9話 りんご飴買うんじゃなかった
千春が当然のことのように言った。
「まぁ、流石にそうなっちゃいますよねー」
「そうなっちゃいますよねー……じゃねぇよ」
祐介はしっかりと突っ込んだ。というのも。
「どうすんだよこれ! 完全にはぐれちゃったじゃん! 何か? 僕はこのまま千春ルート攻略することになるのですか。お兄様にゾッコンなのに?」
「心配しなくてもそのルートは攻略不能です。課金した場合に限っては考慮しないでもないですが」
「ふてぶてしいな!」
祐介はこんな状況でも通常運転でいられる彼女に呆れてしまう。
二人は、祐介が言ったように完全にはぐれてしまった。
原因は明らかに長時間並ばされそうなピザ屋の列に並ばせたせいだ。結果的には二人一組だったり、思ったより客の回転が速くて三十分弱で済んだものの、金魚すくいでそれだけ時間を潰せるはずもない。不安に思いながら金魚好き二の屋台に戻ってみれば、案の定二人の姿は見えなかった。
もしかしたらもう一つのピザ屋にでも行ってしまったのかと伺ってみたりもしたが、そこにもいない。
こういうときの常套手段、携帯電話はダメだ。
まず千春のは何十分か前に言った通り、秋一と手をつなぐための口実つくりのために家に置いてしまったから。祐介は普通に持って来ていたのだか、千春がこっそり盗み取り、秋一のポケットに移してしまったそう。
「何でそんなことをしたのさ」「ほら、その方があとあと便利かと思いまして」「今めっちゃ不便してるんですけど」「……すいませんでした」二人が列に並んでいる間になされた、珍しく千春が素直に謝った会話である。
ちなみにこれだけの千春の悪行が重なった十割彼女が悪いと言わないのは日本人の美徳的観念、謙虚さからくるものだ。別に残りの一割を自分が背負っていると思ってるわけではない。
「まぁまぁ祐介さん。ご心配なさらず。実は、こういうはぐれてしまった時用に合流しようって兄さんと決めてた場所があるんですよ。神社の境内です。そこに行けば二人に会えますよ 多分」
「今何かすごく大事なこと後から付け足さなかった!? 多分とか何とか!?」
「しょうがないじゃないですか! 小学生の頃の話ですし」
「……何年生の話?」
「三……二…………一年生です」
「…………」
「……………………テヘペロっ!」
「テヘペロじゃないよ!」
ともかく、他に行くあてもない二人は神社の境内へと行くことにした。
目的地は祭り会場の端っこだ。そして残念なことに、彼らがいるところはその逆の端っこの辺り。直線距離にしたらそんなでもない距離だが、人ゴミがすごいのでゆったりとしか動けなさそうである。
すぐに合流したいけれど、それでは周りに迷惑をかけそうだ。祐介は小さくため息をついて、仕方なくその流れに乗る覚悟を決める。
すると、千春が遠慮がちに袖を引っ張ってきた。ちょんちょんと控えめなのは、一応罪悪感を感じているからか。
「何」
「あのですね、祐介さん。せっかくですからもうちょっと屋台を回りながらでもいいんじゃないでしょうかー……なんて」
「いや、でも二人とはぐれたまんまじゃ」
「えっと、まぁそうなんですけど……んー」
千春は唸りながら一休さんのようにこめかみの辺りを突いた。ちょっとして、何か思いついたよう。
「あ、いま兄さんの気配を感じました」
「えっ、なにそれ」
「本当ですよ! きっとまだこの辺りにいます。ほら、あの射的の屋台とか、あっちのりんご飴の屋台とか!」
祐介はきょろきょろと見回す。
「…………いないけど?」
「じゃあもうすぐ来ます!」
彼はどうとも取れない微妙な表情をする。すると遂に千春が何かがはちきれてしまったようにまくし立てた。
「もう! 私たち! そもそもこのままじゃ祭りを見に来たのか人を見に来たのか本当に分からない感じじゃないですか! だったらせっかくなら少しくらい楽しんだって罰は当たらないと思うんですよ! もしかしたらあっちの二人もおんなじこと考えているかもですし。すぐに境内に向かったところで、そもそも来ないかもしれませんし!」
それをお前が言うか。のど元まで出かかったその言葉は彼女の剣幕にのみ込まれてしまう。
そうして生まれた一瞬の無言を肯定ととられたか。
