15話 花火
セーフ!
まだ8月10日の、24時5分だから。桜荘の千尋先生も、29歳と17カ月って言ってたし!
それとブックマークしてくれた方、ありがとうございます! 僕がこうして書くモチベーションを保てているのも御二方のおかげです。もっと前からブックマークしてくれた方には、さらに大きな感謝を!
まいのお母さん――小川さんは、事情が分かると深々と頭を下げた。
「この度は本当にありがとうございました。おかげでこの子を見つけることが出来ました。寂しがらずに済んだのも、あなたたちのおかげです」
「いえいえ、別に僕らは大したことした訳じゃ……」
「それでも、助けていただいたお礼はさせてください。それと、迷惑かけてすいません」
「迷惑なんてことはないですよ。とってもいい子ですし」
これは祐介の本心だ。迷惑だなんてとんでもない。なんだか奏と『三人家族』感みたいなものを満喫できて、今にして思えば良い時間を過ごせた。
けれど小川さんは先ほどからずっとこの調子だ。どうやら責任感が強いタイプというか、子煩悩というか、そんな感じの人のようで、頭を下げ続けるのである。
祐介としては、年上に、しかも美人の女性にそんなことをされても困るだけだ。きっと、隣りにいる奏も似たように感じているだろう。出来ることなら今すぐにでもやめてほしいのだが……あまり期待はできなさそうだ。
そして、最後の砦であるまいは、母親のスカートに顔をうずめていた。
実は、さっきまで「う``……うっ……」と小さく泣いていたのだ。あれだけ楽しそうにしていたところで、そこは小学校低学年。母親に会えたことで安心感と、それまでの不安が一気に押し寄せて、耐えられなくなってしまったのだろう。彼もまた幼いころにな多様な経験をしたことがあったので、気持ちがよく分かった。
今は嗚咽も、鼻をすする音も聞こえてこない。恐らく、泣いたところを見られて恥ずかしいのだろう。そっとしてあげることにする。
「……祐介も、それでいい?」
「え、あ、ごめん。ぼーっとしてた。話聞いてなかったかも」
「……花火が特等席で見られるって話」
「……何の話?」
「……どれだけ聞いてないのよ」
「すいません」
奏にジトっとした目を向けられ、祐介は素直に謝る。すると彼女は呆れた表情そして、かいつまんで説明してくれた。曰く、まいのお父さん――小川さんの旦那さんは、この花火大会において偉い立場にあるようだ。で、まいの相手をしてくれたお礼にその旦那さんに頼んで、発射台付近の『関係者以外立ち入り禁止』エリアに特別に入れてくれるらしい。
「それって、打ち上げ花火をほぼ真下から見れるってこと?」
「……ん。あと、一番近く」
「おー」
『情けは人のためならず』ということか。善行が思わぬ形で自分に返ってきた。
一瞬、そんなところにいるのはは危険じゃないか、と思ったものの、プロがやるんだしそれは杞憂かと考えなおす。
「でも花火の時間ってそろそろ……うわ、結構やばい」
裾をめくって腕時計を確認すると、もう開始時間八分前まで迫っていた。そういえばさっきまであれほどあった人だかりも消え、いつの間にかかなり見通しが良くなっている。
「小川さん、時間ないからすぐ行かないと」
「あ、いえ。私たちは別で。この子、まだ花火の音が怖いみたいなので。夫には、私から連絡しておきます」
小川さんはそういいながらまいを見た。言われて祐介は納得する。確かに彼も、幼い頃は花火やら大太鼓やら、そういう臓器にずしんと来る音が苦手だったのだ。
「分かりました。ありがとうございます」
「……ありがとうございます」
「いえいえ、これはお礼ですから」
そんな風にもう一度だけ頭を下げ合う。
その時、祐介はこっそりとまいの様子をうかがった。先程の言葉の真意が問いたかったのだ。けれど、このタイミングで聞く訳にいかないので、諦めるしかないか。
いまだに母親にスカートに顔をうずめているまいに、祐介は言った。
