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懲りねぇ理念は輪廻を通ず  作者: 時坂ケンタ
上谷祐介としての物語
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2話 思い出話

 結論から言うと、別にたいしたことなかったようだ。

 ただの軽い貧血だったらしい。しかし、倒れるほどなので、そこまで軽いとは考えられない。

 よって、これから数日は検査のために入院するんだと。

 本人いわく、ここまでひどいのはさすがに今回が始めてだけど、急にクラっとすることは今まで何回か合った、とのこと。

 そういうのを今度の入院で全部一気に見てもらうんだそうだ。


「僕の心配を返せ」

「……心配してるわ」

「そういうことが言いたいんじゃない!」

「……嘘は言ってないわ」

「ふーん、ちなみに何を心配しているのかな?」

 

 彼女は顎に手を置いて、数秒間たっぷりと考えてから――


「……………顔とか?」

「余計な御世話だよっ!」

「……成績とか?」

「痛いところつかないでっ!」

「……顔とか?」

「同じネタ堂々と使いまわすな!」


 ちょっと自分の顔に自信がなくなる祐介だった。

 ちなみに、彼の顔はそこまで悪くない。決していいとまでも言わないが、美味い具合の角度からだと平成Jumpの山ちゃんっぽくみたいに見えなくもない。

少なくても本人は毎晩、風呂上りに鏡を見ながらそう思っている。


 祐介は格好良く見えるよう、特技の『二重』をしながら部屋を見渡した。


「……クス」

 

 笑われた 超イケてるのに 笑われた 上谷ゆうすけ 心の一句


 それはともかく、部屋は良く言えば清潔感あふれる、悪く言えば殺風景な、そんな感じだ。

 病院なので当たり前なのだが、この生活感の無さが何とも落ち着かない。

 時折鼻につく病院独特の薬の匂いもまた、彼の居心地を悪くさせる要因か。廊下ほどではないが、それでも少し気になる。


「そういえばさ、個人の部屋って今ドキ取りにくいものじゃないの? ほら、病院のベットってどこもかしこも埋まってるってよく聞くし」

「……お父さんのコネ」

「あ``……なるほど……ね」

「……どうかした?」

「んにゃんにゃなんでもないよ」


 つい、学校での電話のことを思い出し、歯切れが悪くなってしまう祐介。まさか間違って君のお父さんを口説いてしまったんだ、てへペロっ! なんて言えるはずもない。

 ……いや、これはこれでネタになる……無理か。 

 祐介は断念し、あまり突っ込まれたくないので適当に話題を振る。


「お父さんって何科?」

「……耳鼻科よ。でも昔面倒みた先生がいるらしいから」


 納得だ。それで個人部屋のベットを優先的に回してもらったのだろう。


「……でも、わざわざ上谷君に連絡はしないでよかったのに」

「それは僕も思ってた。普通に考えて、連絡するなら僕よりも友達の千春とかを優先すべきだろ」

「……ほんと……余計なお世話」


 彼女は拳は固く、強く握って震わしていた。

 ……そんなに怒らなくてもいいと思うのだが。


「入院は何日くらいなの?」

「……三日って聞いてる。いくらなんでも大げさ」

「それだけ親に愛されるってことさ。嫌でも従っておけ。っていうか、三日もずる休みできるとか、学生の身分としてはFerver過ぎるだろ」

「……今日は金曜日よ」

「あぁ……まぁ、ドンマイということで」


 本当に、Don`t mindである。

 なんとなく、テレビをつけた祐介。

 女の子が首筋に飲み物を押しつけられて「キャッ!」という青春のCMが流れていた。


「……私だったらメントス入れて、しっかりと蓋をしてから投げ返すわ」

「それボトル破裂するから」


 良い子はマネしてはいけません。

 悪い子もマネしてはいけません。

 二つ目特に大事。 


「……見てたらのど渇いた」

「…………分かったよ、売店ってどこ?」

「知らない」


 どうにもならない我が儘に祐介は苦笑いしか出ない。

 だが、安静にしてもらった方がいいことは確かなので、部屋を出た。廊下で鼻に管を通しておじいさんとすれ違い、不謹慎ながらも見ていられなくなる。一瞬、彼女も自分の知らないところでこんな風に……と思ったりもしたが、エレベーターの到着音で我を取り戻した。

