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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

よくある小さな町に、今

作者: 禮矧いう

 むかーし、むかし。あるところに……。

 その言葉はお話の冒頭に於いて、常套句ではありますが、私のお話を始めるにあたっては似付かわしくありません。

 私のお話は昔のことでも、どこかの山村の小さな茅葺屋根のお家という訳でもありません。今、現在生きている私の話です。

 だから私は私の、高木雪子のお話をこうして始めたいと思います。

 よくある小さな町に、今……


 よくある小さな町に、今、一人の女の子が住んでいます。その子は頭が良く、自分のことは自分で出来る子です。また、愛想も良く、友達の話をよく聞き、誰にでも気さくに話しかける子でいつも楽しそうです。

 私はそういう女の子です。

 自分のことを褒めているように見えますが、そういう訳ではありません。そういう風に思われるようにしているので、そうなのです。

 私はいつもの様に学校から帰ってすぐにランドセルの中から宿題を取り出し、食卓でそれをします。まずは宿題漢字と算数のドリルです。

 それ程の時間もかからず終わってしまいました。

 あとは自由ノートと言ってなんでも好きなことを一日一ページするものがあります。けれど、それはいつも夜ご飯を食べた後にするのでまだ残しておきます。

 宿題が終わった後は夕ご飯の買い物です。お母さんの帰りが遅い日は食卓に一枚の千円札が置いてあって、冷蔵庫の中のものだけで足りないときにそのお金を使います。

 低学年の頃は何か作り置きがしてありました。けれど、もう、私は高学年です。お母さんに迷惑ばかりかけてはいられません。

 自分のことは自分でです。

 私はいつもの様にエコバックを持ち、マンションを降りて近くの商店街に向かいます。今日は水曜日です。お肉を食べる日なのに冷蔵庫の中にはお肉が一かけらも残っていませんでした。

 マンションの前でミニチュアシュナウザーの花ちゃんが散歩をしていたので手を振ります。

 花ちゃんは「ワン」とひと吠えして返事をしてくれました。

 それからお寺の上人さんに

「こんにちは。」

 と挨拶をすると

「はい、ユキちゃん。こんにちは。今日もお遣いかい。偉いねえ。」

 と褒めてくれました。正確に言うとお遣いでは無くて、自分が必要だと思った物の買い物というのが正しいです。けれど、説明すると面倒なので言いません。言わぬが花です。

 少しして商店街までやってきました。近くにスーパーマーケットもありますがやっぱりこっちに来てしまいます。最近、テレビや本などで閑古鳥という鳥さんが鳴く商店街が多いと聞きました。けれど、この商店街は結構の人が買い物に来ているので、そんな珍しい鳥はいません。居るのは人を恐れないカラスとスズメとハトくらいです。

