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懲りねぇ理念は輪廻を通ず  作者: 時坂ケンタ
上谷祐介としての物語
3/37

3話 ゲロの風味 ツンと香る

《コン、コココンコン、コンコン》


 御使いから帰って来て(せっかく買って来てやったのに、遅いと怒られた)しばらくすると、扉から軽快過ぎるリズムのノックが聞こえてきた。

 ドア越しでも伝わるその存在感に、祐介の頭に考えるまでもなく一人の女の子の様子が浮かぶ。

 また、そのご機嫌そうな様子からあいつも来ているのだろうと予想した。


「……どうぞ」


 奏がそう伝えると、盛大にドアが開かれる。


「おっじゃまっしまーす」

「よっす……おっ、やっぱ祐介もおったか」

「如月さんのお父さんに呼ばれてね」


 現れたのは二人の男女。


 おそらくさっきの軽快なリズムを奏でただろう、茶髪を頭の上でお団子にした女の子が、『日原 千春』。

 好きなものはお兄ちゃん、好きな人はお兄ちゃん、好きな食べ物はお兄ちゃん、好きな食べられたい人はお兄ちゃんという、かなり重度の救いようがないブラコンだ。


 で、もう一人の僕に声をかけてきた方が『日原 秋一』。

 二人は兄妹で、両親が幼くして離婚したために別々のところで育ったのだが、祐介が中一の時に再婚したらしく、今では家族四人で仲良く暮らしている。

 兄の方だけ関西弁なのは、離婚してた時に彼がすんでいたのがそっちの地方だったからだ。

 

 他にもこの二人にはいろいろと説明すべき点はいくつかあるが、とりあえずは割愛。


「奏さん。具合の方はいかがですか」

「……多分、大丈夫。むしろ、三日間もここにいないといけないことの方が問題」

「退院したら何も気にしないでスクールライフを送れるんや。2,3日くらい我慢せぇ。ほら、土産……じゃなくてお見舞い買ってきたぞ」


 そう言って秋一はりんご、ぶどう、マスカットなどが入ったフルーツバスケットを見せつけた。


「おっ、サンキュー秋一」

「こら、これはお前やなくて如月はんのや」

「いいじゃんかよケチ。如月さん一人で全部食べるわけじゃあるまいし」

「……全部食べるわ」

「君小食じゃなかったっけ!?」


 祐介は思わず両手で頭を抱え込む。

けれどその過剰なリアクションにも付き合いの長い三人は目もくれない。

  

「でも奏さん。そんなに食べて検査に問題が出たらまずいんじゃないんですか? あっ……それともせっかく兄さんからもらったプレゼントだから誰にも渡したくないんですか? そうなんですか? だとしたらそれは許せませんね。――奏さんとはこれからも仲良くやっていけると思っていたのに…………でも、先に裏切ったのは奏さんですからね。残念です」

