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嘘は甘い毒のように

【お知らせ】

この作品は生成aiを用いて執筆を行なっています

あらかじめご了承の上、お楽しみください

侯爵夫人主催の茶会は、秋薔薇の香りに満ちていた。


午後の陽光が差し込むサロンには、社交界でも名だたる令嬢たちが集い、華やかな笑い声と噂話に花を咲かせている。その中心に座るのは、蜂蜜色の巻き毛を艶やかに揺らすショコラ・ヴァレンティーヌだった。


彼女は扇の陰から、蜜のように甘い声で囁いた。


「まあ、お気の毒なルナ様……殿下に捨てられたショックで、ご自分が幻のショコラティエだなんて妄想を抱いていらっしゃるのですって」


令嬢たちの目が一斉に見開かれる。


「本当ですの? あの地味な令嬢が?」


「ええ、可哀想に」


ショコラは琥珀色の瞳を伏せ、いかにも心を痛めているかのような表情を作った。その演技は完璧だった。長年磨き上げてきた、か弱く愛らしい従姉妹を演じる技術。


「私が長年お支えしてきたのに、こんな形で恩を仇で返されるなんて……胸が痛みますわ」


「地味な令嬢が幻のショコラティエですって? 笑わせますわ」


令嬢の一人が扇で口元を隠しながら嘲笑う。その反応に、ショコラは内心で微笑んだ。計算通りだ。


「そもそも月光魔法なんて、この国では聞いたこともありませんもの。作り話に決まっていますわ」


「皆様、あまり責めないであげて」


ショコラは優雅に首を振った。その仕草さえも、同情を誘うように計算されている。


「失恋の痛みは人を狂わせることもありますから……私からも、そっとしておいて差し上げるようお願いいたしますわ」


令嬢たちは感心したように頷き、次々と相槌を打った。社交界の華の言葉は絶対だ。彼女が白と言えば黒も白になる。それがこの世界の掟だった。


茶会から茶会へ、夜会から夜会へ。ショコラの囁きは瞬く間に社交界を駆け巡った。七日もしないうちに、「哀れな元婚約者の狂気」という物語は完成していた。


    ◆ ◆ ◆


セレスティーヌ伯爵邸の居間には、午後の陽光が穏やかに差し込んでいた。


ステラは手にした招待状を見つめ、眉を曇らせていた。その便箋には、かつて親交のあった伯爵夫人からの茶会への誘いが記されている。しかし、文面の端々に滲む遠慮がちな言い回しが、現状を如実に物語っていた。