 商店街に入ってすぐに入口の花屋の桃子さんに話しかけられました。

「雪子ちゃん、こんにちは。今日は何のお買い物?」

「こんにちは、桃子さん。お肉を買いに来ました。」

「そう。またうちにも寄ってね。」

「はい。分かりました。」

 桃子さんはこの時間いつも、外の鉢植えに水をやっています。そして、いつもそこを通る私に声をかけてくれます。

 それから、印鑑屋さんのとめさん、文具店の銀さん、古本屋の侘助さん、というこの商店街の三人の長老に手を振ります。

 みんな手を挙げたり、振ったりして応えてくれました。

 その先の魚屋さんでは、

「高木の嬢ちゃん、今日はいい鯵があるぞ。」

 と店主の浩司さんに声を掛けられます。

「ごめんなさい。今日は水曜日だからお肉の日なの。」

 そう私が断っても

「おお、そうだ、そうだ。じゃあ、またおいでな。」

 と威勢よく送り出してくれます。

 すると隣の八百屋の京子さんが

「ユキちゃん今日は何か買うかい?」

 と聞いてきてくれます。

「大丈夫。キャベツも玉ねぎもあるから。」

「そう、なら大丈夫ね。これ、持って行きなさい。」

 そういって、横の籠から大粒の苺をヘタを取って渡してくれます。

「ありがとう。」

 私はお礼を言います。それから苺を齧りつつ、また歩き始めます。

 クリーニング屋さんと駄菓子屋さんの前を通りましたが、水曜日は休みなので、シャッターが締まっていました。それからお肉屋さんに着くと、

「あらユキちゃん。いらっしゃい。」

 と恰幅のいいご婦人が声を掛けてくれます。

 肉屋の女将さんの豊江さんです。

「こんにちは、豊江さん。今日は何がオススメ?」

「そうね。いつもより割安なのが牛コマ、美味しいのが豚バラ、珍しいのだと牛のネックね。」

「そう、……じゃあ、豚バラ下さい。この前、牛は食べたから。」

「そう。百で良いかい?」

「うん。お願いします。」

 すぐに豊江さんはお肉を袋に入れてくれてます。

「はい。これ、百九十八円ね。」

 私は言われた通りお金を渡します。

 それと交換に二重のポリ袋に入ったお肉を私の持っているエコバックに入れてくれます。

「ありがとうね。」

「はい、また来ます。」

 そう言って私は家路につきます。帰りも同じ道を通るので、八百屋さんの京子さんに苺のお礼を言って、魚屋さんの浩司さんと少し話をします。その後、古本屋の侘助さん、文具店の銀さん、印鑑屋さんのとめさんにはやっぱり手を振ります。花屋の桃子さんはもう中に入ってしまっていて会えませんでした。

 こうしていつもの様に町のみんなと遊びながらの楽しい買い物は終わりです。


 家に帰る頃には太陽は沈みかけていて、マンションの西側を真っ赤に染めていました。私はその西日の暑さから逃げるように家に帰って、クーラーをつけます。すぐに涼しい風が吹いてきました。

 私は少し風に当たります。

 気持ちいいです。

 それから私は

「よし。」

 と一言自分を鼓舞して動き始めます。

 今日は肉野菜炒めと味噌汁にします。ご飯は朝炊いておいたのが残っているので、もう夕ご飯を作り始めて大丈夫です。

 味噌汁は適当にお湯を沸かして出汁と味噌を入れたら出来るし、肉野菜炒めも適当に炒めたら出来るのでよく作ります。味噌汁の具は豆腐があるし、野菜はキャベツと玉葱があるのでそれを使いましょう。緑黄色野菜がないですがまあいいでしょう。

 冷蔵庫の隅にその緑黄色野菜のピーマンを見つけましたが無視をします。

 苦いのは苦手です。

 お母さんがいるときは好き嫌いをせずに食べますが、一人の時はしません。だって、食べなくても怒られませんからね。

 それから三十分程で作り終え、さっきまで宿題をしていた食卓に持って行きます。その時、キッチンの、背が足らないのを補うための踏み台から落ちそうになりましたが、お皿を落とさずに済みました。

 セーフです。

 食卓にご飯を並べた後、自分の部屋から誕生日プレゼントで買って貰ったチェキを取ってきて写真を撮ります。出てきた写真を少し離れた所に置いておいて、私はご飯を食べ始めます。

