あるアイドルの話1
私は柚木ひかり
目黒川33のキャプテンを務めている。
今日は待ちに待ったオーディションの日。
初めて聴いた時に、全身を稲妻が駆け巡るようにさえ感じたあの曲を勝ち取るためのオーディションだ。
普段から私たちのグループでは、作曲は外部委託が多い。
それに総合プロデューサーが詞をつけていくという手法で曲をリリースしている。
どこから見つけて来たのかわからないけど、総合プロデューサーが面白い作曲家を見つけたからということで発足したこの企画。
初めは乗り気じゃなかったけど、曲を聞いて理解した。
いや、理解させられた。
仮歌も入っていない、まだ未完成曲なのに。
未完成なのにもうこんなにも力を持っている曲に私は初めて出会うことができた。
であるが故に21曲の曲分けは熾烈を極めた。
極めに極めたが、最後の最後。
21曲目。「私のスタイル」
これだけは本当に混迷を極めた。
どのグループのリーダーもマネージャーも譲らなかったのだ。
なんなら、この曲のために他の曲を譲ったとさえ
いうグループもあった。
この曲が持つ力をみんな感じ取ったのだろう。
というわけで、全員企画が発足した。
その企画を行うにあたって作曲した藤原先生から一つ宿題が出た。
「この曲を表現してください」
なんとも難しい注文だ。
良いじゃないか…受けて立つ。
私たちもアイドルとして一分野を牽引している表現者だ。
当日は藤原先生も来てくださるとのこと。
楽しみでしょうがない。
私は心の中で熱を発する炎を心地よく思っていた。
当日に向けてみんなで特訓だ!
そして迎えた当日。
私達は、明日企画に参加する全員ではないが、半数程度の人員で前乗りした。
食事会があると聞いていたのでそこに参加してやる気ありますアピールしなきゃ。
「今回どんな先生なんだろうね?」
「私調べたよ!」
「お、どんな人?」
どうやらメンバーの1人、久山みくるがリサーチしたらしい。
「えーとね、ハタチの現役大学生。」
「若い!」
現役大学生!?
私より年下じゃない!!
「そんでこの前までアメリカのジュリアード?に留学してたらしい。」
「天才だった。」
前言撤回。
歳とか関係ねーわ。
ホンモノってことだわ。
「ジュリアードってすごいの?」
「世界の音楽の天才が集まるところよ。
音楽だけじゃなくて舞台芸術とかも天才。
でも良くわかったわね、ジュリアードにいたこと。」
「あのね、名前で検索したらジュリアードの年間最優秀学生みたいなやつ取ってる人が同姓同名でいて、詳しくリサーチしてみたら多分この人っていう感じ。
作った曲ジュリアードが買い取ったんだって。」
メンバーの音大生に聞いたことがあるが、大学が生徒の作品を買い取ることなど滅多にない。
滅多にないが、ないことではなく、それが何を意味するかというと、めちゃんこ優秀だということ。
「マジモンの天才だったね。
今回一筋縄じゃ行かないよ。
気合入れてこ。」
「あ、後追加。
目産のスカイラインの、CMの曲作ったのこのひとらしい。」
「もうすごすぎて言葉も出ないよ、みくるちゃん。」
「大丈夫!私達ならなんとかできる!」
「心折りにきたお前がいうんかい。」
何はともあれオーディションがもうすぐ幕を開ける。