「ルナ、社交界であなたについて……良からぬ噂が広まっています」


窓辺に立つ娘は、庭の薔薇を眺めていた。銀灰色の髪が光を受けて淡く輝く。振り返った淡い紫の瞳には、動揺の欠片もなかった。


「存じております、お母様。私が正気を失い、幻のショコラティエを自称している、と」


ステラの顔が曇る。指先が招待状を握りしめ、かすかに震えた。


「あの子は……ショコラは、なんて卑劣な。あなたの名誉を傷つけるためなら手段を選ばないのね」


「丁度良い機会です、お母様」


娘の言葉に、ステラは目を瞠った。ルナは窓辺を離れ、母の傍らに腰を下ろす。その所作は穏やかで、まるで何事もないかのようだった。


「……丁度良い、ですって?」


「嘘は甘い毒のように広がります。誰もが喜んで口にし、あっという間に体中を蝕んでいく」


ルナの細い指が、テーブルの上の茶器をそっと撫でた。白磁の表面に、秋の陽光が淡い影を落としている。


「それは……」


「けれど真実は——たとえ苦くとも、最後には必ず勝ちます。従姉妹様が噂を広めてくださったおかげで、収穫祭での発表はより劇的なものになるでしょう」


ステラは娘の瞳を見つめた。淡い紫の奥に宿る静かな炎。五年間、影に甘んじてきた娘が、ようやく自らの光を放とうとしている。


「……あなたには、計画があるのですね」


「ええ。協力者も」


ルナの唇に、かすかな笑みが浮かんだ。


    ◆ ◆ ◆


月が中天に昇る頃、セレスティーヌ邸の地下工房に三つの影があった。


燭台の炎が揺れ、石壁に踊る影を作り出す。天窓から差し込む月光が、銀と藍と漆黒——三人の髪を幻想的に照らしていた。


「陛下、わざわざお越しいただき恐縮です」


ルナが軽く頭を下げると、アルテミス・ノクターン・ヴァン・ルナリアは深い藍色の瞳で彼女を見つめた。


「ノワールから事情は聞いた。ショコラ嬢が貴女の名を騙り、噂を流していると」


傍らに控えていたノワールが口を開く。漆黒の髪に黒い服——影そのもののような青年は、静かに現状を報告した。


「……社交界全体に広まっています。収穫祭までに、師匠の信用は完全に失墜するでしょう」


「収穫祭まであと七日。このままでは、私が何を言っても『狂人の戯言』として片付けられてしまいます」


ルナの声は淡々としていた。しかし、その瞳には確かな意志が宿っている。


「それで、私を呼んだのか」


「はい。陛下にお願いがあります」


ルナは真っ直ぐにアルテミスを見つめた。


「収穫祭の場で、私に実演の機会を与えていただきたいのです。月光魔法による製菓を、貴族たちの目の前で」


アルテミスの表情がわずかに動いた。それは、獲物を見つけた狩人のような鋭さだった。


「……面白い。だが、それだけでは弱い」


「と、おっしゃいますと?」


彼は工房を見回し、壁に並ぶ道具や材料に目を留めた。月光を受けて淡く輝くカカオ豆。銀の調理器具。そして、幾つもの試作品が並ぶ棚。


「私が『月光のショコラティエ』の正体を公式に発表する場を設けよう。ルナリア王国国王として、三年前から貴女のショコラを取り寄せていた事実を証言する」


ルナの目が見開かれた。


「そこまでしていただけるのですか」


「貴女の真価を証明する場を作る。それが私の望みでもある」


アルテミスの声は低く、しかし揺るぎない響きを持っていた。冷徹な国王と呼ばれる男の、珍しく熱のこもった言葉だった。


ノワールが補足するように口を開く。


「師匠、収穫祭は王宮の大庭園で行われます。月光が十分に届く場所です。条件は整っています」


三人の間で視線が交わされた。ルナは深く息を吸い、頷いた。


「では、作戦を練りましょう。収穫祭の夜、全てを明らかにします」


「当日まで、ノワールには貴女の護衛を任せる」


アルテミスの藍色の瞳が、一瞬だけ柔らかく揺らいだ。


「何があっても、貴女を害させはしない」


「……お任せください、陛下」


ノワールが深く頭を下げる。月明かりが天窓から差し込み、三つの影を照らした。


    ◆ ◆ ◆


王宮の私室で、クロード・レグルス・フォン・エストリアは眉間に皺を寄せていた。


手元の銀の皿には、ショコラが今朝届けたばかりの菓子が乗っている。一粒を口に含む。甘い。確かに甘い。だが——


「……何かが違う」


かつて心を奪われた、あの幻想的な味わいがない。月光を閉じ込めたような、舌の上で溶けると同時に心まで満たされるあの感覚が、どこにもない。


「殿下、いかがですか? 今日のショコラは特別に心を込めて作りましたの」


傍らに侍るショコラが、期待に満ちた琥珀色の瞳で見上げてくる。蜂蜜色の巻き毛が揺れ、薔薇色の頬が紅潮している。完璧な愛らしさ。だが、クロードの心は妙に冷めていた。


「ああ……美味いよ」


その言葉は、かつてのような熱を帯びていなかった。


「本当に? 私、殿下のために毎晩遅くまで——」


「わかっている」


クロードは手を振って彼女を遮った。その仕草に、ショコラの目が一瞬鋭くなったのを、彼は見逃した。


後日、取り巻きの貴族たちとの会話がクロードの耳に残っていた。


「殿下、先日の茶会で話題になっていたのですが……最近のショコラ嬢のお菓子、以前ほどではありませんな」


「確かに。婚約破棄の前と後で、まるで別物のようだ」


「まさか……ルナ嬢の噂、本当だったりして」


「馬鹿馬鹿しい」


クロードは苛立ちを隠さずに言い放った。


「あの地味で愛想のない女が、幻のショコラティエだと? そんなことがあるわけがない」


「も、もちろんですとも殿下。我々も冗談のつもりで……」


「……もういい。下がれ」


貴族たちが退出した後、クロードは窓の外を見つめた。心のどこかで小さな棘が刺さったまま、彼はプライドという名の鎧でそれを覆い隠した。


    ◆ ◆ ◆


収穫祭まであと三日という午後。セレスティーヌ伯爵邸の居間に、招かれざる客が押し入ってきた。


「いい加減にしなさい、ルナ!」


ショコラ・ヴァレンティーヌは扉を乱暴に開け放ち、蜂蜜色の巻き毛を振り乱しながら叫んだ。かつての社交界の華は、今や目の下に隈を作り、その琥珀色の瞳には追い詰められた獣のような光が宿っていた。


