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懲りねぇ理念は輪廻を通ず  作者: 時坂ケンタ
上谷祐介としての物語
7/37

7話 涙の数だけ強くなれるよ

 そして、ゲームが始まって一時間経った頃。


「なんかもう、泣きたい……」

「……奇遇やなー。………………俺もや」


 男児二人は意気消沈していた。


 女子二人は哀れに思い、何か声をかけようと試みる。しかし何を言えばいいか分からないので、言葉がつまってしまう。さっきからこれの繰り返しだ。当事者でない彼女らからして、それはあまりにも険しい人生だったからだ。物語風に言うと、こんな感じだろうか。


 まず、祐介の人生。

 スロットの結果、奴隷という職業を歩むことになった祐介。

 粗末な食事と不衛生な環境、それに見合わぬ粗末な食事。すぐに病気になってしまったのも無理のない話だ。なけなしのお金を払い、どうにか前へと進もうとしても前途は多難。

 同じ部屋で生活をしている友人とも言える存在が出来たが、実はそっち(・・・)の趣味で、寝ているところを襲われる。ショックのあまりしばらくの間寝込むことに。(三回休み)

 またある日には、いまの生活に嫌気がさし、奴隷同士でやっているという賭けに顔を出して見れば、強制的に賭博に参加させられて四百ゴールドも喪失。別の主人の所に転勤になったと思えば、その人もまたそっち(・・・)の趣味のお方。

 死ぬ気で拒絶したところ、今度は剣奴として猛獣と戦わされることになってしまった……。


「これが本物の異世界か……。まぁ、そうだよね……ナツキ・スバル先輩も、路地裏のヤンキーに殺されちゃったりするもんね………………色々納得いかないけど……」


 祐介は一人でごちて、一人で納得する。

 考えてみれば当たり前の話だ。知識も装備もチートも何もない状態でぽいっと異世界に放り出されたところで、世界の命運をかけた戦いに参加できるはずもない。ましてや後ろ盾も戸籍すらもないので、モロにオープンに不審者だ。度々そういう人に遭遇するのは……アレだ。文化の違いって奴だ。うん。

 すると、隣りで秋一がやけに暗い表情でつぶやいた。


「せやけど、そっちはまだネタになるやん…………俺に比べたらなぁ……」

「あー、脱獄囚だよね。……女の子の風船とってあげたら、『汚い手で触らないで』」

「あれはある意味、金落とすのよりもつらかったなー」


 生気というものがなくなってしまったのだろうか。秋一は遠い目をしていた。


 一方、女子勢は快調な滑り出しだ。

 千春が鳴ったのは調教師。にあい過ぎている剣についはこの際置いてといて。

 順調にモンスターを調教して、冒険者ギルドの依頼をこなし、今では所持金は八千ゴールド。サイコロの目は常に一ずつ増えるボーナスまで手に入れている。

 奏がなったのは精霊魔導師だ。字面から受ける印象通り、めっちゃ強いらしい。

 稼ぎに至っては文字通り桁違い、所持金は一万ゴールドを超えていた。冒険者ギルドからも厚い信頼を寄せられていて、今もボーナスとして二千ゴールド手に入れていた。


 全くもって不公平な世の中である。いや、まさにこれこそが『出来るだけリアルに描かれた第二の人生』ではあるのだけれど。正直そのキャッチフレーズにこだわり過ぎて、製作者はボードゲームの楽しみというものを完全に忘れているように思えてならない。具体的には、逆転の目が全く見えない。


「……はい、祐介の番」

「どうも」


 祐介にとってこのゲームの唯一の楽しみはもう、この奏からのサイコロの受け渡しだけだ。これが無かったらとっくに『エクスプロージョン!』とか言いながらボードをひっくり返しているところである。


