アウトサイド
知らない街に溶け込むことは難しい、それが学生時代なら尚更だ。
私は高校3年になる春、転校することになった。父子家庭であるので父に文句を言うことはできないのだが、もっとましな場所に引っ越せなかったのかと思う。
転校先である潮崎工業高校、通称「潮工」は聞くところによるととても荒れている学校らしい。ここがこの潮崎市で1番偏差値が高い高校であるというところから、この街の程度が伺える。
東京から来た私にとって、衝撃は大きかった。駅は小さく、商店街にもところどころシャッターの降りた店があり、街全体に暗い雰囲気が漂っていた。
しかし、潮工の生徒達はイメージとは違っていた。
多くの男子生徒は、制服を着崩したり髪を茶や金に染めていたが、女子生徒は落ち着いた着こなしをしていた。
工業高校なので、男子と女子の割合が約8:2となっているせいなのかもしれないが、女子達は転校初日から私を温かく迎え入れてくれた。
中でも、ミサキと呼ばれる色白の子はよく話しかけてくれた。彼女は前髪を真ん中で分けおでこを出したロングヘアで清潔感があった。そして化粧をほとんどしていないようなのに肌は綺麗だった。前の学校にはいないタイプだったので、私も好感をもった。
ミサキは私に、
「ナオちゃんだから、なーちゃんだね。」
と微笑みながら言った。
私は嬉しくて、それを承諾した。
私とミサキは変える方向が同じこともあって、一緒に登下校していたが、もうすぐ5月になるというある日の帰り道、彼女は突然言った。
「あのね、なーちゃん、潮商の男子には気をつけてね。」
ミサキが言うには、近くにある潮崎商業高校、「潮商」と私達の高校は仲が悪いらしい。何でも、潮工のトップであるキクチと潮商のトップのナカダは犬猿の仲にあり、そのせいで潮工内での喧嘩はほとんどないのに、潮商とのいざこざが絶えないため荒れた学校だと言われているそうだ。
私は嫌悪感をもった。そのキクチとナカダという2人はよっぽどワルなのか、バカなのかと思った。元々、私は男に対してあまりいい印象をもってはいなかったが、その話を聞いてさらに抵抗は強くなった。
「なーちゃんは可愛いから特に気をつけたほうがいいよ、潮商の制服を見たら走って逃げるんだよ。」
ミサキは私の目をまっすぐ見て言った。その表情が真剣だったため言葉を詰まらせていたら、
「まあ、潮工の女子が襲われたって話は聞いたことがないんだけどね。」
と笑った。
もうすぐ夏休みに入るという時期、学校帰りにミサキと別れた後、市で1番大きな本屋に大学受験のための参考書を見に行った。
そこで潮商の2人組に絡まれた。突然私は「勉強なんていいからカラオケでも行こーよ。」と後ろから話しかけられた。
苛立ちも募ったが、ピアスを開けた茶髪の2人に囲まれたため恐怖が勝った。どうにかして逃げようかと思ったが、手首をつかまれてしまった。
すると背後から、
「おい、やめろよ。」
と低く強い声がした。振り返ると、うちの制服を着た男子が1人立っていた。
喧嘩が始まるのかと思っていたら、2人組は「キクチに来られたら敵わねぇ。」と言って本屋を出て行ってしまった。
私はキクチと呼ばれた彼を見た。髪は短髪でワックスで立たせてはいるが、染めてはなくピアスも開けていなかった。制服の着こなしも校則をぎりぎり守っているようだった。そして何より優しそうな顔をしていた。
彼は私に「大丈夫だったか?」と聞いた。私は頷きお礼を言った。不意に疑問が浮かんだ。この人はなぜナカダという人と仲が悪いのだろう。私は彼に聞いた。すると彼は、「別に隠すようなことじゃないし教えてやるよ、ここは人もいるしそこの公園でも行こうか。」と言った。
公園に着くと「そこのベンチ座ってて。」と言い、彼はそばの自販機でペットボトルのお茶を2本買うと、1本を私にくれた。
彼もベンチに座りお茶を半分、一口で飲みほすと話し始めた。
