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黄金の檻、銀月の審判者

【お知らせ】

この作品は生成aiを用いて執筆を行なっています

あらかじめご了承の上、お楽しみください

収穫祭当日の王宮大庭園は、まさに黄金の夢が具現化したかのようだった。


数百本の蝋燭が揺らめき、秋の実りを模した飾り付けが庭園を彩っている。琥珀色の葡萄、深紅の林檎、黄金の麦穂——それらが絡み合うアーチの下を、この国の名だたる貴族たちが行き交っていた。


しかし、今宵の視線は飾り付けにはなかった。


上座に設けられた賓客席——そこに座す銀髪の君主に、誰もが釘付けになっていた。


アルテミス・ノクターン・ヴァン・ルナリア。隣国ルナリア王国の若き国王にして、「銀月の君主」と称される男。深い藍色の瞳は秋の夜空よりも深く、その存在感は月そのもののように静謐でありながら、圧倒的だった。


「……本日はお招きいただき、光栄に存じます。収穫の季節に、このような華やかな宴を催されるとは——この国の繁栄を物語っておりますな」


アルテミスの声は低く、よく通った。形式的な挨拶であるはずなのに、その一言一言が重みを持って響く。


傍らでホスト役を務めるクロード・レグルス・フォン・エストリアは、ぎこちない笑みを浮かべていた。金髪碧眼の端正な容姿、王太子としての気品——本来ならば彼こそがこの場の主役であるはずだった。だが、アルテミスの隣に立つと、彼の華やかさはどこか薄っぺらく見えてしまう。


「こ、光栄です、ルナリア国王陛下。我が国としても、陛下をお迎えできることを喜ばしく思っております」


クロードは内心で歯噛みした。同じ王族でありながら、この差は何だ。アルテミスは何も威圧的なことは言っていない。ただ座っているだけだ。それなのに——。


「殿下、お顔の色が優れませんわね。何かお気に障ることでも?」


甘い声が耳元で囁かれた。ショコラ・ヴァレンティーヌが、心配そうな表情を浮かべてクロードの腕に寄り添う。今宵の彼女は、蜂蜜色の巻き毛を高く結い上げ、深紅のドレスに身を包んでいた。胸元には大粒のルビーが揺れ、薔薇色の頬が蝋燭の灯りに映えている。


「大丈夫だ、ショコラ。少し考え事をしていただけだ」


「まあ、殿下ったら。今宵は楽しむ夜ですのに……ふふ、私がおそばにおりますから、ご安心くださいませ」


ショコラは愛らしく微笑んだ。しかし、その琥珀色の瞳の奥には、隠しきれない焦燥が渦巻いていた。


昨夜、信頼できる手の者に託した密書——セレスティーヌ伯爵邸の地下工房に火を放て、という指示。証拠を、全て灰にしろ。


ショコラの視線が、無意識に庭園の入口へと向かう。


——来るはずがないわ。あの工房が燃えていれば、ルナには何もできない。私の勝ちよ——


その時、入口の喧騒が、ぴたりと止んだ。




庭園の入口に、一人の令嬢が姿を現した。


銀灰色の髪が、昇り始めた月の光を受けて淡く輝いている。ドレスは控えめな藍色——派手さはないが、仕立ての良さと品の良さが一目で分かる。淡い紫の瞳は、静かな水面のように凪いでいた。


ルナ・セレスティーヌ。


婚約破棄された元王太子妃候補にして、今やあらゆる噂の渦中にある伯爵令嬢。


「あれは……ルナ・セレスティーヌ嬢?」


「婚約破棄された元王太子妃候補が、なぜここに……」


囁きが波紋のように広がる中、ショコラの顔から一瞬で血の気が引いた。


——なぜ。なぜここに——


工房は燃えているはずだった。少なくとも、大混乱に陥っているはずだった。それなのに、ルナはまるで何事もなかったかのように、平然と——いや、優雅にすら見える足取りで会場に入ってきた。


