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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

超うらしま太郎!

作者: まくらない
掲載日:2026/05/20

本稿を通読した編集部員のうち三名が、読了後に原因不明の白髪化・前歯の脱落、および本人の意思とは無関係な脱糞を訴えていることを、念のため付記しておく。


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本作は、長らく所在不明とされてきた未完の長編『超うらしま太郎!』の草稿である。発見されたのは京都府与謝郡伊根町の旧家の蔵、桐の箱の底からであった。校訂にあたった当全集編集部は、本文の異常な箇所を原文のまま採録する方針をとった。なお本稿を通読した編集部員のうち三名が、読了後に原因不明の白髪化・前歯の脱落、および本人の意思とは無関係な脱糞を訴えていることを、念のため付記しておく。


——以下、草稿全文。


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寒さ、そして飢え。浦島太郎の幼少期は、その二語に尽きた。


寒さは、まず睫毛に来た。冬の浜では、太郎の上下の睫毛に霜が降りて凍りつき、瞬きをするたびに、ぱきり、ぱきりと音を立てて睫毛が一本ずつ折れた。鼻の頭には日に三本ずつ氷柱が下がり、垂れた鼻水が頬の途中で凍って、頬から耳まで透明な橋が架かった。指は二月になると一本残らず青を通り越して紫になり、握った貝殻と指の区別がつかなくなって、太郎はしばしば自分の小指を貝と間違えて剥こうとした。家には壁が二面しかなく、残る二面は「寒いんだから仕方ない」という諦めで塞がれていた。


飢えは、もっと苛烈だった。食べるものがない日、太郎は囲炉裏の冷えた灰を舐め、浜辺の砂利を三粒、「これは握り飯です、これは握り飯です」と自分に言い聞かせながら飲み込んだ。砂利は腹の中で四日間かけて消化を試みられ、結局そのまま出てきた。腹の虫の鳴く音は次第に大きくなり、八歳の冬には浜全体に響き渡って、沖の漁師たちが「今日は時化(しけ)か」と勘違いして出漁をとりやめるほどになった。体重は同年齢の標準の四分の一、すなわち煮干し二十七匹分しかなく、強い北風の日には体ごと一〇〇〇〇メートル飛ばされ、そのたびに「飛んだもんは仕方ない」と言いながら一〇〇〇〇メートルの道のりを帰った。


太郎の親代わりは、その一匹の亀であった。亀は悲しみの中に生きていた。「貧乏なんやから仕方ない」と、亀はいつも丁寧な敬語のような関西弁のような口調で言った。「太郎、今日も物乞いに行っといで。世の中うまいこといかんのが標準仕様なんやから仕方ない」。太郎は病弱で、ふさぎ込んだ子供だった。砂浜に座って、引いていく波の数を二〇〇〇〇まで数えるだけの日々が続いた。


転機は、ある朝、突然訪れた。


水平線の彼方で海が縦に真っ二つに割れ、割れ目の底から黄金の宮殿が地響きとともにせり上がった。空は一瞬で夜になり、夜の中央に第二の太陽が昇り、その太陽が乙姫の顔であった。一万二八〇〇匹の鯛が隊列を組んで法螺貝を吹き鳴らし、波という波が直立して左右に道を空けた。乙姫は三〇〇メートルの高さから太郎を見下ろし、煮干し二十七匹分の体重の少年に向かって、海そのものを震わせる声で言った。「あなた、うちで働きなさい」。


そして次の瞬間、太郎は海の底の竜宮城の作業場に立っていた。睫毛は元どおりに生え揃い、体重は標準を超え、いつのまにか筋骨隆々とした青年に成長していた。海をどう下ったのか。いつ子供から大人になったのか。海を割ったあの乙姫はどこへ消えたのか。順序として、因果として、明らかに無理がある。だが、そうなったんだから仕方がない。


竜宮城は海の底にあり、時間の観念が希薄であった。ここで太郎は、生まれて初めて「仕事」というものを与えられた。


竜宮城の主要産業は、玉手箱の製造である。


ここで、玉手箱の製法について正確に記しておかねばなるまい。竜宮城歴二〇〇〇〇年より続くこの工程は、現実の漆器製作とほぼ同一の段取りを踏む。すなわち、(1) 木地師が朴の木を轆轤で挽いて箱の形をつくり、(2) 生漆を吸わせて木固めをし、(3) 角に布を着せて補強し、(4) 地の粉と漆を練った下地を塗り、(5) 砥石で水研ぎし、(6) 中塗を施し、(7) 上塗を重ね、(8) 呂色炭で鏡面まで磨き上げ、(9) 金粉で蒔絵を描き、(10) 鮑の貝殻で螺鈿を嵌める。ここまでは、輪島でも会津でも行われている真っ当な工程である。