「小さい頃の話なんだけど、俺とキクチは幼なじみでもう1人レイナって女の子と毎日のように遊んでたんだ。毎日3人一緒に登下校していた。俺はレイナのことが好きだった。でもその気持ちは、ずっと隠していた。小6の時、レイナの家が引っ越すことを伝えられた。ショックだった。そしてもうすぐ小学校を卒業するという時に、俺はレイナに告白された。突然のことで嬉しかった。だけど、何故か恥ずかしくなってしまい俺は彼女を振った。」
噛みしめるように話すキクチの表情はとても辛そうだった。
「卒業式の2日前だった、レイナは事故にあって死んだ。本当に事故だったのか、自殺だったのかはわからないけど俺が死なせてしまったのは確かなんだ。告白された後もいつも通り俺たちは3人で帰っていた。でもその日はナカダに、卒業式のことで残らなきゃいけないから2人で先帰っててくれと言われた。でも俺はレイナを1人で帰らせた。俺も用事があると嘘をついた。2人でなんて帰れないと思っていた。そうしたらあの事故が起きた。」
お茶をさらに一口飲んだ彼は、今にも泣きそうなのをこらえているようだった。
「それからだった。ナカダが俺に話しかけてこなくなった。多分あいつもレイナのことが好きだったんだろう。今までの仲の良さが嘘のようだった。それでも中学では揉めるようなことはなかった。一言も話さなかったけど。別々の高校になってから、あいつは俺の悪口を広めるようになった。正直苛立ったが我慢した。因果応報だからな。」
彼はペットボトルの中身を全て飲み干すと、自販機のわきのゴミ箱に投げ入れた。そのとき、一番星を見つめる彼は寂しそうな目をしていた。
私は彼に家まで送っていくと言われたが、断った。
次の日の昼休み、私はミサキに昨日のことで気になっていたことを聞いた。どうして、ナカダはキクチの悪い噂を広めているのに、この学校だったり商店街の人たちからはそんな話を1度も聞いたことがないと。
ミサキは言った。
「当たり前だよー、みんなそれがデマだって分かりきっているからね。あいつ、人が出来過ぎなんだ。困っている人がいたら助ける。悪いことは絶対にしない。それであのかっこよさだもんね、そりゃモテるわ。」
笑いながら話す彼女もキクチのことが好きなんじゃないかと思った。
夏休みのある日、私はミサキと図書館で勉強した後ファーストフード店で休憩することにした。
そこでミサキと、志望校について、次の模試についてと勉強の話を中心にしていたら急に小声になり、
「あそこにナカダがいる。」
と言った。
私もミサキの向いている方向を見ると、派手な格好をした4人がテーブルを囲んでいた。
「あの左手前の後ろ姿の金髪がナカダだよ。」
ミサキがそう言った瞬間、その男が振り向いた。
彼は驚きの表情を少し見せたあと、こちらに近づいてきた。
ミサキは帰るよと私に言ったが、彼は
「何もしねぇよ。」
と私たちに言った。
ナカダは格好こそ派手だが、思っていたより童顔で、声もキクチより高かった。
するとミサキも疑問に思っていたのか、どうしてキクチと仲が悪いのかと聞いた。彼は、前に私がキクチから聞いたこととほとんど同じ内容を話した。
ひと通り話し終えたあと、彼はさらに話を続けた。
「俺本当はめっちゃ後悔してるんだ。レイナは事故で死んだんだって思っても、あいつへの怒りは消えないし、あいつは凄え奴なのに傷つけることしかできないし、出来ることなら3人で笑ってた頃に戻りたい。でも、無理だろうな。ひどいことをしすぎた。」
話し終えた彼は数週間前のキクチと同じでどこか寂しそうだったが、すっきりした表情にも見えた。
ミサキは私に、
「私すごいこと聞いちゃったと思ったんだけど、なーちゃんそうは思わなかった?」
と聞いた。
私は2人にキクチから同じ話を聞いていたことを話した。
「そうだろうな。」
ナカダは呟いた。そしてポッケから携帯を取り出すと、1枚の写真を私に見せた。
そこでは3人の小学校高学年くらいの男女が笑っていた。キクチとナカダと。
そして私によく似た女の子と。
夏休みが終わり、帰り道ミサキと別れ1人で歩いていると、誰かにつけられていることに気づいた。
心当たりはあったが、こんなことをこの街の誰かに話しても誰も信じない、そんな気がした。