 結構おいしいです。いつもは少し、キャベツを焦がしてしまうのですが、今日はうまくいきました。きちんと野菜に歯応えが残っていて、お肉も生臭くありません。

 それからすぐにご飯を食べてしまって、流しの水を張って浸けてあった料理器具と食器を洗います。

 私は食器を洗い終わると、食卓に戻りチェキで造影された写真の像が出ていることを確認します。それから、白い枠に日にちを書きこみます。

 このチェキの何の為にあるのかよく分からない大きな枠って使い勝手が良いですよね。

 私は買い物に出る前に机上に置いた自由ノートを取り出し、今日のページを開けて写真を張ります。その横に、レシピと感想を書き込んでお終いです。

 いつも、自分で料理を作った日はそれをこのノートに写真や絵と一緒に感想を載せます。担任の先生は主婦なのでアドバイスをくれたり、褒めてくれたりします。

 あまりお母さんはそういうことをしてくれないので、正直、嬉しいです。

 その宿題を終えた後、ノートをランドセルにしまうと、私はお風呂に入ろうと洗面所に行きます。それから服を脱いで洗濯機に入れ、

 お風呂場の戸を開けます。

 あっ、お湯を張るのを忘れていました。

 うっかりです。

 私はお風呂のボタンを押してお風呂場を出ます。もちろん栓をするのも忘れません。

 服は面倒なので着なくてもいいですかね。

 そう思って脱衣所を出ましたが、やっぱり女の子として、はしたないような気もしたので、お風呂上りに羽織るつもりだったジャージを肩にかけます。

 そういえば、食卓の横にランドセルを置きっぱなしにしていました。

 私はランドセルを手にぶら下げて自分の部屋に持って行きます。それから連絡帳を取り出して明日の予定を確認します。すると明日は体育があるようです。体操着を準備しましょう。

 あとは今日と同じようなのでランドセルの中身はそのままです。きちんと宿題が入っていることを確認してから、ランドセルを締めます。

 これで今日中にやっておくべき事は終わりました。

 はてさて何をしましょう。

 お湯が入るまでまだ五分くらいあります。

 何かをするのには足りず、何もしないのには長い時間です。

 そういえば、この前買って貰った本がありました。凄くすごく短い物語が沢山載っている本です。

 これなら少しの時間で読めるでしょう。

 私は本棚からその文庫本を取って、自分の部屋の小さなちゃぶ台の前で読み始めます。

 取り敢えず順番に読んでいこうと、その中の一番初めの物語に目を通します。

 物語の内容は、真面目なロボットがある一つの失敗によって捨てられてしまうという話でした。

 ハッピーエンドで終わらない本をあまり読んだことがなかったので、何だかよくわからない気持ちに駆られます。私は本を閉じて机上に置き、ベッドに身を投げます。

 この物語、初めから終わりまで何だか暗くて、少し怖かったです。それにずっと真面目に働いていたのに、簡単に捨てられてしまったロボットのことを考えると悲しい気持ちになりました。けれど、働き続けていたロボットがやっと休むことが出来てよかったという気持ちにもなりました。

 そんな風な、いろいろな感情と感想が入り混じって、今、私の中でぐちゃぐちゃになっています。

「チャラララン。チャラララン。チャラララン。お風呂が沸きました。」

 台所の給湯器のアナウンサーから音楽と共にお湯が沸いたという知らせが届きました。

 私はお風呂に入ります。

 お風呂を上がってからは、朝読んでいなかった新聞に軽く目を通して、自分の部屋に戻ります。

 そういえば今日返ってきた算数のテストがありました。お母さんに見せなくてはいけないので食卓の上に置いておきます。

 今回は計算ミスをしてしまって、八十五点でした。

 はっきり言って低い点数です。

 まあ、この前は九十八点を取ったので怒られないでしょう。

 確か、この前も計算ミスで満点を逃したのでした。

 それから私は玄関の電気だけを残し、他の全ての明かりを落としてベッドに寝転びます。

 今日はどんな夢を見れるのでしょう。


「……子。…き子。雪子!」

 私は突然叩き起こされます。

 もう朝でしょうか。

 久しぶりにお寝坊をしてしまった様です。

「お母さん、おはよう。」

「雪子!あのテストは何なの!」

 私の挨拶には返事が貰えませんでした。

 お母さんは仕事の時の装いをしています。

 そして何より怒っている様です。

 やっぱり寝坊は駄目ですね。只でさえ朝は機嫌の悪いお母さんを怒らせてしまいます。

 お母さんは、今、眉間にしわが寄って目が細くなっています。目に角を立てています。

「お母さん。ごめんなさい。寝坊しました。」

 私はすぐに起き上がってベッドをおります。

「何、馬鹿なこと言ってるの。まだ夜よ。」

 お母さんはまた私に怒鳴ります。

 夜?