「ショコラ様? どうかなさいましたの? お顔が真っ青ですわ」


近くにいた令嬢が、ショコラの異変に気づいて声をかける。ショコラは慌てて笑顔を取り繕った。


「い、いいえ。何でもありませんわ。ただ……少し、驚いただけ」


ルナは周囲の視線など気にも留めない様子で、ゆっくりと会場を歩いていた。すれ違う貴族たちは、好奇と侮蔑、そして僅かな畏れが混じった視線を向ける。


「あれが、『幻のショコラティエ』を名乗っているという……」


「婚約破棄のショックで、おかしくなったのでは?」


「ショコラ嬢の技術を盗んだという噂は本当かしら」


囁き声が、さざ波のように広がっていく。


ルナは、その全てを聞いていた。しかし、その表情は微塵も揺らがない。むしろ、淡い微笑みすら浮かべている。


——予定通り、ですわね。


会場に入る直前、庭園の影でノワールと視線を交わしていた。黒い瞳が一度、深く頷く。それだけで十分だった。火付け役は捕らえた。証拠は押さえた。全て、計画通り。


「ルナリア国王陛下。本日はこのような場にお招きいただき、光栄に存じます」


ルナが上座に向かって優雅に頭を下げると、アルテミスの藍色の瞳に確かな光が宿った。


「……ルナ嬢か。来てくれたか」


小さく、ほんの僅かに、ルナは頷いた。


舞台は、整った。




宴が始まって一刻ほどが経った頃、アルテミスが静かに立ち上がった。


その動作だけで、庭園を満たしていた喧騒がぴたりと止む。数百の視線が、銀髪の国王に集中した。


「本日は、この素晴らしき収穫祭にお招きいただき、重ねて感謝申し上げる」


アルテミスの声は、大庭園の隅々まで澄んで響いた。威圧するでもなく、媚びるでもない。ただ、圧倒的な存在感だけがそこにあった。


「そして——本日は、我がルナリア王国が長年探し求めてきた人物を、皆様にお披露目する機会を頂戴した」


会場がざわめく。「長年探し求めていた人物」とは何だ。ルナリア王国が——あの神秘の国が、そこまで執着する存在など。


「——『月光のショコラティエ』」


その言葉が発せられた瞬間、庭園は騒然となった。


「月光のショコラティエですって!?」


「あの、幻の菓子職人の正体が明かされるというの!?」


「まさか、ショコラ嬢が——」


期待を込めた視線が、ショコラへと向けられる。彼女は引きつった笑みを浮かべた。


——来るはずがない。ルナが名乗り出るはずがない。そう、私が月光のショコラティエなのよ——


「今宵、月の光の下で、その方に技を披露していただく」


アルテミスの声が、騒めきを静める。


「ルナ嬢。舞台へ」


庭園が、凍りついた。


数百の視線が、一斉にルナへと向けられる。驚愕、困惑、疑念——様々な感情が渦巻く中、ルナは静かに歩み始めた。


「……嘘よ」


ショコラの唇から、かすれた声が漏れた。


「嘘。嘘よ。あの女が、月光のショコラティエですって……?」




舞台の上で、ルナは静かに道具を取り出した。


小さな銅鍋。繊細な細工が施された撹拌棒。そして——上質なカカオ豆。それらを手際よく並べていく様は、無駄がなく、美しかった。


「……何をするつもりだ? 菓子作りの実演だと? この場で?」


クロードが困惑した声を上げる。誰もが訝しげに見守る中、ルナは月を見上げた。


今宵の月は、満月に近かった。銀色の光が、惜しみなく庭園に降り注いでいる。その光を受けて、ルナの銀灰色の髪が、幻想的に輝き始めた。


ルナの唇が、小さく動いた。詠唱ではない。ただ、月に語りかけるように。


次の瞬間——ルナの指先から、淡い光が漏れ始めた。


「なっ——あれは……!」


誰かが息を呑む声を上げた。


ルナの両手を包むように、月光そのもののような銀色の輝きが生まれている。それは柔らかく、優しく、しかし確かな力を持った光だった。


「月光魔法……! 伝説の、あの……!」


ルナは、その光を纏った指でカカオ豆に触れた。瞬間、カカオ豆が淡く輝き始めた。月の光を吸い込むように、その色合いが変化していく。ルナの手が優雅に動くたび、カカオは形を変え、艶を増し、まるで生きているかのように蠢いた。