逸脱は最終工程にある。(11) 仕上がった箱を職人の肛門にぴたりと宛がい、力んで、一年分の寿命を一発の屁として箱の内へ放ち、すかさず蓋を閉じる——これが竜宮城式玉手箱の本義である。箱に詰まっているのは「歳月」などという詩的なものではない。詰めた職人の尻から出た、臭気そのものである。一箱につき作り手は一年老いる。竜宮城の労働とは、自らの寿命を尻から箱に詰める作業に他ならない。乙姫はこの一年分の屁を封入直前に深く吸い込む役を、けっして他人に譲らなかった。


それでも太郎は働いた。働くことで、彼は変わった。波を数えるだけだった青年は、自らの肛門から物を生み出す喜びを知った。背筋が伸び、声に張りが出た。主体性を持ったひとりの職人になっていった。「俺はもう、波を数える子供やない」と太郎は思った。前歯が二本抜け、抜けた穴から細い小便のような涎が垂れた。「これでええんや。働けるんやから仕方ない」と太郎は思った。


竜宮城では、用途別にさまざまな玉手箱が作られた。すなわち——遅刻の言い訳を封じる箱、初恋の相手のちんぽの大きさの記憶を封じる箱、来週の月曜日だけを抜き取る箱、亀の悲しみを十年分まとめて圧縮する箱、寝小便を前借りする箱、二日酔いの嘔吐を封じる箱、十六番目、書き手がネタに詰まったときにその事実ごと封じる箱、推し活の費用を寿命に両替する箱、内臓の疲労を尻から抜いて見ないふりをする箱、犬のうんこをメタンに発酵させて燃料化する箱、職人全員の肛門を一つに連結する箱、そして「玉手箱を入れる玉手箱」、最後に「玉手箱という分類体系そのもの」を入れる箱。年間製造数、三億七千万個。封入時に発生する臭気で、竜宮城の上空は常に黄色く濁っていた。


太郎が最も心血を注いだのは、出荷用の取扱説明書であった。彼が記した文面は、次のようなものである。


> 【竜宮城謹製 玉手箱 ご使用上の注意】

> 一、本品は一度開封すると元に戻りません。

> 一、開封すると、詰めた職人の尻から出た三十年分の臭気が一気に噴出します。これは仕様です。

> 一、誰か。誰か俺をこの海の底から出してくれ。もう一年が数えられない。乙姫が今日も俺の尻を嗅ぎに来る。乙姫の鼻息で蓋が開かない。

> 一、以上の症状は正常な経年変化ですので、安心してご使用ください。


竜宮城の朝礼では、太郎の作詞した労働歌が斉唱された。


> 海の底にも 朝は来る(来ない)

> 削る寿命に 誇りあり

> 一発ひれば 一つ老ゆ

> 帰る浜辺は もう無いが

> それでも今日も 尻を向け

> 助けて 助けて 力んで詰める


なお学術的に補足すると、竜宮城における時間の遅れは、いわゆる浦島効果(高速運動下での時間の遅延を指す物理用語)と同型である。心理学でいう Construal Level Theory に照らせば、太郎は自らの老いと尻の損耗を「遠い対象」として高次に解釈することで、痛みと臭気を脱色していたとも言える。要するに、距離を取れば老衰も脱糞も笑える、ということである。一兆年に一度の悟りであった。


歳月——いや、玉手箱の在庫、いや、屁、いや、臭い、臭い、たすけて——が、積み上がった。気がつけば太郎は腰の曲がった老人になり、肛門はもはや常に半開きであった。だが彼の顔は穏やかであった。最後の一箱を仕上げ、震える尻を宛がい、最後の一年を渾身の一発で封じ込めながら、太郎は満ち足りた息を吐いた。働く者には尊厳がある。ささやかな幸福がある。誠実に尻から働いたのだから仕方ない。


幸福な浦島太郎であった。


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——以上が、当全集第三巻に収録された草稿の全文である。著者名は不詳。文末が「であった」で終わる以上、本作はここで完結していると校訂者は判断する。


と、いうのが、桐の箱——すなわち一個の玉手箱——の底に封じられていた一巻だったのでーす、と、伊根町の老亀は言った。「これ、開けてもうたんやね。出荷用の現物やのに。中身の臭い、もう出てしもたな。仕方ないけど」。


そして読者諸君、念のため自らの尻に手を当てていただきたい。あなたがこの草稿を読みはじめてから読み終えるまでに、竜宮城の換算ではちょうど三十年が経過し、その三十年分が今まさにあなたの肛門から音もなく抜けていったところである。前歯を確認してほしい。白髪を数えてほしい。鼻先の臭気を確かめてほしい。安心してほしい、これは仕様である。次の一巻は、あなたの寿命が詰まりしだい刊行される予定です。

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