「じゃ、まいちゃんも、またね」
「……バイバイ」
「ほら、あなたも挨拶しなさい」
「……ばいばい」
まいはちらりと顔を向けて、小さく手を振ってくれた。
◆
若干不安に思いながら、『関係者以外立ち入り禁止』のロープの辺りできょろきょろしていると、近くのおじさんが声をかけてくれた。
「君達かい、うちの娘を世話してくれ――……って、さっきの少年じゃねぇか」
「あ。りんご飴屋のおじさん!」
「となりの女の子は――少年。気持ちは分からないでもねぇが、妻子持ちの俺からすりゃあ、あまり感心出来ねぇぜ」
「どんなこと考えてるかは大体想像つきますけど、違いますから! 元々四人で来たんです!」
まぁ、ほんの数時間の間に隣りにいる女の子が変わっていたら、色々勘ぐりしてしまうのは仕方ないことではあるけれど。
すると、おじさんは分かってくれたようにおー、と言って。
「もう一人いんのか?」
「男ですから」
「少年、まさか男にまで……」
「……離れて」
「如月さんまでのらないで!」
祐介は声を荒げて激しく突っ込んだ。そういう方面の人材は、もう十分に足りているのだ。
というか、奏はしっかり事情を分かっているはずなのに。
「ってかおじさん、普通に時間ないはずなんだけど。早く案内して下さい」
「おー、すまんすまん。っつても、特に案内とかねぇぞ。ロープまたいで、そこらへんでゆっくりしときな」
「なんか雑い……」
祐介と奏は言われたようにロープをまたいで中に入った。発射台の近くでは、色々な人が慌ただしく働いている。筒をいじくっていたり、打ち合わせをしているようで、誰も彼もが忙しそうだ。
祐介たちは近くにあった、パイプ椅子に並んで座った。
周りには花火士の人ぐらいしかいなく、ゆったりと見れそうだ。普通に見るとなると、こうはいかなかっただろう。それに、花火をほぼ真下から見るというのは貴重な体験な気がする。
上を見上げると、雲ひとつない綺麗な夜空。絶好の花火日和である。期待に胸を膨らませていると、おじさんまでもどっこらせと座った。
「おじさんも働かなくていいんですか?」
「良いんだよ別に。俺の仕事は仕入れとか土地とか会計とか、そういう細々としてるやつ。本番で働くことは……あ、すまん。仕事思い出したわ。ちょっと行ってくる」
「あ、はい」
おじさんはまたよっこらせと言いながら立ち上がる。それから走り出そうとして、けれど何か思い出したようで、こちらに振り返って言った。
「それと、あんま発射台には近づくなよ。普通に危険なんだ。何かあったら、大惨事だかんな」
「了解しました」
そう言って、おじさんは今度こそ走って行ってしまった。
そして、気付けば二人っきり。
「――……」
瞬間、祐介は体に変な力が入ってしまうのを感じた。
なんだか緊張する。
……意識した途端、それが加速する。緊張が緊張を呼んで、急速にのどが渇いてきた。
花火目前に、二人っきりというシチュエーション。さっきまで祭りを楽しんで。秋一には告白しろといわれて、千春には告白みたいなことをされて。そして、今日こそ告白すると、約束した。
多分、今日は大チャンスだ。自分の気持ちを伝えるのに、絶好のシチュエーションだ。
心臓が、バクバクと脈打つ。
何か話さなきゃ、と思うものの、何も浮かばない。さっきまであんなにおじさんには話せていたのに、二人になった途端これだ。なんだかおじさんが恋しくなってきた。……あ、今のナシで。
自嘲気味に笑っていると、奏がぽつりと言った。
「……今日は、楽しかった」
「……改まって言うほど?」
緊張のせいで少し遅れて返答すると、彼女は気にした様子もなく、「ん」と続けた。
「……学校で演劇の練習して。祐介の家でボードゲームして。浴衣着て祭りに来て。途中はぐれたりしたけど――今から二人で、花火を見る。……すごく、幸せなこと」
奏はしみじみと言った様子で、一言一言確かめるように言った。