 どういうことでしょうか。状況が掴めません。

 私がそうやって困っているとお母さんはもっと険しい顔になります。髪の毛は逆立っているようにも見えて相当怖いです。怒髪冠を衝くです。

「また話を聞いていなかったの!だから、あのテストは何!」

 甲高い声で叫ばれました。

「テスト?」

「なんであんなに点数低いの。小学生のテストなんだから百点取って当たり前でしょ。」

 ああ、テスト。

「お母さん、ごめんなさい。計算ミスを」

 と、私がこまで言って、言い訳をしようとすると

「また、そうやって言い訳をして、言い訳は聞きたくありません。」

 と私の言葉を遮ります。

「それにこの前もケアレスミスで百点取れなかったじゃない!同じ間違いを何度したら気が済むのよ!いい加減学習しなさい。」

「ごめんなさい。」

 私は申し訳無さそうに謝ります。

「ごめんなさいじゃないでしょ!そうやっていつもいつも謝るだけ謝って、改善をしなきゃ意味がないじゃないの!」

「……はい。」

「大体ね。あなたは不注意が多いのよ。きちんと最後まで物事を見れないところがあるわ。今日だって玄関の明かりがついたままになってたのよ。」

「それは……。」

「また言い訳するつもり。」

 私は、お母さんが帰って来た時に暗いと思ってつけておいたのだと言いたかったのですが、また怒られました。

「ごめんなさい。」

「ほら、やっぱり改善されていないじゃないの。それもさっき言ったところよ。」

「ごめんなさい。」

 私は謝りながら時計を見ます。

 もう十二時です。

「ほらまた謝った。それもさっき注意したところよ。」

「はい。」

「それにさっきからあなた、はいとごめんなさいしか言ってないじゃないの。もっと何か言ったらどうなの。」

「……」

 言い訳するなと言ったのはお母さんじゃないですか。

 私はそう言いたかったのですが言葉が出てきません。

 十二時を回りました。眠たいです。

 お母さんは私が時計に目をやったのを見ると、

「はあ。」

 と溜息をつきます。それから、

「もういいわ。あなたは駄目ね。怒られてる時くらい集中して話を聞いたらどうなの?」

 と冷たい声で言い捨てます。

「……」

 私はやっぱりだんまりです。

「私はもう寝るから。あなたは勉強してから寝なさい。どうせ、算数の教科書、授業でやっていない問題があるでしょ。」

 お母さんはそう言って部屋から出ていきました。

 私は誰もいない空間に向かって

「……はい。」

 と言います。

 怒られるのは終わりましたが、まだ眠れないようです。

 私はお母さんがシャワーを浴びている音を聞きつつ、ランドセルから算数の教科書を取り出して、授業中にやっていない問題を自由ノートにやり始めます。今日は二ページ目ですがいいでしょう。

 やっぱり眠たいです。

 駄目だと思ってはいるのですが全然集中できません。

 欠伸が止まりません。

 私は引き出しからカッターナイフを取り出し、左腕に刃を突き立てて横に引きます。

 あまり痛くありません。

 もう一度同じところをなぞります。

 点々と血が浮き上がってきます。

 やっぱりあまり痛くありません。けれど少し目が覚めました。

 私はカッターナイフを鉛筆に持ち替えてまた算数の問題を解き始めます。左手は体の横にぶらんと垂らしておきます。ノートに血が付くのはごめんです。

 算数の問題はまだまだあります。――早く終わらせないと眠れません。

 頑張りましょう。


 あれから一時間が経ちました。

 お母さんは一度私を見に来てそれから寝室に行って寝たようです。

 やっと、終わるめどが立ってきました。塵も積もれば山となるです。

 けれど、さっきから全然進みません。

 怒られた時のことを考えてしまうのです。

 怒られてる時は駄目だなと思うのですが、よく考えるとなんとなく納得いきません。

 確かに同じ失敗を繰り返してしまった私が悪いです。怒られている時に時間を気にしてしまった私が悪いです。それに言い訳を重ねたことも見苦しかったのかもしれません。

 けれど、……けれど、私だって言い分があります。それを聞かずに言い訳だと言って切り捨てられたら、私は何も言えなくなります。それなのに、謝ったり、同意したりばかりを繰り返したら、今度は何か言えと怒られます。それだったらどうしようもないじゃないですか。黙っても喋っても怒られるのなら私がその場で出来ることなんてありません。かといってそこから逃げ出せば後でもっと怒られるに決まっています。八方塞がりです。

