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懲りねぇ理念は輪廻を通ず  作者: 時坂ケンタ
上谷祐介としての物語
8/37

8話 金魚よりもすくわれたい

『プシュ』

 

 祐介は炭酸が逃げる快音を立てながら、プルタブを立てた。ぐびぐびとサイダーを飲んでプハーと一息。 

 なんの気なしに時計を見ると、待ち合わせの時間は五時なので、既に約十分オーバー。いや、女子はしたくに時間がかかるらしいってよく言うし、別に目くじらを立てるつもりではないのだが。


 彼が今たたずんでいるのは、近所の公園だ。成せそんな場所にいるのかと言えば、事の発端は意外なことに彼の母親にある。

 祐介が一世一代の大勝負に出ようとして、それをする前に撃沈した直後。買い物から帰って来た母が、四人分のジュースを部屋に持ってきて、こんなことを言ったのだ。


「君たち、ちょっと今日の祭りに行って来てくれない? 嫌なら別にいいんだけどさ、クラブのおじさんおばさん達が『若いもんが減って来て、やる気が出ないわ~』って言ってたから」


 どうせ勝ち目のないゲームを消化させられるだけだった秋一は、もちろん速攻で承諾。この時点で、秋一の意思は千春の意思でもあるので二対二。さらに奏もそっち側についてしまったので、話はあっという間に決まってしまった。

 ところで「にしても、ちょっと意外かも。一位独走してたから、最後までやりたがると思ったのに」と訊くと返ってきた「……お母さんとは仲良くしておきたい」という答えは何だったのだろう……?

 そして、せっかくなら浴衣に着替えようということで一旦別れ、五時に今二人がいる公園で待ち合わせることになったのである。

 

 祐介はベンチに座って同じように女性陣を待つ秋一に声をかける。


「ねぇ、秋一は何で千春と一緒に来なかったのさ。二人とも絵に描いたような仲良し兄妹なのに」

「分からへん。『ムードでですよムード!』って言ってたけどな……分かるか?」

「あの人の考えは僕の手の届かないところにある」

「アホか」


 ツッコミが雑い。それでも関西人か。

 祐介の理不尽な内心をよそに、秋一は続ける。


「んでもそろそろ来る頃やろ。女の子の準備に時間がかかるっつっても、あいつらそんな待たせる性格とちゃう――……ほらな」


 秋一が指さす先には偶然途中ではち合わせたのか、二人がやや小走り気味……いや、奏はのんびりしている。いや、ちょっとは急げよ。そのマイペースなところもまたいいけど。


「すいません、待たせましたか」

「んにゃ。今来た……訳でもないけど」

「すいません。兄さんを待たせたら、元も子もないですよね……」

「別に。似合ってんで」

「……ありがとうございます」

「……千春のキャラの濃さにやられてるけど、秋一もかなりのシスコンだよねー」


 目の前で見せつけられた茶番に、祐介は呆れてそんなことを言った。

 けれど実際問題、今の千春は普段にも増してかわいらしい。普段は頭のてっぺんにあるお団子は、今日はお休みだ。ゆったりとしたツインテールにされていて、ちょっとした仕草でさらさらと揺れる。

 もちろん、約束通り着ているのは着物だ。ちょっと暗目の赤色に小さな花が無数に描かれている。帯は黒だ。元気印の千春のくせに、遠目に見ればおしとやかなお嬢様に見えてもおかしくないだろう。


「――――」


 そんな感想を抱いていると、ようやくこちらに奏がこちらに近づいてきた。そして、祐介はその姿に圧巻する。

 彼女の着物は夜桜をイメージしたような柄のものだ。赤い帯を巻いており、これだけ近くに見ても完全にお嬢様だ。

 髪型も普段のストレートから、サイドテールに変わっている。言葉にして見ればただそれだけのことなのに、ちらりとのぞくうなじがなぜか分からないが異様なほどになまめかしい。

 それはもはや現実離れしたような、ともすれば触れれば壊れてしまいそうな。そんな表現がぴったりと合うその姿に、祐介はしばしの間完全に見とれていた。


「……お待たせ」

「…………あ、おう」

「……どうかした?」

「いや、別に」

「……見惚れてたとか?」

「あぁ……まぁ、ちょっと」

「……『ちょっと』?」

「……うるさい」


 祐介は子供のようなセリフを残して、スタスタと先の方へと歩く。ここは可愛いって誉めるところなんだろうと自分でも分かっているのだが、なんというか、想像以上に恥ずかしい。というか、そもそも目を合わせることもできなさそうだ。

 ちらりと後ろを振り向く手、奏は勝ち誇ったような顔をしていた。


「青春しとんなー」

「ですねー。でもあそこで褒められないあたり、童貞をこじらせてますよねー」

「だなー」


 ほっとけ。


 祭り会場につくと、そこはまぁまぁの人だかりで賑わっていた。例年通りか、それよか少し多いように思える。お祭り実行委員がおばさん口コミパワーまで使って人を集めた結果だろうか? いや、知らんけど。

