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月下の決別

【お知らせ】

この作品は生成aiを用いて執筆を行なっています

あらかじめご了承の上、お楽しみください

夕暮れの光が薄れゆくセレスティーヌ邸の玄関前。ルナは淡い藤色のドレスに身を包み、静かに馬車を待っていた。普段より少しだけ丁寧に整えられた銀灰色の髪が、沈みゆく陽光を受けて淡く輝いている。


今宵、王太子クロードとの最後の対面に臨む。復縁を求める手紙の意図は明白だった。だからこそ、直接会って断らなければならない。言葉ではなく、態度で。


「待たれよ」


凛とした声が響き、ルナは振り返った。庭園の木立の影から、銀髪の青年が歩み出てくる。深い藍色の瞳が、夕闘の中でもなお鋭い光を湛えている。ルナリア王国の若き国王、アルテミス・ノクターン・ヴァン・ルナリア。


「アルテミス陛下。わざわざお見送りに?」


ルナの問いに、アルテミスは首を横に振った。


「クロード王太子が貴女に会いたがっている理由を、知っているか」


その言葉に、ルナの淡い紫の瞳が僅かに細められる。


「収穫祭での一件以来、殿下の継承権は揺らいでいる。父王陛下からの信頼も失墜しつつあると聞いております」


「その通りだ」


アルテミスは頷いた。


「追い詰められた王太子が、かつて捨てた婚約者に何を求めるか。推測は難くない」


復縁——その言葉が、二人の間に無言のまま浮かび上がった。


ルナは静かに微笑んだ。その笑みには、悲しみも怒りもない。ただ、全てを見通したような穏やかさがあるだけだった。


「予想しておりました。だからこそ、会って断るのです。言葉ではなく、態度で」


アルテミスの眉が僅かに動いた。感心とも、心配ともつかない表情。


「……追い詰められた者は何をするか分からない」


彼は視線を横に向けた。その先には、黒衣を纏った青年が控えている。漆黒の髪と黒曜石のような瞳を持つノワール——ルナの弟子にして、かつてはアルテミスの密偵だった男。


「護衛としてノワールを同行させる。異論はないな」


ルナは一瞬、断ろうとした。しかし、アルテミスの藍色の瞳に宿る真摯な光を見て、その言葉を飲み込んだ。これは命令ではない。心配しているのだ、この口下手な国王は。


「……ありがとうございます、陛下」


ルナが素直に礼を言うと、アルテミスは僅かに目を見開いた。そしてすぐに視線を逸らし、低い声で呟いた。


「無事に、戻れ」


その言葉の奥に込められた感情を、ルナは確かに感じ取っていた。



王宮の庭園には、銀色の月光が降り注いでいた。


手入れの行き届いた薔薇の花壇、白大理石の噴水、幾何学模様に刈り込まれた植え込み——全てが青白い光に包まれ、まるで夢の中の景色のようだった。


ルナは噴水の傍らに立ち、静かに待った。背後の木立の影には、ノワールが気配を消して控えている。


やがて、砂利を踏む足音が聞こえてきた。


「来てくれたんだね、ルナ」


金髪が月光を受けて輝く。碧い瞳が、かつての婚約者を見つめる。クロード・レグルス・フォン・エストリア。五年間、ルナが全てを捧げた相手。そして、公衆の面前で彼女を「地味で愛想がない」と切り捨てた男。


婚約破棄から数週間。しかしルナにとっては、遠い昔のことのように感じられた。


「お呼びとあらば」


ルナは淡々と答えた。その声には、かつてのような必死さも、媚びもない。


クロードは一瞬たじろいだ。目の前の女性は、確かに見覚えのある銀灰色の髪と淡い紫の瞳を持っている。しかし、纏う空気が全く違う。以前の彼女は、いつも彼の顔色を窺い、彼の機嫌を取ろうとしていたはずだ。