 私は黙ってお母さんの怒りが冷めるまで我慢し続ければいいのかもしれません。でも、玄関の電気のことのように誤解されたまま怒られても腹が立ちます。その上、改善しようとか、申し訳なかったとかそういう気持ちにもなりません。腑に落ちないまま喉で突っかかった感じになります。

 ああ、駄目です。

 こんなことを考えて、屁理屈を捏ねて反省しないから不注意が治らないのかもしれませんね。

 今だって集中して早く算数の問題を解き終えなくてはいけないのに、別のことばかり考えてしまっています。私はやっぱり駄目な子なのです。

 自分はきちんと反省していないのに、お母さんの粗ばかり探しています。

 これではまた怒られる方に一直線です。

 集中しなくてはいけません。

 私はさっき使って勉強机に置きっぱなしになっていたカッターナイフを手に取ります。

 やっぱりこれも片付け忘れていました。駄目な子です。

 左腕を見ると傷口の血が固まっています。

 私はそのかさぶたを剥ぎ取って。腕の切り込みを露出させます。その深さ一ミリに満たない割れ目にいつもより強く力を入れてひっかきます。すると、一瞬中が白くなってそれから血がふつふつと湧き出てきます。今回は点々と血が浮かぶくらいではなく、腕を伝って流れるくらいです。

 あまり痛くはないです。

 人として駄目だからですかね。

 私はいつもの様にティッシュで血を拭き取って、鞄のポーチに入っているガーセの無い絆創膏を張ります。

 今、ほかに傷はないのであまり目立ちません。

 私自身は見られてもなんとも思わないのですが、友達が怖がったり、気味悪がったりするので隠します。

 なんでこんなことをするのか自分でもわかりません。でも、なんとなく安心するし、気分の切り替えになるのでしてしまいます。

 それに、そんなにおかしいことではないとも思っています。

 軽く傷の処理を言えた私はさっさと算数の問題を終わらせます。明日も早く起きなければ、またお母さんの導火線に火をつけてしまうでしょう。朝からまた怒られるのは嫌です。

 腕を切ったからでしょうか。

 よく捗ってすぐに終わりました。

 算数の教科書、自由ノートをランドセルに戻して筆記用具を片します。それから捲っていた長袖のジャージをきちんと伸ばしてから、部屋を出てトイレに行ます。その後水を一杯飲み、落ち着いた状態でベッドに寝転びます

 ふと、寝る前に読んだロボットのお話を思い出します。

 あのロボットは一度の失敗で捨てられてしまいました。

 けれど私は何度失敗しても怒られるだけです。もしかしたら、何度も同じ失敗をし続けたら駄目なのかもしれません。でも、まだ捨てられてはいません。

 だから大丈夫。

 捨てられないように頑張るだけです。

 次のテストは絶対満点を取ります。

 大丈夫、大丈夫、だいじょ…う……


 おはようございます。

 現在、九時です。

 朝ご飯を食べています。

 寝坊です。

 起きたら八時半でした。

 お母さんはもう家を出た後で、机に《土曜日には帰ります》という、メモと五千円札が置いてありました。

 出張の様ですね。

 お母さん自身が急いでいて私を起こす時間がなかったに違いありません。それはその走り書きのメモからよく分かります。

 私は起きた時点で遅刻が確定していたので、学校に連絡してその旨を伝えました。

 朝ご飯を食べてから行くので大幅に遅れると先生に言うと、ゆっくり来なさいというお許しが出ました。だから、あまり急いでいません。普段、真面目にしているので、たまの失敗にはお目こぼしを貰えたようです。