 が。 

 えてして人生には極々稀に大どんでん返しの度当の展開があるものだ。出来る限りリアルに描かれているこのボードゲームにおいても、それは例外でない。


「三。四番のカード。…………えっと、『県土の世界大会が近々開かれるようだ。参加しますか? はい いいえ』」

「へー。面白そうやないか」

「他人事だと思って……。もし出て負けでもしたら、コレ最悪死ぬような気がするんですけども」


 むしろ剣奴の決闘とか、どちらかが死ぬまで終わらなさそうなものだ。このボードゲームの制作者は中々に良い性格をしているし、有り得る。

 すると兄に続いてその妹が。


「どうせ生きてるか死んでるか分かんないような人生を歩んでるんですし、せっかくなら出てみたらどうですか」

「お前……」


 一体なんてことを言いやがるんだと思った。

 けれど否定しきれないところが痛いところである。よく考えてみれば大会に参加しなかった場合、待っているのはしょうもない秋一との最下位決定戦だけだ。

 それに今思い出したことだが、この遊びでは一位の人がみんなに軽くお願いできる、という賭けもしていた。それなら、一位以外なら何にでも関係ないというものである。


「そんじゃ、やろっかな」

「……あ、意外」

「あーうん。僕って絶対パチンコとか賭け事とか、宝くじすらも買わない堅実な人だからね。そう思うのも分かるけど、これはゲームだしね。うん。リアルじゃ全然違うから」

「……そこまで聞いてない」


 奏の辛辣な一言が入るが、祐介的には堅実アピールが出来たつもりなので満足である。

 それに正直まだ賭けると決めたわけじゃない。大事なのは勝負が割に合うか、だ。


 『はい』の下に小さくあった説明に目を走らせる。

 ル―レットとサイコロを同時に転がし、ルーレットの目>サイコロの目、となればクリアとのことだ。ルーレットの数字は一~四。視線を彷徨わせながら計算すると……二四分の六。約分して、四分の一だ。

 そして、無事勝った場合には……。


「奴隷解放!?」

「へー、そういうのもあるんですね。良かったじゃないですか。で、負けた場合は?」

「借金二倍」

「……カイジみたい」

「負けても『うわぁぁぁぁああああああああああ』とか言って床転がんなよ」

「どさくさに曲げれて兄さんに泣きつくのなら許しますけどね」

「死んでも無いから! あと負けるの前提で話すのやめろ!」

  

 ってかそもそもここ自分ちだし、床転がってもよくね? とか頭の端で思いつつ、祐介はひとまず深呼吸。千春がカードを彼の手から取り、みんなとルールを共有する。

 今の祐介の持っているお金はマイナス四千ゴールドだ。決して大きな借金、と言えるほどの額ではない。資本家が失敗すれば何十万ゴールドと失敗するものだが、良くも悪くも奴隷である彼にそんな大きな借金を作る能力が無いのである。

 だから、ここで無事奴隷の身分から脱却することができれば、充分に逆転の目はあるはずだ。

 もちろん負けた場合は本格的に詰んで最下位決定になるが、そんなことは考えない。負けることを考えながらじゃ、ツキは来ないって何かのアニメで言ってた気がするのだ。思い出せないけど。

 祐介は両手にルーレットとサイコロを装備、祈る。

 

「神様仏様テト様空白様。度かこのいやしき我にどうか施しを……!」


 ゲームの神様に祈りを済ませ、言い終わると同時に彼は両手に力を込めた。ルーレットはカラカラと小気味良い音を鳴らし、サイコロは宙を舞う。

 先に出たのはサイコロだ。トン、トンと音をたて、出た目は二。


「――しっ!」


 祐介は心の中で小さくガッツポーズ。悪くない。ルーレットに目を向ける。来い来い来い!

 カラカラカラ、カラカラ……。

 目まぐるしく変わっていた数字も次第にもどかしくなるほどにゆっくりとしたものに。やがて毛虫が這う程のスピードになり、針が指し示す数字はよぉぉぉぉぉん、さぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ。

 

「よっしゃ来たぁああああああああああああああああああああああああああああああ」

「……うるさい」


 祐介は立ちあがり、天に向かってガッツポーズを捧げていた。ギリッギリの際々で、どうにか三で止まってくれたのである。神様仏様テトサマ空白さま藤原竜也様に、感謝だ。


「まさか本当にクリアするとは思ってませんでした。祐介さんですし」

「……泥沼ルートフラグがビンビンだった」

「正直僕もそれには同意するがしかぁし、現実にフラグなんてものはないのだよ。という訳で秋一君。脱獄囚頑張ってくれたまえ(笑)」

「……殴りてぇ」


 秋一が腕をプルプルさせているような気がしないでもないが、そんなのは些細なことだ。 

 ルンルン気分で次の人にサイコロを渡そうとしたところで、千春が口を開く。


「あ、そういえば祐介さん。このゲームにクリアした場合十マス進むらしいですよ」

「え、マジで? ……あぁ、本当だ。やっぱツキってもんが来ちゃったかなー、こ・れ・は」


 祐介は千春からカードを渡され、うっかり読み飛ばしていた文章に気付く。言われなければそのまま次の人の番になっていたが、彼女はこういうところでは律義なのだ。こういう普段の行いが積み重なることで、文化祭とかでクラスを引っ張る立場に置かれるんだなぁとか、なんとなく思った。