「その……まず、謝らせてほしい」


クロードは意を決したように口を開いた。練習してきたのだろう、その言葉は滑らかだった。


「全ては僕の過ちだった。ショコラに惑わされ、君の本当の価値を見失っていた」


ルナは黙って聞いている。その無表情が、クロードを焦らせた。


「君こそが僕にふさわしい婚約者だ。月光魔法の使い手であり、あの『幻のショコラティエ』であり……君の才能は、この国の宝だ」


才能。国の宝。


ルナの心の中で、冷たい声が囁いた。——ああ、やはり。


「僕と君が手を組めば、この国はもっと繁栄する。国のためにも、どうか考え直してくれないか」


国のため。才能のため。自分のため、とは一言も言わない。


私を見ている振りをして、見ているのは私の価値だけ。


ルナは静かに息を吐いた。予想通りだった。いや、予想以上に空虚だった。この男の言葉には、一片の誠意もない。あるのは、失われた地位への執着と、利用価値への計算だけ。


「殿下」


ルナは穏やかな声で口を開いた。その穏やかさが、かえってクロードを不安にさせた。


「一つお聞きしてもよろしいでしょうか。五年間、私が殿下のために何をしてきたか、覚えていらっしゃいますか」


沈黙が落ちた。クロードの碧い瞳が、困惑に揺れる。五年間——確かに、ルナは傍にいた。いつも控えめに、目立たぬように。でも、具体的に何を……?


「君は……傍にいてくれた」


「それだけですか?」


ルナの声は責めるでもなく、悲しむでもない。ただ、事実を確認するかのように淡々としていた。


「私は五年間、殿下の好みに合わせてショコラを作りました。カカオの産地、甘さの加減、口溶けの具合——全て殿下のお好みを研究して」


クロードの顔色が変わった。


「政治の勉強のお手伝いもしました。殿下が苦手とされていた財務の計算を、夜遅くまで一緒に解いたこともあります。社交界での立ち居振る舞いについても、何度も助言いたしました。あの令嬢は殿下のことをこう思っている、あの貴族には気をつけた方がいい、と」


言葉が積み重なるたびに、クロードの表情が強張っていく。思い出せない。言われてみれば、そうだったような気もする。でも、具体的な記憶がない。


「でも殿下は、それを全て『当然のこと』として受け流していらっしゃいました」


月光が、ルナの銀灰色の髪を淡く照らしている。その横顔は、儚げでありながら、どこか神々しくさえ見えた。


「感謝の言葉は一度も。労いの言葉も一度も。殿下にとって、私の献身は空気のようなものだったのでしょう。あって当たり前、なくなって初めて気づく——いえ、なくなっても気づかなかったかもしれませんね」


「そんなことは……」


クロードは反論しようとした。しかし、言葉が出てこない。反論する材料がない。記憶がないのだから。


彼女が何をしてくれていたか、本当に、何も覚えていないのだ。


その事実が、クロードの胸を鋭く抉った。


「だから、お断りします」


ルナの声は静かだった。しかし、その一言一言が、夜気を震わせるほどの重みを持っていた。


「私は、私を見てくれない人の隣には、もう立ちません」


クロードは愕然とした。予想していなかったわけではない。しかし、こうも明確に、こうも冷静に拒絶されるとは。


「待ってくれ、ルナ。僕は——」


「殿下」


ルナは静かに遮った。


「今更何をおっしゃっても、私の心は変わりません。五年間で変わらなかったものが、数週間で変わるはずがないのですから」


その言葉は、刃のように鋭かった。しかし、そこに悪意はない。ただ、冷徹な事実があるだけ。


ルナは踵を返した。月光に照らされた白い項が、クロードの視界から遠ざかっていく。


「さようなら、殿下。どうぞお元気で」


去り際、ルナは振り返った。その淡い紫の瞳が、最後にクロードを捉える。


「それから、ショコラのショコラが美味しかったのは、全て私が作っていたからです。収穫祭で味わわれたはずですが、もう一度、ご自分の舌で思い返してみてください。あの味と、ショコラが最近作ったものと、どちらが本物だったか」


クロードの息が止まった。五年間、ショコラから届いていた「手作りの贈り物」。その全てが、目の前の女性の手によるものだった。


「ルナ……!」


手を伸ばそうとしたその時、黒い影がクロードの前に立ちはだかった。漆黒の髪、黒曜石の瞳——ノワールが、無言で道を塞いでいる。その視線は何も語らない。しかし、一歩も退く気配がないことは明らかだった。


