第5話 「意外な彦星」
あと数十枚の短冊を残したところで、松本さんのバツ書き込み作業は休憩に入りました。拝殿への境になる石段で二人して座り込み、竹林に囲まれる夜空を見上げ、のんびりと話をしていました。
「ここ以外の短冊は、誰が見て回るのですか?」
私が何の気なしにそう訊ねると、松本さんは「他の大罪持ちだよ」と聞きなれない言葉を口にしました。松本さんはまた口をもぐもぐさせると、今度はすでに火の点いた煙管を吐き出し、ぷかぷかと吸いだしました。私はタバコの類があまり好きではありませんでしたが、松本さんが煙管を咥える横顔は不思議と可愛く見えました。
「大罪持ち?」
私は思わず続けて質問を繰り返しました。
「うむ。君は八つの枢要罪を知っているかね?」松本さんはのん気に言います。
私はどこかで聞いたことあると思いましたが、なかなか脳裏の引き出しから相応の記憶は甦りませんでした。私がこめかみを突いて「ん~」としかめっ面をしているうちに、松本さんは言いました。
「八つの枢要罪というのは人間の持つ醜い部分のことを言う。罪の軽い順に暴食、色欲、強欲、憂鬱、憤怒、怠惰、虚飾、傲慢とあって、これをどこかの人間が説いたのだ。それを見ていていた大神様が影響されてね、神様のくせにこれらに当てはまるような奴らを皆に大罪持ちと呼ばせたのだ」
松本さんは夜空を見ていられなくなったように静かに俯くと、そのまま続けました。
「大罪持ちは罰として、各々の大罪に深く関わっているものを取り上げられる。例えば、暴食だと判定を受けたものは小食を強いられ、色欲だと判定を受ければ異性との接触を禁じられる。そして、もしも取り上げられたものを返して欲しければ、七夕の日にこの作業をしなければならないのだ。すると、その見返りとして一日だけは罪を犯しても見逃してもらえる」
「一日だけですか?」
私は大神様に対して呆れてしまいました。しかし、松本さんが言うには、神様にとっての一年は、人間にとっての一日と感覚が等しいそうなのです。
「しかし、不思議なことに私は毎年この日までが途方もない長さに感じる」
松本さんは俯けていた顔をすっと上げると、静かに話し始めました。
「君は織姫と彦星を知っているか?」
「あ、はい。もちろん……」
「その話の彦星とは、私のことだ」
松本さんのその発言と同時に、境内を強い夜風が吹き去っていきました。ざわざわと竹林が揺らめき、私の髪もなびきました。
私は声もなくただ驚き、表情一つ変えない松本さんの横顔をじっと見つめました。