綺麗な横顔だ。黒と桜色の着物がよく似合っていて。サイドテールの髪が風に揺られて、白いうなじがちらりと覗く。
けれど、同時に祐介は彼女が、触れれば今にも壊れてしまいそうな、そんな儚い存在のように思えてしまった。手を伸ばせば、そこにあるはずなのに。
触れられる勇気がないから、代わりに言葉を紡ぐ。
「それならさ! 来年もそうしようよ。また四人で家来てさ、バカみたいな話しながら、こんな風に花火を見に来ようよ。予定とか分かんないけど、どうせみんな暇してるだろうしさ」
祐介はことさら明るく言った。楽しい未来の話をしているのだ。未来の話をすると、鬼が笑うらしいのだ。だから祐介もそうする。
しかし、彼女はどこか渋い顔で返す。
「……忙しいかもしれない」
「なら、僕は絶対に予定を開けとくよ。きっとまた、来年ここに来る。だから奏も、そうしない?」
――最後の方はちょっと震えていた気がする。だって今の誘いには、本人にしか分からない、いろんな思いを乗せてたから。
返答が怖くて、祐介は少しの間目をそむけた。数瞬の後、覚悟を決めて彼女を見る。
――不思議そうな顔をしてた
「……かなで?」
代わりに、そんなことを言った。……え? なんのこと? かなでって……あ。
意味を理解した途端、祐介はパニックに陥る。
やばいやばいやばい。
今のは別に特に意味なんてないんです。ただのその場のノリっていうか、変なスイッチが入っただけなんです。いや本当はあるんだけど、ってかそれ今から言うんだしむしろ背水の陣で来な感じでバッチグー? でもまいちゃん話違うよ!
そんな思考をしている中で、まともな言い訳が出来るはずもない。なのに口は沈黙を嫌って、勝手に色々動いてしまう。
「いや、あの。えっと、ほら。特に意味なんてないんだけど、なんとなく? 親しみを込めて? 願いだって叶えてなんぼじゃん?」
「……絵馬。見たの?」
ギクッ、と祐介は体を震わせる。
今のは完全に藪蛇だった。頭の中で必死にうまい切りかえしを探そうとするものの、脳みそがまともな働きをしてくれない。
その間にもどんどん彼女の視線は険しくなって行き……。祐介は諦めて、せめて被害が自分だけにとどまるよう努力する。
「すみません。こっそりと見ました」
「……隠してあったはずだけど」
「……偶然見つけたんです。僕がかけに行く時たまたま」
「……偶然、たまたま、ね」
「は、はい……」
すると奏は少しの間、何か考えるようなそぶりをしてから言った。
「……まいちゃんね」
「………………ナゼデスカ」
「……普通に考えたら分かる」
……そういうものなのだろうか? 考えようとするものの、今の彼の脳みそは、いつにも増して絶不調だ。そういうものなのだろうと、思考を放棄した。参りました、と祐介の降参の意を示す。
でも、同時に。
今のやり取りで、あのまい言葉――『おねえちゃんのえまのおねがい、お兄ちゃんに下の名前でよんでほしいだって』。その言葉が本当だと分かったから。
祐介の中で、あるとてつもなく大きな疑問が膨れ上がった。
「それでさ、奏」
「……ん」
「何で……」
――何で、そんなこと絵馬に書いたの?
けれどその言葉は、小さな吐息となって口から洩れるばかりだった。喉まで、下の奥までその言葉は出てるのに、何故かそこでつっかえる。
いや、『何故か』じゃない。分かってる。
期待してるんだ。もしかしたらそうじゃないかって。
でも、もしそうだとしたらわざわざ確認するのも汚いような気がするのだ。そもそもそうじゃなかったら恥ずかしいし。自意識過剰にも程があるって話だ。
だけど。
言わなくちゃいけないって。もう、そんな段階じゃないだろって。そう思った。
意を決して、彼女を見る。
奏が、彼の名を呼んだ。
「……祐介――」
「僕は君が、君のこ――」
「……呼び方、やっぱり元に戻して」
………………………………………………………………………………え。
「……お願い」