 食べ物系は定番のフライドポテトや唐揚げ、綿がしやタコ焼きなどはしっかり押さえてあるし、変わり種にはピザやラーメンまである。


「思ったよりいろいろやってるなー」

「ここ数年来てないですし、その間に進化したんですかね?」

「……ピザ食べたい」

「他のものが食べられなくならない?」

「……タッパに入れる?」

「おばさん臭っ!」

「……持ってないけど」

「ダメじゃん!」

「……ポケットに入れる?」

「汚いから!」


 そもそも祭りの食べ物というのは、こういう雰囲気の中で食べるからおいしいのだ。家でレンジで温め直して食べたところで、油っこいだけだと思う。

 一方、日原兄妹は二人で盛り上がっていた。


「兄さん、手を繋ぎましょう。この人ごみではぐれてしまったら困ります」

「兄妹で手をつないで許されるのって、中学くらいまでやないか?」

「そんなことはありません。例えそうだとしても、今日の私はうっかりスマホを忘れてしまったのです。はぐれてしまったら大変なことになります」


 いや、そもそもかなり譲歩して小学校四年くらいまでだと思う。うっかり忘れたってところもかなり怪しいし。恐いから言わないけど。

 秋一も今回は薄々おかしいと分かっているのか、なかなか是としない。しかもちらちらとこちらに助けを求める視線を送ってくる。もちろん祐介は我関せずを貫いた。


 そんなこんなで四人でしょうもない話をしながら楽しんでいると、奏がある店で立ち止まった。看板には、『金魚すくい』の文字。


「ん? 金魚すくいやりたい?」

「……まぁまぁ」

「まぁまぁって」

「……やりたいと言えばやりたいし、それほどでもないといえばそれほどでもない」

「うー、分からないでもないけど。せっかくのお祭りなんだし、やってみたら?」

「……ん。でも」

「何?」

「……早くピザ食べたい」


 奏が後ろを振り浮いて、ピザの屋台を恨めしそうな目で見た。おいおい、と祐介はつい苦笑いをこぼしてしまう。奏ってこんなに食い意地が張っていたっけか? 


「……あ、今日のお願い」


 一瞬何のことか分からなかったが、祐介はすぐに今日の人生ゲームの商品のことを思い出す。一位の人は全員に一回ずつ『お願い』程度の優しい命令が出来るというものだ。


「僕にピザを買ってこいと」

「……その間に金魚すくう」

「まぁ、逆らうのはナシだよね。了解しました」


 祐介はバレないように小さくため息をついて、ピザ屋に向かった。


 ◆


「っていうか、何で千春まで来たのさ」

「私だって好きで来たわけじゃありませんよ。誠に遺憾ですけど、止むに止まれぬピザ屋にならなければならない事情があってそこはかとなく不快ではありますが、しぶしぶと不承不承行くことになっただけです」

「どんだけ嫌なの……」

「あぁ、別に祐介さんが嫌という訳じゃありませんよ。ちょっとしか。せっかくの兄さんとの祭りデートなのに、って話です」

「ちょっとは嫌なのかよ!」


 と、いまにも(くだん)の屋台に並ぼうかというところで、千春が別の方向を指さす。


「あ、私の行きたいピザ屋はこっちなんです。知り合いのおじさんがやってるんですよ。で、ちょっと位挨拶に行かないとなー、と」

「この祭りピザ屋二個あるの?」

「ブームが来てるんじゃないですか?」


 んなばかな。


「そんなことより、早く行きましょう?」


 千春が上目遣いに小首をかしげて誘ってくる。


「――っ……いかんいかん」

「どうしましたか?」

「いや、何でも無い」



 悔しいことに、一瞬ドキッとしてしまった。

 普段のあまりのアレな言動のせいで忘れていたが、千春は普通に可愛いのだ。浴衣姿なのも相まって妙な魅力もあるし、さらに上目遣いまで加わればその相乗効果は計り知れない。

 祐介には素っ気ない返事をしながら、目をそむけるので精一杯だ。

 動揺を悟られないように、少し早口で言う。


「それよりも僕、別にこっちでいいんだけど。せっかくの如月さんと祭りに来てるんだから、僕もすぐに戻りたい」


 すると彼女は少しムッとした表情を作り。


「何を言ってるんですか。か弱い女の子一人出ふらふらしていたら、ヤのつく恐い人たちに絡まれるかもしれないじゃないですか。もしそうなったら、誰が囮になってくれるんです」

「むしろ千春の背中を蹴飛ばしてやる」

「まぁまぁ。後半は冗談ですから。普通にお願いしますよ」

「……分かったよ」


 そんな頼まれ方をしたら、断れないというものだ。大体の男なら眼力で退(しりぞ)けられる気もしないでもないが。一人で順番待ちするのもあれだと思っていたし、ちょうどいいと思うことにする。


 千春の知り合いがやっているという屋台は、そこから三分ほど歩いたところにあった。ローマ字の筆記体でpizzaと書いている。ふと、今すれ違った人の持つ、その店のものと思われるピザの香りが鼻腔に届いた。焦げたトマトソースやバジルの香りがして、急激にお腹が空いたように錯覚する。

 さっきの店ではそんなことはなかった、つまりは当たりを引いたということなのだが。けれど問題がひとつ。

 店の前には行列が出来ていた。ざっと数えて十五人と言ったところか。祭りの屋台のピザ屋など一体どれだけ待たされるか分からないが、かりに一人三分としても合計四五……


「…………旅は道連れ」

「意味違うから! 僕の腕を離せ!」


 もっと世は自分に情けをかけてくれてもいいのではないかと思った。

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