「美しい……」


誰かが、呆然と呟いた。


それは、菓子作りではなかった。魔法だった。芸術だった。月の光を閉じ込めるという、人智を超えた業だった。


「あれが……地味で愛想がないと言われていたルナ・セレスティーヌ嬢が……」


「『月光のショコラティエ』だったというの……?」


貴族たちの常識が、目の前で音を立てて崩れていく。そして——ショコラは、蒼白な顔で立ち尽くしていた。




「——嘘よっ!」


甲高い悲鳴が、庭園に響き渡った。


ショコラ・ヴァレンティーヌが、舞台に向かって叫んでいた。その顔は蒼白で、琥珀色の瞳は恐怖に見開かれている。


「嘘よ! あれは私の技術よ! ルナが——ルナが盗んだのよ!」


会場がざわめく。しかし、その視線は冷ややかだった。今しがた、目の前で月光魔法が披露されたのだ。あの光を、あの技を——「盗む」ことなどできるはずがない。


「ショコラ嬢」


冷たい声が、ショコラの叫びを遮った。アルテミスの藍色の瞳には、一切の温情がなかった。


「月光魔法は、ルナリア王家と縁深き血筋にしか扱えない。貴女には、その血は流れていない」


ショコラの顔が、さらに青ざめる。


「そ、それは——違います! 私は……私こそが……!」


「そして」


アルテミスは、懐から一通の書簡を取り出した。


「私は三年前から、ルナ嬢のショコラを取り寄せている。取引の記録、代金の受領書——全て、我がルナリア王国の公文書として保管されている」


会場がどよめいた。三年前から。ルナリア王国の国王が、直々に。


「証拠は、全て揃っている。ルナ嬢こそが、『月光のショコラティエ』だ。それ以外の者が名乗ることは——偽りに他ならない」


ショコラは、がくりと膝をついた。周囲の貴族たちの視線が、一斉に変わる。称賛と羨望の眼差しは消え、侮蔑と嫌悪が取って代わった。


「まさか……ショコラ嬢が……」


「才能を、盗んでいたというの……?」


「なんて女……五年間も、従姉妹の功績を横取りしていたなんて」


囁きが、ショコラを取り囲む。彼女が必死に積み上げてきた虚飾が、砂の城のように崩れていく。




舞台の上で、ルナがゆっくりと立ち上がった。


その手には、完成したばかりのショコラが載せられた銀の皿がある。月光を閉じ込めたそれは、淡い輝きを放ち、甘い香りを漂わせていた。


「皆様、どうぞお召し上がりください」


ルナの声は、静かで、穏やかだった。


侍従たちが、ショコラを貴族たちに配り始める。最初は躊躇していた者たちも、一人が口にした瞬間、その表情を変えた。


「——っ」


言葉を失う者、目を潤ませる者、恍惚とした表情を浮かべる者——誰もが、その味に心を奪われていた。


「これは……これが、幻のショコラ……」


「口の中で、月光が溶けていくような……甘さは優しく、しかし深い……」


「ショコラ嬢が作っていたものとは……比べものにならない……」


その時、クロードの手にも、一粒のショコラが渡された。彼は呆然とそれを見つめていた。銀色に淡く輝く、小さな菓子。それを、震える指で口に運ぶ。


「——ああ」


クロードの瞳が、大きく見開かれた。


この味を、知っている。忘れられるはずがない。五年間、毎月届けられていた「ショコラからの贈り物」。あの、何度味わっても飽きることのない、夢のような美味。


——全て、全て——ルナが作っていたのか。僕は……僕は、何を……


クロードの足元が、ぐらりと揺らいだ。五年間、傍にいた女の価値を、彼は何一つ理解していなかった。地味だと。愛想がないと。退屈だと——そう切り捨てた女が、誰もが求める「幻の才能」の持ち主だったのだ。


「ルナ……」


気づけば、クロードは舞台に向かって歩き出していた。


「待ってくれ、ルナ!」


クロードが駆け出そうとした。謝らなければ。取り戻さなければ。この宝を、この女を——。


しかし——その前に、銀色の影が立ちはだかった。


アルテミス・ノクターン・ヴァン・ルナリア。


彼は何も言わない。ただ、静かにクロードを見下ろしている。その藍色の瞳は、凍てつく冬の湖のように冷たかった。


「どいてくれ、ルナリア国王。僕は——ルナと話がしたいんだ」


「王太子」


アルテミスの声が、クロードの言葉を遮る。


「貴方には、もはやルナ嬢に近づく資格はない」


クロードが絶句する中、アルテミスはルナの傍に歩み寄った。そして——彼女の手を、静かに取った。


「五年もの間、傍にあった宝の価値も見抜けなかった者に、今更何を語る資格がある」


「ルナ嬢」


アルテミスの声が、ほんの僅かに——柔らかくなる。


「貴女は、我がルナリア王国の賓客だ」


庭園が、静まり返った。ルナリア王国の賓客。それは、国王自らが庇護を宣言したということ。手を出す者は、ルナリア王国を敵に回すということ。


「陛下……」


ルナは、僅かに驚いた表情を見せた。しかし、すぐに穏やかな微笑みを浮かべる。


「光栄ですわ」


その声は、静かで、揺るぎなかった。アルテミスの隣に立つルナ。その姿は、月明かりの下で凛と輝いていた。もはや、「地味で愛想のない令嬢」ではない。月光を操る天才菓子職人として、一国の王に庇護された存在として——彼女はそこに立っていた。


クロードは、呆然と立ち尽くすしかなかった。手が届かない。もう、何もかもが。自分が捨てた女が、自分より遥かに格上の男の隣で微笑んでいる。


「殿下……殿下……! 私を、私を見捨てないで……!」


ショコラが泣きながらクロードに縋りつこうとする。しかしクロードは、もはや彼女を見もしなかった。


月明かりが、庭園を照らしている。アルテミスとルナの姿を、まるで祝福するかのように。


「……ルナ嬢」


「はい、陛下」


「今宵の月は、貴女によく似ている」


「……まあ。それは、褒め言葉と受け取ってよろしいのでしょうか」


「無論だ。静かで、優しくて、しかし——誰よりも強く輝いている」


ルナの頬が、僅かに染まった。


収穫祭の夜——『月光のショコラティエ』の真実は、遂に世に明かされた。


そして、それは同時に、新たな物語の始まりでもあった。

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