 

 なんだか形容しがたい気分になってしまったので、祐介は楽しかったことを想像する。


  ◆


 これは、祐介がまだ小学三年生だったころの話。

 学期の初めと言うわけでもない中途半端な頃の冬の日、一人の女の子が転校してきた。


「ほら、自己紹介できるかな?」

「……如月 奏」


 顔を俯かせてモジモジとした彼女が、先生に促されてどうにかそれだけ口にする。どうやら人の視線が苦手なおとなしいタイプの子のようだ。

 肩より少し伸ばした程度のさらさら黒髪に、大きくクリッとした同色の瞳。冬と言うこともあり、肌は太陽と無関係なのかというほど白い。みんなよりも少し小柄だ。


 そのあまりの可愛さにクラスの女子はいっせいに騒ぎ出した。

 一方、男子は男子で転校生が男でないと知った時点で、近くの友達とゲームやらアニメの話をしていたが。高校生なら話は別だが、小学生の男子なんて、そんなものである。


 しかし、祐介だけは例外に当たった。

 別に一目惚れとかそういう浮わついた話ではない。父さんが亡くなったのは一年ほど前の話だったが、その前に一つだけ男の約束をしていたのだ。


『なぁ、祐介。男の価値って何で決まるか知ってるか?』


 彼は弱い人を守れる強さ、勇気とか、優しさ……と思いつくものを片っ端から言っていったが、ことごとく「惜しい!」と言われた。それと同時に「けど、正解じゃないかな」と付け加えて。


 だから、碌な答えじゃ納得しないぞと、拗ねながら答えを訊いた。

 すると父さんは


『それはな、どれだけみんなのために頑張れるかだ。どんな時でも、いつも誰かのためにってな。

 そしたらいつか、その誰かがきっとお前を助けてくれるから』



 当時の彼はイマイチ理解できずに、フンッ、とそっぽを向いた。直後にひげじょりじょりの刑にあって激しく後悔したが。あれ汚いんだよ。じょりじょりする上に、ちょっとヌルヌルするんだよ。あとちょっと臭い。

 こういう親子のスキンシップって、いま思い出すと少し懐かしい……となるのが普通だと思われるが、そんなことはない。ホントに臭い。


 そして、そんな地獄をどうにか生き残り、ぜぇぜぇと虫の息になった祐介は言ったのだ。


『分かったよ……僕、良い男に……なるから……もうやめて』

『おう』


 と、言ってもそれから彼の何かが大きく変わったというわけではない。玉にそのことを思い出し、実行すると言うだけのことだ。だた、その``たまに``はそこで来た。

 彼は、彼女と友達になろうと考えたのだ。

 しかし、考えたのは良かったが、中々行動に移すことはできなかった。彼女とどうすれば仲良くなれるのか、全く分からなかったのだ。


 例えば授業中。

「如月さん、本が楽しいのは分かるけど、今は理科の教科書を読みましょうか」

「……今ハリーが死にそうなんです」

「小3なのにハリーポッター!?」


 とか

「如月さん、道徳の授業眠たいのは分かるけどもうちょっと我慢しようか」

「……将来私が道徳になるので」

「授業中寝る子が言っても意味ないわよ!」


 とか

(モブ女子)「ねえねえきさらぎさーん。なんのえをかいてるのー」

「……抽象画よ」

(再びモブ女子)「そうなんだー、それじゃあわたしもちゅうしょうが~」

(ツッコミモブ先生)「白紙で提出するのはやめなさい!」

 

 とか。


 余談だが、翌年からテーマが「自由に絵を描こう」から「風景画を描こう」に変わったらしい……。

ともかく、そのあまりの型破りな性格に、祐介の心は早くも挫けそうになっていた。それなりに友達が多い方だとは思うが、ここまで特殊なケースは見たことがない。


 でも、ある冬の日の放課後。

 友達が休んだせいで係の仕事が二倍になった祐介は、寒さとみぞれに耐えながら一人で帰っていた。確か、朝にニュースで「冬将軍が本格的に攻めてきます」と聞いて変身ベルトか使って武装した記憶があるので、相当寒かったはずだ。

