第1話 「びゅーてぃふるな夜」
書きかけを見つけましたので、めがたり(女神にたりなかったもの)の前に片付けてしまおうかと思います。
予約してあるので、どんどん更新されると思います。
私は普段から深夜徘徊という行為をしたことがなかったので、昼の景色と一転した夜の目眩めくネオン街は、私にとって未知の世界そのものでした。左右ともに巨大な電子看板が夜の街頭を照らし、行き交う通行人の輪郭を浮き立たせます。辺りでは、大勢の方々が楽しそうにお喋りをして、がやがやと夜道を沸かせていました。
気分の高揚と感情の高ぶりから、頬を桃色へとほのかに染めながら、私は半ば朦朧と歩行していました。白い霞草が描かれた藍色のワンピースも、私が足を運ぶたびに波打って喜んでいるようです。
今宵は七月七日の七夕です。いつもは口うるさい両親も一年の内の七夕だけは夜遊びを許してくれるという我が家ならではの慣行に甘え、さっそく無目的のまま飛び出してきたのです。あわよくば織姫と彦星のごとく、素敵な出会いが待っているかもしれません。妄想に妄想を重ねた私は破廉恥なことに、通行人の訝しげな視線も気に留めずににやにやしていたのでした。
しかし、のちに思い至りました。慣行に甘えて夜遊びするのは今日が初めてなので、何をすれば良いのか分からないのです。どなたか夜遊びの達人たる知人がいれば教鞭を執っていただきたいのですが、恥じる事ながら私のみずぼらしい人脈では、頼れる方もいません。つまり私は最高潮へと達した好奇心に身を任せて街道をひた歩くほかなかったのです。
真っ直ぐ進んでいると、やがてひと気がなくなりネオン街の末端になります。すぐ後方では、先ほど歩んできた物情騒然な繁華街が相変わらず眩しい光と、けたたましい音を放っていますが、目の前には物音一つとしない薄暗い道が続いています。
一度でも足を踏み入れれば、二度と帰れなくなるような剣呑とした空気が取り巻いていましたが、私の好奇心の前にそんな不安は一蹴されて、私は闇を切り裂くようにずんずん歩いていきました。
やがて繁華街の騒がしい気配も薄っすら消えて、コオロギの鳴き声が心地よい川べりに突き当たりました。まぶたの裏に先ほどのネオンの光りが焼きついていて、まだ目が冴えませんでしたが、ふと夜空を見上げた私は歓声を上げました。
広大な宇宙に放り出されたかのように鮮明で、風光明媚な天の川が私の頭上に架かっていたのです。無数の白い星の輝きは言葉にできないほど綺麗で、私にはいつかの映画で見た海賊の宝石箱が想起されました。
魅入られた私は土手の芝生に寝転がると、有無も言わずに夜空を眺めました。静寂の暗がりの中は時間が止まったかのようで、時たま頬をなでる夜風が、高ぶっていた私の好奇心をどこかへさらっていきます。
「びゅーてぃふる!」
私は目をきらきら輝かせながら、夜空に向かって拍手をしました。私の歓声はまたたくまに虚空へと溶けていきましたが、独り言だったので頭上から返事が返ってくるとは思いませんでした。
「そうだろう、そうだろう」
天の川から彦星が応答してくれたのだと思い、私は身を起こしましたが、よくよく考えると声はさほど遠くない所から発せられたようで、私が辺りを見回していると「こっちだよ、こっち」と土手の上から声が掛かりました。
そちらを振り向くと、枝葉を垂らした柳の下に男性が立っています。男性の背後には妙に艶めきたる満月があり、その逆光で男性の顔は明瞭としません。浴衣で身を包み、あごを撫でながら私の方を見ているようでした。
「どなたでしょう」
私は恐る恐る訊ねました。すると、浴衣の男性はおもむろに答えます。
「うむ、私は神だよ」