第4話 「胸の奥の突っかかり」
仕事の内容が変わることはありませんでした。
短冊を数秒間だけ眺めて、「これは、無効だ」と言うと同時にバツを記す。私は松本さんのその動作を何十回も見せられていました。短冊の半数ほど判定を下しましたが、未だにマルを見ていません。けれど、松本さんはというと、それが当たり前だというような顔をしています。
「ちょっと、松本さん?」
私はついつい耐え切れなくなり、神様にむかって異見を立ててしまいました。「願い事、叶えてあげないんですか?」
松本さんは短冊の文字を読んでいるのを中断し、私へ向き直るとかすかに首を傾げました。短冊の文字を読むよりも少し長い時間、私が言ったことを吟味するように動作を停止させ、やがて大きく笑いました。「君は面白いことを言うね」
「面白いですか?」
私が少しだけ機嫌を悪くしたように眉をひそめると、少しだけ笑うのをやめてから、松本さんはゆっくり顎を撫でました。
「じゃあ、そこの短冊を例に挙げよう」
松本さんが指差した所には、もうすでに失効した紫色の短冊が夜風に揺れていました。顔を近づけてみると、『ユウくんと付き合いたい!』とでかでかとマジックで書かれていました。
松本さんが小さく咳払いをしたので視線を戻すと、彼は両の拳を私へ差し出していました。そして、右手の人差し指をピンと立てて「これがその短冊の書き主」、左手の人差し指を同じように立てて「これが文中に出てくるユウくん」と続けました。
「はいはい」
なにやら興味深い解説が始まったので、私は神様の指にかぶりつく勢いで話に食いつきました。
「もしも短冊の願いを叶えてやれば、二人はくっつくだろう?」松本さんは両の人差し指を傾けて、グラスで乾杯するように指をくっつけました。
「けれど、もしもユウくんという男にすでに恋人がいたら? すでに他の好きな人がいたら?」
私は黙り込んで考えたあと、「それは駄目ですね……」と素直に答えました。
「しかし、願い事は叶うのだから、二人は付き合うことになる。だとすると、書き主は幸せだが、無理やり恋人にされるユウくんに幸福はない」
確かに、と私が言おうとしたところで息も継がずに松本さんは続けました。
「他にも、ユウくんが芸能人の誰かだったら? 小説やゲームの登場人物だったら? 日本の反対側で生活している人だったら?」
すでに白旗を揚げたところをさらに銃撃されたような気分でした。
「物理的不可能な願いや、代償として他人を不幸にする願いはマルにはできない」
そう言うと、やがて松本さんは元の作業へ戻りました。先ほど読むのを中断していた短冊に、さっそくバツを書き込みます。私だって理解したつもりですが、それでも松本さんの筆がためらいなく短冊を無効にするたび、どこか胸の奥がグッと締め付けられるのでした。