ルナは読んでいた本を静かに閉じ、従姉妹を見上げた。


「まあ、従姉妹様。お茶でもいかがですか」


「茶など要らないわ! レシピを渡しなさい! 今すぐに!」


ショコラの声は悲鳴に近かった。頬は紅潮し、息は荒い。追い詰められた者特有の、理性を失いかけた表情。


ルナは立ち上がり、窓辺へと歩を進めた。背を向けたまま、静かに言葉を紡ぐ。


「従姉妹様、私は何年も無償であなたにショコラを提供してきました」


その声は穏やかだが、刃のように鋭い。


「だから何だというの! あなたは私のために作るのが当然でしょう!」


「その間、あなたは私の才能を盗み、私の婚約者まで奪った。それでもまだ、何かを要求するのですか」


「才能ですって? あなたのような地味な女に才能なんて——」


その時だった。窓から差し込んだ西日が雲間から顔を出し、ルナの瞳を照らした。淡い紫の瞳が、月光を受けたように淡く、神秘的に輝いた。


ショコラは思わず息を呑む。


「では、収穫祭でお見せしましょう」


ルナは振り返った。その表情は穏やかだが、その奥に燃える炎は隠しようがなかった。


「……何ですって?」


「誰が本物の『月光のショコラティエ』なのかを。貴族の皆様の前で、月光魔法を披露いたします」


「は……はったりよ。あなたにそんなことができるはずが……」


「五年間、私はあなたの影として生きてきました」


ルナの声は静かだが、確かな強さを帯びていた。


「あなたが社交界で称賛を浴びる間、私は工房で一人、月光と向き合っていた」


「黙りなさい!」


「もう黙りません。従姉妹様、あなたが広めてくださった噂のおかげで、真実はより鮮やかに輝くでしょう」


沈黙が落ちた。ショコラの顔から血の気が引いていく。唇が震え、言葉を紡ごうとするが、声にならない。


「……せいぜい恥をかくがいいわ。収穫祭で、あなたの嘘が暴かれるのを楽しみにしていますから」


ようやく絞り出した虚勢。しかし、その足取りは明らかに震えていた。


「ええ、どうぞ楽しみになさって」


ルナは静かに微笑んだ。


「月は全てを照らしますから」


扉が閉まった後、ルナは静かに息を吐いた。その瞳には、五年分の想いが静かに渦巻いていた。


    ◆ ◆ ◆


深夜、セレスティーヌ邸の地下工房は月光に満ちていた。


天窓から差し込む銀の光が、ルナの銀灰色の髪を幻想的に照らし出す。彼女は作業台に向かい、特別なカカオ豆を手に取った。


「師匠」


傍らで道具を整えていたノワールが、珍しく躊躇いがちに口を開いた。黒曜石のような瞳が、真剣な光を帯びている。


「本当によろしいのですか。正体を明かせば、もう隠れて活動はできなくなります」


ルナの手が一瞬止まった。


五年間、彼女は影の中で生きてきた。誰にも認められず、誰にも知られず、ただ月の光だけを友として。それは孤独だったが、同時に安全でもあった。


「ええ」


しかし、ルナの声に迷いはなかった。


「もう隠れる必要はないのです」


月光魔法が指先に宿り、カカオ豆が淡い光を帯び始める。その光は彼女の瞳にも映り、まるで夜空に浮かぶ双子の月のようだった。


「五年間、私は誰かのために作り続けてきました。従姉妹のため、殿下のため……自分以外の誰かのために」


溶けたカカオが銀の輝きを放つ。ルナの声は静かだが、確かな強さを帯びていた。


「これからは、私自身のために作ります。私の技術を、私の名前で、世界に示すために」


ノワールは深く頭を下げた。


「……お供いたします。どこまでも、師匠」


「ありがとう、ノワール。あなたがいてくれて、心強いわ」


ルナは微笑んだ。その笑顔は、月明かりの下で初めて見せる、本当の彼女の姿だった。


    ◆ ◆ ◆


同じ頃、王都の外れにある古い屋敷の一室。


ショコラ・ヴァレンティーヌは震える手で羽根ペンを走らせていた。燭台の炎が不安定に揺れ、彼女の影を壁に歪んで映し出す。


「こうなったら……証拠を全て消すしかない」


独り言のように呟きながら、ショコラは文字を綴る。


『収穫祭の夜、セレスティーヌ邸の地下工房に火を——』


蝋で封をする手が震えた。これは犯罪だ。発覚すれば、社交界からの追放どころでは済まない。だが、他に方法がない。


ルナが収穫祭で月光魔法を披露すれば、全てが終わる。五年間築き上げてきた「天才ショコラティエ」の名声も、クロードの寵愛も、社交界での地位も——全てが崩れ去る。


「収穫祭の夜、セレスティーヌ邸の地下工房に火を……これで全て終わりよ」


ショコラは密書を使者に手渡した。琥珀色の瞳に宿る光は、もはや愛らしさの欠片もない。追い詰められた獣の、最後の牙だった。


窓の外では、雲が月を覆い隠していた。


しかし——


セレスティーヌ邸の屋根の上で、漆黒の影が一つ、じっと王都の方角を見つめていた。ノワールの黒曜石の瞳が、闇の中で鋭く光る。


「……動いたか」


彼は音もなく姿を消した。


収穫祭まで、あと三日。月光と陰謀が交錯する夜は、すぐそこまで迫っていた。

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