第7話 「彼女の失敗」
私がその事実を正直に告白すると、松本さんは細目を真ん丸にして硬直してしまいました。私は石段から腰をあげ、松本さんに向き直ると深々と頭を下げました。
「ごめんなさい!」
「ちょっと待ってくれ、どういうことなんだ」
松本さんは突然のことに焦りをみせ、両手を広げて眉を寄せました。煙管を咥えたまま思わず口を開いてしまったようで、火の点いた煙管は松本さんの浴衣の膝に転がりました。やがて、ドロのように原型をなくして煙管は溶けていきました。
「ごめんなさい。私、好奇心でマルをつけてしまったんです……」
私は松本さんの表情を見るのが怖くて顔を上げることができませんでした。前髪の向こうで、神様は無言になります。
「頭など下げんでもよろしい」
やがて、肩に手が置かれ、私ははっと顔を上げました。
松本さんは穏やかな顔をしていました。けれど、それは泣き寝入りした翌朝のような、悲壮感や虚無感の混じった表情でした。
「いいんだ。君はやさしい子だからね。願い事がどんどん無効にされるのが嫌だったのだろう」
害を被ったのは松本さんのはずなのに、なぜか私が慰められている現状に不甲斐なさを感じました。私には頭を下げることしかできません。
「まあ、もしも願い事が上手く叶えば済むことだ」
松本さんはのん気さを無理やり繕ったような表情で、そう言いました。
▼
やがて、清水八幡宮の境内に私たちのように石畳を歩いてくる二人の影が見えました。私が首を伸ばして何者か確認しようとすると、松本さんは珍しく機敏な動きで立ち上がり、私の腕を掴みました。
「あっちの茂みに隠れよう!」
私は状況が把握できずに二つの陰とせかす松本さんの顔を何度か見合わせ、とりあえず松本さんに従おうと引っ張られるままに竹薮のなかへ潜り込みました。
草をカサカサと鳴らせながら腰を下ろすと、ちょうど茂みの隙間から広間の様子が見れました。月明かりも朧なため、歩いてきた二人の顔までは確認できませんでしたが、一方は毛先が背中で揺れる長髪で、もう一方は背の高い男性のようでした。
「こんな時間に、どうしたんでしょうか」
私が肩を並べて座る松本さんに訊ねると、彼は「ああ」と相槌をうってから答えました。
「マルを描いた場合、場所を指定しなければ、願い事は短冊の掛かった場所で行われる」
松本さんは「つまりここだ」と付け加えました。
ということは、広間に見える二人は、短冊の書き主と、書き主の思い人ということになります。私は驚かされた時のようにドキッとしました。妙な緊張が芽生えます。