「ああこのリンゴおいしい」


 祐介は後半になるにつれて千春の周りにどんどん赤黒いオーラのようなものが見えた気がしたので、奏をフォローするために慌ててりんごにかぶりついた。

 瞬間、千春の雰囲気はあっという間に変わり、破顔する。


「なんだ、祐介さんはやっぱりそっちの趣味だったんですね。兄さんを取られるのはとても悲しいことですけど、相手が祐介さんなら致し方ありません」

「「誰がこいつなんかと!!」」

「妬ましいほどにぴったりじゃないですか」


 千春はルンルンと今にもそこらでスキップでもしそうな勢いだ。

 その様子を見て祐介は鼻の根元を指で挟んで猛省する。

 今の会話で分かってくれたと思うが、彼女はブラコンだけでなく腐属性まで持っているのだ。事あるごとに二人をくっつけようとする。

 彼女の頭の中では、二人はどんなことになっているのだろうか……祐介は少しだけ想像することに。

 一方、秋一も秋一で千春をたしなめようと動いた。


「なぁ、千春。人には言えない妄想をしたくなる気持ちは分かる。俺だってそうや。小学生のころは枕に向かって必殺技を叫びながらパンチを繰り出していた」

「はい、知ってますよ」

「お、おう……知っとったんか……」


 大きく勢いをそがれる秋一。

 自分から言い出したことだが、元々知られていたとなると、やはり相当恥ずかしいようだ。


「だけどな、それを人に押し付けることはよくないと思うんや。自分がやられて嫌なことは、人にやっちゃいけないってよく言うやろ」

「あれ? でも兄さん、女の子同士がくんずほ――」

「ああああああっ! やっぱ何でもないもないわ想像力が豊かなのはいいことやしなこれからも精進してくれよ」

「はい!」

「……ふーん」

「如月さーん、ご飯の時間ですよー」


 と、このタイミングで看護婦さんが部屋に入ってきた。

 普段ならノックをきっちりとノックというマナーを守る彼女であるが、今回はドアが開いていたのでそのままは言ってきたのだ。

 

「あら、友達もたくさん――」


そして、その状況を見て凍りつく。


なぜなら、一人の男子は目に涙を浮かべて何を懇願していて。

それを見つめる二人女子の視線は侮蔑と尊敬と両極端に分かれており。

極めつけに最後のもう一人の男子は自分の体を抱いたまま「僕はノーマルだ僕はノーマルだ僕はノーマルだ僕はノーマルだ僕は………………


  ◆


「あー、喉いてぇ」


 ゴホゴホと席をしながら登校している祐介。

 今日は火曜日。

 だが、他のみんなとは違って彼にとっては今週初めての登校である。


 休んだ理由はこの喉の具合から察してくれると思うが、風邪だ。

 ま、所詮本当にただの風邪だったので、昨日の時点で午後にはゲーム三昧をしていたが。


 ところで、風邪って字面だけ見ると超かっこよくね?

 摩天楼 刹那、羅刹、風邪……おお、やっぱりそれっぽく見える。

 そんな知識だけが無駄に増えた厨二的思考……いや、むしろ小二的な話を祐介は隣りを歩く秋一に振った。


甘藍かんらんってのもそれやな」

「何それ?」

「キャベツのことや」

「んだよ、キャベツはキャベツだろ。って言うかそんなに甘くないし」

「俺もそう思う」


 もちろん、隣りには千春が健在だ。

 彼女にとって兄との登校は大切なイベント。そう簡単に潰されることはなく、今回もその例にもれなかったようだ。

 ニヤニヤとしながら二人の会話を聞いてるだけで一切参加しないことは気になるが、気にしてはいけない。

 

 ちなみに彼女はそれだけでなく秋一を見て噂をする女子たちに睨み散らすという仕事までしていた。気にしては負――


「ってなにやってんだよ」

「何がです?」

「『何がです?』とか、さも私何か悪いことしましたっけ的な視線で見るな。今そこの女子睨みつけただろ」


 すると、彼女はそんなことか、というようにかぶりを振って言った。


「いいですか祐介さん。私は兄さんの妹です」

「うん、分かってる」

「ですから、私には兄さんを守る義務があります」

「うーん……まぁ、ギリギリ分からなくもない」


 本当にギリギリだ。

 どれくらいギリギリかというと、「今日の試験、30点以下は追試な」というテストで、自分のミスをばれないようにこっそりと修正してどうにか31点を確保した……くらいギリギリだ。

 ――それアウトじゃね?


