オーディション3
5時に起きて、朝風呂入って、6時から朝食バイキングを食べて、メンバーとなるべく鉢合わせしないように謎の気を遣って部屋で仕事をしているとメンバーが部屋に挨拶に来た。
2〜3人でくりゃ良いのに全員来たよ。
各グループ別々に…。
芸能界って大変だな。
そして迎えた朝10時。
大広間で収録がスタートした。
結構みんな気合入ってるな。
気迫がすごいや。
途中なんか挨拶振られたから無難に一言二言返しといた。
私はとりあえず10時の収録の頭が終わるとしばらく出番がないので部屋に戻る。
今回の収録のテーマは合宿だ。
あえて合宿という言葉を使ったが、オーディションのテイをとっているがどのグループも何かしらの収穫を持って帰って欲しい。
なので、各グループそれぞれ歌唱のレッスンがある。
ミュージカル歌唱だろうがPOPS歌唱だろうが先生の元でありとあらゆるかわいがり(主にいつかの年末年始)を受けた私に死角はない。
まあ私は歌手になれるほど上手くは無いんですけどね。
部屋で抱えている仕事を少しずつ片付けながら、抱えてあえる仕事の多さに私ってほんとに大学生なのか?という疑問を抱きはじめていると、ADさんが迎えに来た。
「そろそろ目黒川さんのレッスンなのでよろしくお願いします。」
「はーい。」
特に私は気負うこともなく、昔から愛用しているソルフェージュの楽譜を小脇に抱えてレッスン会場という名の小宴会場に到着する。
そこにはアップライトピアノが一台と、目黒川の曲のピアノ譜が数冊。
アップライトピアノは私の要望で入れてもらった。
いつものルーティンでピアノを弾きながら指の体操をしているとメンバーがちらほらと入室してきてレッスン時間の10分前には全員がレッスンを受けられる体制になった。
「はい、おはようございます。」
メンバーたちの、元気なおはようございますの声に合わせて和音を弾いてあげるとちゃんとみんなお辞儀した。
うん。いい子たち。
「はい、じゃあ発声から〜」
なんの前置きもなくいきなりレッスンに入る。
やはり喉ができていない。
「全然喉開いてないねぇ。
じゃ喉開けるところから始めようか。
はいあくび〜〜」
私があくびの声を出しながら声を出して見せるとやり方がわかったのかすぐに順応した子がちらほら。
昔の偉い人は言いました。
やってみせ、言って聞かせてさせてみて、褒めてやらねば人は動かじ。
合ってたかな?
だから褒めてあげましょう。
「はい上手〜。」
私はレッスン中にピアノを弾く手を絶対に緩めない。
調律のあったちゃんとしたピアノの音は聴いているだけで耳が育つ(持論)。
なので待ちのときも弾き続ける。
すると私もレッスン生も時間を無駄にしない効率の良いレッスンになる。
その後も基礎的なお腹を使う訓練として重たいものを持たせて発声させてみたり、さまざまな訓練を積ませた。
この初回のレッスンでは歌は一度も歌わないつもりだ。
そろそろレッスンも終わりに差し掛かりそうだというところで、1人の女の子が声をあげる。
「先生〜、歌は歌わないのですか〜。」
今回の私のレッスン中は絶対に平坦な口語調での発言を許さない。
普通のレッスンをするときはそんな制約を課したりはしないのだが、リズム感を養うという意味でも1秒も無駄にしたく無いので今回はこんな奇策を設けている。
あと、お互い感情的に怒鳴ったりすることがなくなるので泣いてレッスンが止まったりすることもない。
テレビ的には涙がほしそうだが、私はテレビをしにきているわけでは無いし、テレビタレントでも無いのでそのような忖度は一切無い。
「歌を意識して歌う必要はないよ〜、レッスン中の全ての時間で音楽をするということはそれ全て歌うということ〜。」
とまぁこんな感じで90分、10分前からスタートしたので都合100分のレッスンが行われた。
また和音でレッスンを締めてお辞儀をして解散。
みんなが部屋からはけたところで閻魔帳に印をつける。
順応するのが早かった子、疑問を持ちながら前に進める子、体を使って声を出すのが得意な子などなど、目立つ子にはどんどん印をつけていく。
「意外と先生って面白いかも。」
新しい自分の扉を見つけたような気がした、合宿1日目のお昼過ぎのことである。
その後もレッスンカリキュラムをサクサクと消化してみんなの基礎力を徹底的に扱きあげる。
光るものがある子はその光るものを徹底的に磨き上げる。
レーダーチャートで凹んでいるところは少しだけ凹みを戻してあげ、尖ったところはさらに鋭くするイメージというのだろうか。
気を衒うような玄人向けのレッスンではなく誰でもできる基礎を磨く。
基礎こそが我が身を助けるのだ。
〜〜〜〜〜合宿1日目を終えて〜〜〜〜〜
「どうだった?」
カメラマンを兼ねた私が聞く。
「すっごい楽しかったです!
ずーっと楽しかったし、負担もなかったのにレッスン終えてみるとなんかすごい疲れてる…。
なんかお腹筋肉痛だし…。」
川シリーズの彼女たちはみんなこんな感想を抱いていた。
どのグループに聞いても大体こんな感想。
アイドル番組の合宿といえば鬼教官がアイドルたちを徹底的に扱き上げ、こき下ろし涙涙で最後笑顔で大団円というのが定型パターンだし、私もそれを撮るつもりで来ていたが蓋を開けてびっくり。
全くそんな様子は無い。
これも時代の変化なのだろうか?
それとも藤原さんが圧倒的なカリスマを持ち合わせているのだろうか?
インタビューを終えた彼女たちは、
オーディションの打ち合わせに行ってきまーす!と元気いっぱいに部屋に戻っていった。
いつもと違う合宿の雰囲気に、何が起こるのだろうか?というワクワクと、ちゃんと撮れ高は確保できるのだろうかという不安が心の半々を占めている。
だが私はワクワクのほうに転んでくれることを祈るしか無い。
藤原先生、頼みましたよ!