 ともかく、命令に従って十マスコマを進める。そして、驚く。


「あ、俺結婚します」

「おー」

「おめでとうございます」

「……おめでとう」

「どもども」


 停まったマスには、ピンク色のかわいらしい文字でけっこん! と書かれていた。その下に色々と説明が書いてある。

 どうも反応が薄い気がしないでもないが、さっきの奴隷解放の直後だったせいかと祐介は思い直す。それに人生ゲームにおいて他プレイヤーの結婚とは、御祝儀としてまぁまぁのお金を要求されるのが常なのだ。

 祐介はしめしめと思い、説明文を音読する。


「えっと、『よくぞここまでたどり着きました。あなたは別のプレイヤーにプロポーズをし、合意を得られれば結婚できます。結婚をすれば、きっと今後の人生が過ごしやすいものになるでしょう。また、その他のプレイヤーから御祝儀として四千ゴールドずつもらえます。※結婚相手は同性でも可です』……は?」

「よっしゃ来ましたぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「うるさいうるさいありえないっ!」


 さっきの自分の雄たけびよりも勇ましい千春の叫びに祐介は全力で突っ込んだ。これは突っ込まなければならないところだ。聞き流すとかありえない。

 全力の抗議のおかげで、千春はこちらにうらみがましい目を向けて来た。 


「祐介さん、本当にいいんですか? ゲームとは言え、兄さんと結婚できるなんてそう簡単には……あ! もしかして、『ゲームじゃなくて、現実で……』的な奴ですか!? なるほど、分かっ――」

「ありえん」

「馬鹿な!」


 千春は背景に稲妻がほとばしりそうなほどの、絶望的な表情を見せる。知ったことではない。

 

「……ん? 何」


 祐介が呆れていると、秋一が何か言いたそうな目でこちらを見ていることに気付いた。まさか本当に結婚する気なのかとかなりひきつった顔をすると、違う違うふざけんな死ね! 的なジェスチャーが返ってくる。あぁ? 喧嘩売ってんのか。

 

「じゃなくて、ほら」


 秋一は小声でそう言い、奏の方に視線を向ける。それでようやく気付いた。

 あいつはこの場で奏にプロポーズをしろと言っているのだ。いや、あいつのことだから、そのまま告ってしまえとか考えているまでもある。

 と、気づけばさっきまでジーザスしていた千春までもがそんな視線を向けていた。具体的にはニヤニヤとしていた。


「……あ。もしかしてお前等……」


 彼が小さくつぶやくと、秋一はわざとらしく肩をすくめて見せた。

 それを見て、彼は確信を持つ。そう今回のこの人生ゲーム、全ては予定調和だったのだ。祐介に告らせるために張られた罠。告白は絶対条件ではないが、確かにこの方法なら流れとして普通にプロポーズ出来る。変な表現だが、そういうことだ。むしろここでそうしない方が明らかに不自然。

 せめてもの悪あがきとして二人をにらみ返すが、どこ吹く風と言った様子だ。完全に手玉に取られている。


(くそ……何か手は……)


「あ、ちなみに私は兄さん命なので、絶対に受けることはありませんから」

「俺にこくったら妹がどうなるか、分からない訳じゃ無いやろ?」

「ちなみにこのゲーム。結婚すると御祝儀以外にもいろいろ特典があるみたいですね。この後のゲームで有利に進めるみたいです」


 (お前らいつか殺す!)


 祐介は心の中で絶叫した。

 ここまで外堀を埋められてしまえば、むしろプロポーズしない方が不自然なレベルだ。味方によっては、仮に「良いよ僕は! 独身貴族貫くし!」とでも言えば、遠回しに奏との結婚を断っているようにも映る。

 これはもう……やるしかないのか……?

 僕が、如月さんに告白を……?

 心臓がバクバク言う。急速にのどが渇く。頭が真っ白になる。

 なんて言うべきか。なんと言えば成功率が上がるのか。ってかそもそもこれボードゲームだし、そんな深い意味なんて無い……訳じゃないけど、バレる訳じゃ――。


 すると。


 祐介の耳に、思い人の声が届いた。

 曰く。 


「……無職で無一文の人と、結婚する気はない」

「あ……………………」



 はい。

 

 そういえば、そうでした。

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