 脳内で「上谷祐介一人漫談」の御後がよろしくなると、話を続ける。


「というわけで、私は兄さんに近づいてくる悪い虫を排除しなければならないのです」

「……どっかのヤンデレゲームにそういう奴がいた気がする。選択肢一つ間違えた瞬間誰かしらか死ぬやつ」

「というわけで、兄さんにたくさん相性が良さそうな友達が出来るように手助けをしてあげるのです」

「ああああああ~~~~、聞こえない聞こえない」


 祐介は耳元で両手をバタバタさせ、さらに大きな声を出して現実逃避した。

 小学生の頃にはやったあれである。


「まぁ、それのおかげで俺も結構助かってるんやけどな。あれのこともばれずに済んでるし」

「いつかばれたときを楽しみにしてるよ」

「心配しないでください。相手が女子だった場合は墓まで秘密を持って行かせてやりますよ」

「それってどういう意味かな!?」


 祐介には言葉にとても重要な含みがあるようにしか聞こえなかった。

 悪寒が走る。

 ――というか、まだ病み上がりなためか、本当に寒気を感じた。


「うう``っ」

「おいおい大丈夫か祐介。移されとうないから少し離れてろや」

「血も涙もないね!」


 いつかこいつが体調を崩した時、ネギで首を絞めてやろうと誓う。


「そういえば祐介さん昨日学校休んでましたね。あ、先週の金曜も早退してましたっけ?」

「あれは違うよ。如月さんのお父さんにやばいって言われてさ。ああ、全然大事には至ってないよ、お見舞いした僕が保証する」

「ふーん」

「へー」

「はい?」


 真面目な話をしていたはずなのに、急に目を細める二人。祐介は心当たりが見つからず、なのになんとなくバツが悪い気分になる。


「なんだよ、二人して何が言いたいんだよ」

「いや別に。そんなに愛しているのならさっさと告白でも何でもしていくとこまで行っちゃえばいいのにと思うてさ」

「余計なお世話だよ」


 そっぽを向いて祐介は小さな声で反論を返した。顔をそむけたのは、今の自分のどうなってるか分からない顔と、二人のジト目から逃れたいためだ。

 この兄妹は、祐介のトップシークレットを知る唯二の人物だ。ひょっとしたら、彼よりも早く知っていたかもしれないというくらいの。いや、ほぼ間違いなくそうだろう。


 まぁ、それはそれ。ホント、放っておいてほしい。

 

 と、そんな会話をしていると、秋の風が唐突に吹いた。

 日中はそれなりに暑いが、生徒たちが登校するような時間帯では随分寒くなってきている今日この頃。


 だが、その風はいつもと違って辺り(男子限定)に圧倒的な熱を振りまいた。

 なぜなら……


「キャアーー!」


 一斉に舞い上がる女子たちのスカートたち。

 慌てて抑える彼女たちだったが、それでもあまりに急なことなので少し遅れてしまう。

 しかし、そんなことは関係ない。男子達にとって一瞬だけあれば、世界は急激にゆっくりと動き出し、その瞬間を何倍に引き伸ばしてくれるからだ。

 化物語の冒頭部分を見てくれればよく分かってくれると思う。あれはまさにそれを体現していた。


 さて、そんな彼らの結末は。


 モブその1

「白か……」

「うっさい!」

 その後地平線の彼方まで自由飛行。


モブその2

「ギャアアアア! 目がっ! 目がっ!」

「浮気者にはお仕置き」

 彼女とみられる女性が、ピースを掲げて満足げにうなずいていた。

 その手が何に使われていたかは……考えたくもない。


 祐介の場合

「おうぇええええええええええええ」

「ど、どうしたんですか祐介さん!」

「い、いや、何でもない。僕は何も見ていないんだ……」


 さて、世の中にはラッキースケベというものが多々ある。

 主人公が運よく女の子のあんなところやこんなところを見たり触ったりもんだりゲフンゲフンけしからん。

 しかし、それらは相手が美少女が相手だからこそ作用するというもの。

 つまり、もしも今偶然祐介の目の前にいた体重百キロオーバーの、相撲部で全国大会に出るような猛者で、噂で彼のことを好きだと言う相手にそれが起こってしまった場合……


「やっぱ思い出しただけでおろろろろろろr」

「祐介さぁぁああああん!」

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