「祐介さんも意義はないようですねそれでは行きましょレッツゴー!」
「…………まぁ、いい……か?」
千春は楽しそうに先を行く。
あそこで何か言えなかった時点で、負けだったか。これ以上はぐれたらもっと面倒なことになるし。そんな自分自身にもよく分からない言い訳をして、祐介は諦観にも似た気持ちで彼女に続いた。
◆
彼女がその足で最初に向かったのは、りんご飴屋さんだ。ピザ屋と違って行列はないが、それは単に客の回転の違いだろう。
千春は立ち止まることなく、おじさん一つ下さい、と注文をする。
「はいよ、可愛いお譲ちゃんだね。そっちの少年は彼氏かい?」
祐介は彼女が何か言う前に口を挟む。何を言われるか分かったものじゃないと思ったのだ。
「違いますよ! ただの友達です」
「へいへい。友達以上恋人未満ってやつね。いいねー。おじさんにもそういう時期があったもんだよ。はい、三五〇円ね。少年君は買ってくれないのかい?」
「そんな関係でもないんですけど……えと。じゃあ、頂きます」
「まいど」
祐介はおじさんにお金を渡し、りんご飴を買う。
と、千春が何か言いたげな目でこちらを見ているのに気付いた。
「何さ」
「べぇつにー。ですけどー、こんなに可愛いJKの彼氏に間違われたのに、速攻で否定するなんて―とか全く思ってませんよ。えぇ、これっぽっちも腹を立ててなんかいません」
「ちなみに、もし僕が肯定でもしてたらどうなってたんですか?」
「奏さんに報告します」
「冗談でもやめて!」
すると、テンポよく話していた二人が気になったのか、屋台のおじさんが話しかけてきた。
「何だい少年。浮気でもしてんのかい。そりゃいけねぇな。ハーレムなんざ夢見るもんじゃ――」
「違いますから!」
このおじさんはさっきからそればっかりだ。あれか? 恋愛相談を受けたがる女子高生か? ……いや、流石にそれは違うか。
自分のボケをスベっている気がして即座に却下。
祐介はりんご飴を口に含む。あ……思ったよりもおいしい。久しぶりに食べたせいか、普通においしいのか。そんなに回数食べたわけでないが、人生で食べたりんご飴で一番おいしい気がした。飴の甘さとか、りんご本来の甘酸っぱさとかが互いに互いを引き立てあっている。
隣で舐める千春も、目を丸くして同じような感想を抱いたらしい。
「これ、おいしいですね」
「だろー。なんつったって十年やってる老舗だかんな。そこらのりんご飴とは訳が違う。実家が長野県でな、りんごも厳選したうまいのを使ってんだ」
「ふぇー、っとっと。今のナシで。……けどおじさん、なんだかその割に儲かって無くないですか」
「あー、それ言われると世話ねぇな」
千春は口に含んだままの間抜けな返事を無かったことにし、かなり失礼な質問をした。が、おじさんはとくに気分を害した様子も見せず、困ったように言う。
「なんだかあっちの入口近いとこにも似たような店が出来たみたいでよ。そのせいで商売あがったりなんだ。気になって買ってみりゃ味は完全にこっちが勝ってるんだが……」
「だが?」
「……腹が立つことに、店員さんが若くて男前なんだよ。こんなんが何年も続けば、見せた店たたむしかねぇかも、なんつってな」
おじさんはガハハと笑う。だがどうにも下手な、白々しいものだ。
空気が少し重くなる。どうにもそれをこのまま笑い飛ばすのは難しいと悟ったか、おじさんは適当な感じで言った。
「まっ、お客さんには関係の無い話だな。友達に会ったら、よろしく言ってくれや」
「あー、はい。了解です。行こうか、ちは……千春?」
「……客の……せ……クラ? ……で……」
「えとー……、どした?」
千春はあごに手を置いて俯き、ぼそぼそと小さく独り言をつぶやく。祭りの喧騒にもまれて、何を言っているかはほとんど聞こえない。
よくあるまんがっぽく、目の前で手を振ってやろうとしたところで。
「……よし。祐介さん」
「はい、なんでしょうか」
視線が合う。彼女の瞳がばっちり見える。目が口ほどにものを言う。すごく嫌な予感がする。
そして古今東西嫌な予感とは、すべからく大体当たるものだ。どうか今回のそれが、その大体じゃありませんように。
けれど、そんな風に願う間もなく。
「ちょっと、恋人ごっこしましょう」
「え」