プロローグ 一歩違えば エピローグ
ーそれは、閃光の如く。
刃が瞬いたかと思えば次の瞬間には血に塗れた異形の腕が宙を舞う。
魔物は驚異の跳躍力で男から咄嗟に距離をとった。
「ガアアアアアア!!」
それは痛みからか、それとも怒りか。どちらにせよ目の前の怪物が殺意を持って咆哮している事には変わりない。
だが先程吠えた獣が視線を戻す頃には既に勝敗は決していた。胸には金色の翼を模った意匠を見てとれる鍔が『生えて』いる。
気づいた時には既に声を上げる間もなく、獣はタイルの床に倒れ伏した。
投げられたのだ。あろう事か聖剣を。最強の武器を手放すどころか投擲するとは。魔物は驚愕に目を見開き絶命した。
男は倒れた魔物を足で裏返し胸から聖剣を引き抜く。
「さあ魔王よ!残るは貴様だけだ!」
「ほう!我が腹心まで退けるか!」
魔王と呼ばれた青ざめた肌の男ーもっともシルエットこそ人間だが宵闇のような外套の裾からは同じく青ざめた尻尾を生やし、額からはいくつかの白く小さい角を不規則に生やした男は心底愉しげに嘲笑った。
「貴様の出自は調べてある。ただの貧しい村の子供だったはずの貴様がよくぞここまで研ぎ澄ませたものよ」
白く、湯気の様な煙を溜め息と共に吐き出し魔王は続ける。
「本当に良き餌となった」
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「あー、まじクソゲーだなコリャ」
カーテンを閉め切った暗い部屋でボサボサに伸びた金髪を掻きながら憎々しげに呟く少年。
「つーかどのボスもバクステばっかでうぜぇんだよ。だから『聖剣ブン投ゲー』とかレビューされんだろ」
久しぶりに家を抜け出しワゴンセールで買ったRPG。予想と覚悟はしていた。だがそれ以上に驚くべき早さで見切りがついてしまった。
「発売日に買わなくて良かったぜ。そりゃ3ヶ月で値段が暴落する訳だ。」
少年、皆尾 佑の呪詛は続く。
「大体何だよ、プレイして30分もしない内に最強武器手に入るって。隠す気あんのかよ!
逆に気づかなかったよ!序盤で隠し武器握ってるなんて!
ヌルゲー過ぎんだろ!武器縛ろうにも外せないって何でだよ!呪われてんのかよ聖剣!聖剣なのに呪われちゃうのかよ!
スタートボタン押して二時間でラスボス手前ってなんだよ!マップ小さ過ぎんだろ!
『勇者よ!旅立つのじゃ!』じゃねえよ!マップで見たらお前の城のほぼほぼお隣じゃねーか!
ちょっと遠回りして帰ったくらいだよ!終わっちゃったよオレの冒険!」
安く買えて得した気になっていた気持ちがプレイ時間と比例するように腹わたの温度を高め、とうとうクリアを目前にして爆発した。
自分の声がどんどんと大きくなっていくのを感じながらタスクは、それでも抑える事ができない。
「 そして誰だよ!このパッケージのキャラ達は!
ここに至るまで誰一人出会ってないよ!前振りすらないよ!
主人公より明らかに強そうだろこのモヒカンマッチョ!どこにいたんだよ!
アレか⁉︎どっかの村で大工してたヤツか?いや大工してただけかよ!仲間になれよ!
何が『おれは たいりくいちの だいくになるんだ』だよ!戦えよ!その筋肉は飾りかよ⁉︎
パッケの女の子ヒロインじゃねーのかよ!
似たような子に話しかけたら『あなたの つぎのレベルまでは 1000216の けいけんちが ひつようです』じゃねーよ!
そんな役割りで主人公押しのけてセンターに描かれてんじゃねーよ!二時間ちょっとってシナリオ薄過ぎんだろオオオォンッ!?」
一気にまくし立てたせいかゼェゼェと息が切れた。小さく深呼吸をする。
まだまだ色々言い足りないがタスクは一先ず忘れる事にしてセーブもせずに電源を落とそうとした、その時。
カタカター。
(ん?揺れてる?)
ヘッドセットを外してようやく「ドス ドス」と踏み抜かんばかりの足取りで二階に上がってくる足音に気づいた。
そして僅かばかりの間取り戻された静寂を引き裂くように。
タスクにとって正しく怪物がドア越しに咆哮した。
「こんのッ、ヤンキーくずれのクソヒキ兄貴!」
それは紛れもなく怒気と殺気に溢れていた。
「せめて友達が来ているときくらい静かにできない? この時間はアイだって勉強してるのよ!
あの子も今年受験なの!好き勝手ばっかやってたポンコツにはわからないだろうけどね!」
背丈は小さく、高校生には見えない幼い顔立ちをした少女 、皆尾 綾女はドアを一蹴りし立ち去ろうと背を向けた。
「ハッ、友達?動物園からか?お前の学名知ってるか?ゴリラゴリラゴリラだぜ?笑えるだろ。なぁマウンテンゴリラ?」
「それはローランドゴリラだあああああぁぁ!!」
間髪の間も置かず「ドゴォ!」という破壊音と共にドア中央よりやや下から足が生えてきた。
「しまった、ヤツめゴリラのくせに博識だった!クソッ!!」
即座にベッドを縦に起こしドアだった物に押し当てる。コロコロと足元に転がってきたそれはドアノブだった。
(あぁ、『四代目』よ…お前も短い命であったな…。)
かつてドアと呼ばれていたこともあるその木片たちに黙祷を捧げつつ、タスクはもう少しだけこの籠城を続ける羽目になってしまった。
そう、心優しい三女が自室から顔を出し張り付いたような冷たい笑顔を見せるまでは。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん。こういう時って、
『表 出 ろ』 で 合 っ て る ?」
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「バカなっ!?消滅した部分が…再生だと!!」
「ククッ、違うな。進化だよ!この為に時間を稼いでいたのだ。今度は貴様が消える番だ」
姿は変われど先程まで魔王と呼ばれていたそれは人の頭程の掌に仄暗い光を集める。
「何が来ようと、断ち切るのみ!」
「さよならだ、勇者よ」
言葉を交わし終える間も待たずして勇者は裂帛の気合いと共に飛び込む。
「喰らうがよい。完全除界ー」