 何だかもう先生のお許しがあったのもありますが、確実に遅刻するというのが決定した状況では急ぐ気すら起きないということが分かりました。不思議な感覚です。

 朝ご飯を新聞を見ながらゆっくりと食べ、片付けをして、歯を磨き、髪を整えてから薄手のカーディガンを羽織って出発ます。その時にはもう十時でした。

 四限目には間に合うでしょうか。

 私はそんなことを考えながら家を出ます。

 お母さんは二日間家を空けるみたいなので少しは休めます。別にお母さんのことが嫌いという訳ではないのですが、いないときは色んなことを落ち着いて出来る気がします。突然怒られるということが無いですからね。

 今日は空に少し雲がかかっていて過ごしやすい日です。

 いつも、登校の時には花ちゃんに会うのですが、流石にこの時間では会えません。でもたまたま上人さんがお寺の前にいたので声を掛けます。

「上人さん。こんにちは。」

「やあ、ユキちゃん。こんにちは。あれ、えらく遅いね。」

 上人さんは微笑みながら応えてくれます。

「うん。寝坊しちゃいました。先生に連絡したらゆっくり来いって言われたから、ゆっくり登校中です。」

 私が事情を説明すると上人さんはホッホッホッ笑って言いました。

「そうかい、そうかい。しっかりしているユキちゃんでも寝坊をするんだね。」

「うん。でもそんなにしっかりしてないですよ。そそっかしくて昨日の晩もお母さんに怒られちゃった。」

「ホウホウ。ユキちゃんにもそういうところがあるのかい。」

「うん。それでお母さんに怒られるから治さなきゃ……。」

 私は少し困りながら言いました。

「そうだね。ユキちゃんは普段はしっかりしていて、賢い子なんだから、急いだ時こそ後ろを確認するようにしたら大丈夫だよ。」

 上人さんはそう慰めながら私の頭を撫でてくれました。

「うん。ありがとう。」

 私はお礼を言います。

 すると上人さんはにっこりとお日様のような優しい顔になって

「ほら、あんまり遅れると先生がご心配になるよ。もう行きなさい。」

 と言って送り出してくれます。

「はい。さようなら。またお話してくださいね。」

 私はそう言って学校に走り出します。

 後ろから、「気を付けるんだよ。」と言う上人さんの声が聞こえてきたので、「はーい。」とだけ返します。

 たぶん上人さんは、今、また太陽みたいな笑顔になっているんでしょう。あの笑顔は人を優しい気持ちにさせてくれます。

 そうだ。今日の夜ご飯は何にしましょう。

 今日は魚の日です。あの威勢のいい浩司さんにオススメを聞いて何か作りましょう。

 それから昨日読んだ本の続きを読んで、今日ははよく寝ましょう。

 明日の朝は早く起きて算数の勉強をします。一度やったところをもう一度すれば計算ミスが少なるかもしれません。上人さんの言っていたように急いだ時ほど確認をしてです。

 それから次のテストではきちんと満点を取ってお母さんに見せます。

 褒めてくれるかどうかはわかりませんが、絶対満足そうな顔になってくれるでしょう。私はそれだけで満足で嬉しくなります。

 私のお話はまだまだこれからです。

 近所の犬と遊び、お寺の上人さんに話を聞いて貰って、商店街のみんなと楽しく関わり、学校に行きます。偶にお母さんに怒られて、悲しい気持ちになったり、色々訳が分からなくなったりして腕を自分で切ったりしてしまうけれど、基本的には楽しい毎日を過ごします。

 多分、他の子とは少し違っています。

 他の子は自分で自分を傷つけたり、自分で夜ご飯を作ったりはしません。でも、私は色んな人とそれなりに楽しく生きています。

 だから、これからも変わらず楽しく過ごしていくのでしょう。

 今日も明日も明後日も、昔々と言われるまで。


読んでいただきありがとうございます。

感想、批判、罵倒、嘲笑、などなんでもよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最初読み始めた時は、雪子ちゃんに対して「いい子だなぁ」という程度しか思わなかったのに、 作品を読み進めて行くうちにどんどん引き込まれていき、 最終的にはなんだか雪子ちゃんを抱きしめてあげた…
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