるでしょう。
曲を書くこともある、プレイヤーとして音楽を作ることもある。でも、もしかすると歩みを止めてしまうことがあるかもしれません。
しかし、私は一生音楽家ですから、きっと音楽を止めることはないでしょう。」
「それを聞いて安心したよ。
ありがとう。これからもよろしく頼む。」
「もちろんです。
若輩の身ではありますが足掻き続けます。
どうぞよろしくお願いいたします。」
冬元さんとはそんな話をさせてもらった。
今回の合宿で1番成長できたのはもしかすると私なの
かもしれない。
レッスンカリキュラムもサクサクとこなすことができ、途中途中に挟まれたバラエティ用の企画の消化もでき、残すところは最後の発表のみとなった。
私としてはどのグループにも思い入れがあり、どのグループが曲を勝ち取ってもおかしくないと思う。
そろそろADさんが呼びにくる時間か?
と思ったところでドアのノック音。
ADさんに連れられて向かったのは初日のど頭でみんなが集合した大宴会場。
先程の冬元不健康プロデューサーや、番組のプロデューサー、各グループのマネージャーと所属するレーベルの部長などなど。
各グループがCDを出すのに必要な決裁をする人たちがみんないた。
「さてさて、何を見せてくれるのかね。」
会場の照明が落とされ、いよいよ。
最初のグループは目黒川。
彼女たちが選んだのは朗読劇だった。
音楽を自分たちで再解釈し、みんなで歌詞を考え、その歌詞に沿って劇を考え自らで演じる。
ストーリーは抑圧された少女たちが自我に目覚め、蛹だった少女は羽化し大きな蝶となり青空に飛び立っていくというもの。
衣装もありあわせで自分たちで作って舞台装置もあるものでなんとかしていた。
衣装など前持って準備できるものはともか、この短時間でよくそこまでできたものである。
作曲者としてもこれは嬉しかった。
音楽と真摯に向き合おうとするその姿勢が嬉しい。
文句なしの満点をつけようとしたがふとそこで手が止まる。
「あ、ここで満点つけたら後がきついわ。」
悩みに悩んでつけた点数が85点。
内容がちょっと難しすぎたね。
審査表に点数と総評を書いて提出する。
続いてのグループは隅田川。
彼女たちが選んだのはダンス。
ダンスを売りにしているグループなのでその判断に違和感はない。
披露したダンスはコンテンポラリーに近いが、割と一般にも理解されるレベルのコンテンポラリーダンスだった。
一糸乱れぬ群舞が非常に美しい。
満点!と言いたいところだがこちらも85点。
歌があると尚良かったね。
最後のグループが江戸川。
彼女たちは歌一本勝負。
確かに歌唱レッスンが1番多かったのは彼女たちだった。
彼女らも曲を再解釈して自分たちで歌詞を作ってきていた。
それをみんなで歌う。
ただれだけ。
ただそれだけなのだがそれがかなり難しい。
その舞台度胸は褒められるべきだ。
でもやっぱりダンスがあると尚良かったね。85点。
審査員がみんな成績をつけ終わったところで
別室にて協議。
各審査員の評価を名前を明かさず、みんなで再協議する。
やはり審査結果は割れていた。
きっと、どのグループに曲をあげたとしても誰かが泣きを見る。
私は思った。
みんなでやれば良くね?
様々な意見が飛び交う中で私が一言発する。
「みんなでやればいいんじゃないんですか?」
喧騒がぴたっと止む。
「み、みんな、とは?」
「だって、それぞれのグループ素晴らしかったですから。
目黒川の選抜、隅田川の選抜、江戸川の選抜でやると、歌メンバー、ダンスメンバーでバランスよくなるんじゃないです?」
「え、あの、前例が…」
「前例とかいります?
これまでにない新しいものを、わたしたちは世の中に発信するのが仕事だと思ってますけど。」
唐突に拍手が。
「素晴らしい。
予定調和は面白くない。
聴衆はすでに飽きてますよ。
それでいきましょう。」
冬元不健康先生だった。
先生の後押しのおかげで、「私のスタイル選抜」が選ばれることになり、審査結果の会議は選抜メンバー選びの会議と様変わりした。