月明かりの下、ルナが去っていく。その背中は真っ直ぐで、一度も振り返らなかった。


クロードは、呆然と見送ることしかできなかった。自分が捨てたものの大きさを、今更ながら思い知りながら。



セレスティーヌ邸に戻ると、玄関前に見慣れた銀髪の人影があった。


月光を受けて輝く銀の髪。深い藍色の瞳が、帰還したルナを捉える。


「終わったか」


アルテミスの問いに、ルナは足を止めた。


不思議だった。王宮からの帰り道、馬車の中でずっと考えていた。五年間を費やした相手と、たった今完全に決別したのだ。もっと感傷的になるかと思っていた。涙が出るか、あるいは虚しさに襲われるか。


しかし、実際に胸の中にあるのは——。


「ええ、ようやく」


ルナは微笑んだ。自分でも驚くほど、穏やかな笑みだった。


「ようやく、終わりました」


アルテミスは黙ってルナを見つめていた。その藍色の瞳に、何か深い感情が揺れている。安堵か、喜びか、あるいはその両方か。


やがて、彼は無言で手を差し出した。


「今夜は月が綺麗だ」


見上げれば、満月が煌々と輝いている。銀色の光が、庭園の全てを幻想的に染め上げていた。


「少し、歩かないか」


ルナは、その手を見つめた。


五年間、誰にも見てもらえなかった。才能を利用され、献身を当然のように受け流され、最後には公衆の面前で恥をかかされた。けれど今、目の前には——自分を見てくれる人がいる。才能だけでなく、強さも弱さも、全てを認めてくれる人が。


「……はい」


ルナは、その手を取った。アルテミスの手は温かかった。口下手で感情表現が苦手なこの国王の、不器用な優しさが伝わってくるようだった。


二人は並んで歩き出した。月明かりに照らされた庭園を、ゆっくりと。


「……泣かなかったのか」


「泣くほどの価値があったかと問われれば、少し考えてしまいますわ」


「……そうか」


「ただ、五年という時間は確かに費やしました。その意味では、少し寂しくはあります」


「無駄だったとは、思わないのか」


「いいえ。あの五年間があったから、今の私がいます。人を見る目を養えた、という点では……皮肉な収穫ですけれど」


アルテミスの口元が、僅かに緩んだ。


「……強いな、君は」


「強いのではありません。ただ、もう同じ過ちは繰り返さないと決めただけです」


木々の葉が風に揺れ、さらさらと囁くような音を立てている。庭園を抜け、屋敷の裏手にある小道へ。月光に照らされた小道は、まるで銀の絨毯を敷いたようだった。


二人は黙って歩いた。しかし、その沈黙は心地よかった。言葉がなくても、傍にいるだけで伝わるものがある——そんな穏やかな時間。


「ルナ」


不意に、アルテミスが足を止めた。


その声には、いつもの冷徹さがない。代わりに、どこか緊張したような、躊躇うような響きがあった。


「……何でしょうか」


「一つ、聞いてほしいことがある」


ルナは振り返った。月光の下、アルテミスの銀髪が淡く輝いている。その藍色の瞳が、真っ直ぐにルナを見つめていた。


「私がなぜ、これほど『月光のショコラティエ』に執着していたか」


その言葉に、ルナは息を呑んだ。三年前から届いていた、ルナリア王国からの注文書。匿名で、しかし莫大な報酬を添えて。ルナはずっと疑問に思っていた。なぜ、一国の王が、これほどまでに自分のショコラを求めるのか。


「陛下……」


「話しておきたい」


アルテミスの声が、夜気に溶けていく。


「私の過去を。そして——あのショコラに込められた、本当の意味を」


月が、二人を見下ろしている。銀色の光の中で、アルテミスの瞳に、かすかな翳りが宿った。それは、長い間心の奥底に仕舞い込んでいた何かを、ようやく解き放とうとする者の表情だった。


「お聞かせください、陛下」


ルナは静かに頷いた。


夜はまだ長い。そして、月光の下で語られる物語は、二人の絆をさらに深いものへと導いていく——。

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