オーディション2
目黒川の柚木さんの発案から始まった出し物は
どうやら3グループのヒット曲メドレーという形で落ち着いたみたいだ。
曲が始まってじっと観察する。
曲は大広間に備え付けられていたカラオケセットを使い、歌いながら踊る。
「ほぇー、すごい体力だ。」
歌いながら踊るというのはめちゃめちゃ体力を使う。
踊ると息が上がるので、歌に影響しがちであるが、それを一切感じさせないのはやはりプロだ。
テレビを全くみない私でも聞いたことがある、彼女たちの曲の生パフォーマンスには少し感動した。
目黒川の次は隅田川。
3グループで最大の流域面積を誇る隅田川は、やはり人数も多い。
前乗りしている人数も多く、群のパフォーマンスがカッコ良い。
そしてラストは江戸川。
なんというかメンバーが若いような。
打ち合わせの時にいただいた事前資料によるとバラエティが得意なんだってさ。
でもパフォーマンスは負けず劣らず素晴らしい。
こりゃオーディションも難しくなるなぁ。
パフォーマンスも見せていただいたところで、宴も酣ということで、各自解散、明朝10時集合となった。
私は部屋に帰るとパソコンを開いてお仕事の続き。
スイートの部屋を使わせてくれているので洋間もあり、そこにはアップライトのピアノが置いてある。
「ピアノが置いてあるのはほんとにありがたいよなぁ。」と独り言を零しつつ、自分の練習とつい最近出来上がったストック行きの曲を弾いて完成度を確かめる。
ピアノをガンガンに引き倒していると部屋のチャイムが鳴った。
「ん?誰だ?」
ドアの覗き窓を見るとそこには先程パフォーマンスを披露してくれた隅田川のメンバーが。
名前はまだ覚えてない。
「はい、どうしましたか?」
「ちょっとお話したいことが…。」
何やら思い詰めた様子。
かと言って部屋に入れるのはまずい。
「わかりました、では30分後にロビーの談話室で。」
「今じゃ……ダメですか…?」
いやぁ!厳しいでしょう!!
年頃の男女がさぁ!
相手はアイドルですよ!
「わかりました、じゃあマネージャーさんも呼んでください。」
「……はい。」
とりあえず本人は部屋に入れてあげる。
そしてリビングのソファに座ってもらってマネージャーさんに電話をかけてもらう。
念のために私からもショートメールを送っておく。
万が一を考えて各グループのマネージャーさんの連絡先登録しといてよかった。
「それで、ご用件は?」
「お願いがあるんです。」
「はい。
聞けるかどうかはわかりませんが
聞くだけ聞いてみましょう。」
「………私の音痴を治してください…。」
「……ヱ?」
「私の音痴を治してください!!!!!!」
「まぁ落ち着けよ。」
「すっ、すいません…。」
「へぇ、音痴なんですか。」
「はい、すごく音痴で…。
ボイトレに通えるようなまとまった時間もなく…。」
「まぁ君は特に忙しいでしょうね。」
私は事前資料をペラペラとめくりながら目の前にいるアイドルの情報を探す。
お、あった。
そうそう、隅田川の桜智絵里さんだ。
さくらチェリーってなんかすごい名前だよね。
でも本名なんだよな。
現状人気上位のメンバーで、これまでのシングルはセンター?こそないものの選抜メンバーらしい。
なんか野球みたいだよな。一軍二軍みたいな。
雑誌のモデルも専属でやりつつ、ピンでの仕事も多いらしい。
歌手としてのソロデビューを目指しているが現状では難しいと。
「ありがたいことにお仕事をたくさんいただいておりまして…。
ここ数ヶ月ほどは丸一日お休みという日がありませんでした。
急に半日お休みとかは何度かあったんですが…。」
「アイドルって大変なんですね。」
「いえ、そんなことは!」
と言ったところでマネージャーさんが飛んできた。
「藤原さん!申し訳ございません!!!!」
「いえ、大丈夫です。
もし大丈夫そうだったらこちらの桜さん、今から30分だけでよければレッスンつけてあげようかと思うんですけどどうです?」
「え?良いんですか!?」
「マネージャーとしては願ったり叶ったりですが藤原さんのご予定とかは…?」
「まぁ30分なら。」
「「ありがとうございます!!」」
ということでマネージャーさん同席の上で洋間に来てもらいレッスンすることに。
「はい、はじめます。」
「お願いします!」
「正直音痴というのは30分で治ります。」
「えっ!?」
「今ボイトレの先生は治してくれなかったって思ったでしょ?」
「う…はい。」
「多分その先生は根治を目指して、あなたが続けやすい方法で考えてくれてるからですね。
だからその先生のとこ通ってれば自然といつか治ります。」
「そうなんですね…。」
「でも今回はオーディションがあるのですぐに直します。
ある意味付け焼き刃なので、すぐまた戻るかもしれませんが、今回のレッスンを録画して見返してみてください。
マネージャーさん録画してもらって大丈夫ですので。」
「ありがとうございます!!」
この後音痴のメカニズムを解説して、実際に歌ってもらって、新しい音を脳に覚え込ませる作業をして、もう一度歌ってもらって終了した。
「劇的に良くなりましたね。」
「はい!ありがとうございます!」
「はい、オーディション頑張ってくださいね〜。」
お二人を見送ると私はソファに崩れ落ちる。
「めちゃくちゃ良い匂いだった……。」
アイドルってあんなに良い匂いなんか…?
すげえな芸能界…。
なんならマネージャーさんもめちゃくちゃ美人だし良い匂いだったし…。
※幸祐里も緋奈子も芸能界のモデル界隈の人です。
「今日は神経使ったしもう良いか、風呂入って寝よ。」
スイートルームには備付けの露天風呂がある。
たまらんなこりゃ。
さて、明日から始まるオーディション、どうなるかなぁ?