俺と連れの恋愛事情2
「お前さ、あの中に好きな俳優とか居るのか?」
「……えー?」
心底面倒くさそうな声ですね、奥さん。
膝の上でもぞっと動いた彼女を抱きなおしながら俺は苦笑する。
久々に帰宅して、子供達も既にベッドの中。
よくある深夜の格付け番組を見ながら俺達は居間のソファーに座っていた。
少し前までやっていたゴールデンウィークのお勧め新行楽スポットランキングに代わって、今やっているのは人気俳優ランキングだ。
最近の月曜9時のドラマの主演俳優だとか、子供向け特撮番組のヒーロー役の俳優、或いは中高年のアイドルなどと最近呼ばれ出した古株俳優などが次々と画面に出ては、やたらに明るくちょっと頭の緩い感じの声でしゃべるアナウンサーがその俳優に関するマル秘情報とやらを喋っている。
大して興味を引く内容でもないし、マル秘情報もどうでも良い内容ばかりだったのでさっきの質問にも特に意味はない。
取り敢えず膝に乗せて抱きしめている彼女の感触を堪能するついでに訊いてみた程度だ。
……あ? セクハラだって?
これぐらいの密着は夫婦なんだし問題ないだろう。
役得だ役得。
偶にはこういうご褒美が無いと今みたいなきつい仕事はやってられない。
まぁ、彼女は心底嫌そう……と言うか散々抵抗された。
今は疲れたのか、それとも諦めたのか大人しく俺の膝の上で考え込んでいるけどな。
つむじも小さくて可愛いな。
「好きな俳優ねぇ……」
ややあって、顎の下の小さい頭がふっと溜息を吐きだした。
「別に居ねぇわ」
予想通りの答え。
まぁ、イケメン嫌いだもんなお前。
「つーか興味ないというか、半分以上顔分からんと言うか」
「はは……」
「世間の皆さんはああいうのが好きなんかねぇ……?」
ちらりと彼女の祖父の影響が見える言葉を呟いた連れにもう一つ質問を重ねたのは、大した理由ではなく、多分もう少し彼女が話すのを聞いていたかった程度の軽い動機だった。
「じゃあさ、お前の好きな男って誰?」
「……はい?」
ぐるっと顎の下の頭が振り返って、心底嫌そうで怪訝そうな顔が俺を睨む。
……。
ま、俺を見てる時は90%くらいはこんな表情ばっかりだからな。もう慣れた。
でも偶には笑ってくれないかな……普通に。
あのニヤリ顔じゃなくて普通に。
普通で良いから。
「いや……ああいうのじゃないんだろう?」
取り敢えず画面に出ている今売り出し中の若手俳優の顔を指すと、連れが「ケッ」と吐き捨てた。
若干だが彼に同情を覚える。
ま、俺も似たような扱いだけどな。
「何でそんなこと聞く訳?」
「いや、何でって……何となく?」
「ふーん……」
興味なさそうな声で適当に相槌を打ち、またぐるっと前を向いてしまった彼女に一抹の寂しさを覚える。
どんなに嫌そうでも、険しい表情でも、彼女の顔が見えている方が好きなんだな……俺。
「家族の奴」
「ん?」
「好きな男性ランキングつけるなら、全員オレの家族の男連中だな」
あぁ、お前家族煩悩だもんな。
「で、一番下がうちの父」
「……それは、羨ましいと思うべきか可哀そうと思うべきか悩むな」
「良いんだよ。母の1位がうちの父だし。夫婦なんだから娘の1位が別に父親でなくても良いだろ」
確かに彼女の両親は仲が良い。
あからさまにべたべたするタイプでは無いが、今でも偶に2人でデートに行っているらしい。
羨ましい。
俺は彼女とデートしたことなど数えるほどしか無い。
しかも最近は彼女は我が家の小悪魔たちにデレデレとするばかりで俺への冷たさが倍増している気がする。
羨ましい。
俺たちも子供達を置いて2人きりでデート出来ないな無理だ。
……。
即座に自分で下した結論が悲しすぎる。想定の余地すらないのか。
「で、その上が愚弟」
「あぁ、あいつな……」
「何で声が険しくなってるんですか」
「ま、色々とな」
「お前ら仲悪いよな」
そりゃあ良い訳が無いだろう。
あの野郎のことは悪いが結婚前から気に入らないんだ。
何かって言うとお前がなつくし、あいつには笑いかけるし、親しげに……いやまぁ肉親だから多少はしょうがないにしてもだな、ちょっと近づき過ぎだろう。
向こうだってあれでむっつりシスコンだからな。
大事な姉さんを奪った俺をあまりよく思っていないのは分かっている。
分かっていないのは俺の連れだけだ。
しかし、彼女の父、その上が弟と来て……まさかあいつが一番好きな男とか言わないだろうな?
お前がブラコンなのは知っているが、さすがにそれは許せないぞ。
「で、その上がじいちゃん」
「……あぁ」
あぁ、まぁそれは……妥当か。
一応それなら許しても良い。と言うか許すしかないだろう。
「ま、そんな感じ。おしまい」
そう言って、区切りをつけるように俺の腕をパシッと叩いた彼女に俺は苦笑して「そっか」と呟く。
俺の顔が好きじゃない俺の連れ。
結婚と言う制度で一応捕まえてはみてるが、未だに奥さんとか妻とか呼ぶには至っていない彼女。
どんな男が好きなのか、傾向を聞いて対策でも立てようかと思ったんだが、この答えじゃしょうがない。
結局のところ、コツコツ努力して認めてもらうしかないってことか……。
「お前の好みって難しいな」
「……知らん」
ぶっきらぼうに答える彼女に、俺は「俺の1番はお前だけどな」と取り敢えずその体を抱きしめ直した。
――速攻で肘鉄で反撃してくるような彼女だが、俺は心底可愛いと思っている。
じいちゃんが1位なんて一言も言ってねぇし……(ぼそっ)