 ちなみに、母さんには超笑われた。 


 かじかんだ指先にはぁはぁ吐息を吹きかけて、感覚がなくなりかけの指で傘を持つ。さらに、寂しさをごまかすように歌った。


「真っ赤なお鼻の~♪ 「ミー」さんは?」


 と、唐突に可愛らしい声にそれを邪魔された。見ると、道の端っこには「拾ってあげてください」と紙が張られた段ボール箱。


中を覗くと、白い子猫が寒さに震えていた。一応は毛布にくるまれてはいるが、かなり弱々しい様子。


「あちゃー、捨て猫かー」


 嫌なものを見た、と祐介は思った。本人的には拾ってあげたいのだが、実は彼の母親は猫アレルギーなのだ。近くにいるだけで目を真っ赤にし、鼻水が止まらなくなるらしい。

 なので、彼が飼ってあげると言う選択肢はハナから存在しない。だが、このまま見て見ぬふりをするのも寝覚めが悪いというものだ。

 

「うーん……」


 でも、結局祐介には何もできなかった。


 それから数十分後。


「もう、何でこんな日にお使いなんかさせるかな」


 面倒に思いつつ、しかし断ったら母親が「冬将軍の件、面白かったなぁ。今度ママ友に言っちゃおうかなぁ」と脅されたので、しぶしぶ雨道を歩く。小学生脅すとか、いま思えば最低だな。

 スーパーがあるのは学校の方向だ。必然的にさっきの道を通ることになる。


「ん? 如月……さん?」


 傘をくるくるとまわしながら歩いていると、段ボール箱の前でかがんでいる彼女の姿があった。傘が邪魔で顔が見にくいが、多分あっているだろう。何やら話しかけているようで、こっそりと耳をそばだてる。


「ニー、ニー」

「……ニャーニャー」

「ニー」

「……ニャニャニャーニャ? ニャニャ?」

「………………」


 祐介は見てはいけないものを見てしまったと、左手で目を覆い隠した。可愛いところもあるんだなと、ちょっとニヤけながら。

 彼女はそのままこちらに気付かないまま、しばらくの間ずっとそこで戯れていた。指で首元をコロコロといしたり、やっぱり猫語を話したり……。


(そんな好きなら、飼ってあげれば……あぁ、そうか)


 飼えないから、ああして遊んでいるのか。どんな理由かは分からないが、ペット禁止のマンションとか良く聞く。

 あの様子だと、飼えるのならとっくに胸に抱えて帰っているだろうし。そう思うとな彼女の顔が少し寂しそうなものに見えた。


 しばらくすると、そろそろ行かないとまずいのか、奏は名残惜しそうに立ち上がった。


 ――傘を置いて、だった。


 気付いてすぐに祐介は駆け寄った。そのまま彼女を傘に入れる。

 突然濡れなくなった如月さんでは、戸惑ったような顔をしてこちらを向いた。


「雨に濡れたら風邪ひくよ? 家まで送るよ」

「…………えっとー」

「ほら」


 困惑した彼女を、祐介は強引に連れ出した。


「……あの、家、逆」

「……すみません」


 ◆


 その日から二人は少しずつ話すようになった。男子の中には二人をからかうものもいたが、祐介は気にしなかった。

 猫については一晩だけ如月さんの家に預かってもらい、翌日学校で飼い主探しを行った。700人ほどの生徒がいる小学校なので一人くらいはいるだろうと思ってのことだが、なんと翌日には8人もの応募。先生を含めての話し合いになって、結果的に一番年上の6年生の家族の仲間入りとなった。


 如月さんは凄く別れをつらそうにしてたけど、しっかりと「……よろしくお願いします」と頭を下げていた。その時どんな表情をしていたのかは、未だに知らないけれど。

 これで、めでたしめでたし……じゃないか。そう言えばあの後、めでたくなかったこともあったけ。


「ねえゆうくん、頼んでおいた買い物は?」

「キャットフードを買ったって言ったら怒る?」


 来月のお小遣いから引かれました。あと、冬将軍の話も広められました。クソばばあめ。


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